「は?」

伏黒は自分の口から思っていたよりも低い声が出たことに少し驚いたが、隣を歩いている名無しはそんな伏黒の不機嫌な声に気づく様子もなく、ニコニコとご機嫌な様子で今日1日の予定を話し続けた。

「ちょっと待て。今どこに行くって言った?」

そんな名無しの話を遮り、伏黒はもう一度名無しに今日釘崎と一緒に行く場所を聞いた。どうか自分の聞き間違いであってくれ。という願いを込めながら・・・・

「マリンビックアイランドです」

わざわざ一度足を止めて伏黒の方に向き直り、ひとさし指を天に向けながらニコニコと嬉しそうに笑う名無しの口から出た言葉を聞いて、伏黒は内心頭を抱えた。いや、内心だけではなく実際に両手で頭を押さえた。それもそのはず、マリンビックアイランドとは去年できたばかりの東京ドーム8つ分の敷地を保持する大型レジャープールなのだ。日本一の長さを誇るウォータースライダーや日本最大の流れるプールがあると連日ニュース番組等でしつこい程放送されていたのを伏黒も見ていた。言わずもがな伏黒が思っていた市民プールとは比べ物にならない程の大きさの違いで、収容人数も何百倍の差だ。そんな場所に名無しが行くとなると、何事もなく無事に帰ってくることは不可能だろう。

「えっ!伏黒さん、頭痛いですか?」

頭を押さえている伏黒の様子を見て、名無しは慌てた様子でオロオロしていたが、伏黒はその間数秒で解決策を見つけ出した。

「俺も行く」




「なんでアンタたちまでいんのよ!」
「仕方ねぇだろ。別に来たくて来たわけじゃねぇ」
「おぉ!見ろよ名無し!あのウォータースライダーやっべぇ!」
「ほ、ほんとですね!楽しそうです!」

不機嫌な様子の釘崎・伏黒とは反対に、虎杖・名無しは目の前の光景に大興奮していた。
結局、名無しが心配で伏黒もついて行くと言うと、「俺も!」と虎杖もセット来ることになり、4人でマリンビックアイランドに来ることとなった。

「おい、お前ら。今は全員スマホ持ってねぇんだからあんま離れるな!はぐれたら探せねぇぞ」
「おー!」
「はい!」

伏黒からの忠告に虎杖と名無しは元気よく手を上げて答えたが、逆に伏黒の横にいる釘崎は、はぁー。と大きなため息をついた。

「せっかく名無しと二人で来ようと思ったのに」
「悪かったな。でも、こんな場所で、名無しが無事に帰ってこれると思えねぇんだよ」
「でた、モンペ発言」
「モンペじゃねぇ。教育係だ。何回も言わせるんじゃねぇ」

依然不満気に言い合いを続ける釘崎と伏黒であったが、釘崎も伏黒の言わんとしていることはわかっている。それもそうだ。日々、あの名無しの『不幸』を目の当たりにしていれば、何が起きてもおかしくないことぐらい、まだ一緒に過ごした日にちが浅い釘崎にもわかる。まだ田舎にいた時から連日テレビ番組で取り上げられていて、上京したら絶対に行く!と強く願っていたこの場所にようやく来れたものの、テレビで見るよりも遥かに人の数が多く、釘崎は内心、自分よりも名無しのことがわかっている伏黒がいて、ほっとしている部分もある。しかしながら、それを悟られることも自覚することも釘崎のエベレストよりも高いプライドが許さないため、死んでも口にするものか。と本音を隠すように不満ばかり口にしていた。

「野薔薇さん!早く行きましょ!」

伏黒をにらみ続けていた釘崎もニコニコと嬉しそうに笑う名無しに手を握られれば、一瞬で眉間の皺も綺麗に消えた。テンションが上がりすぎているせいか、小さくジャンプを繰り返すたびに、髪の両サイドで編みこまれている三つ編みが揺れて一層可愛さを感じさせた。

「あんまりはしゃいで転んだりしないようにね」
「はい!伏黒さんも!」
「あぁ・・・・」

今日1日名無しのこの笑顔が一瞬でも消えないように。何事も起きないように。と自分には関係のない神に向かって小さく祈った伏黒は、名無しと釘崎の後を追った。
休日ということもあり、だだっ広い敷地にもかかわらず人がごった返しており、名物のウォータースライダーに乗ろうにも大行列すぎて並ぶこともできず、人が少なくなるまで仕方なくビーチバレー(戦力的に名無しと同じチームになった虎杖がほぼ一人で全範囲のボールを拾っていた)や、流れるプール(全く泳げない名無しが入った浮き輪を虎杖が引っ張りながら流れた)や、人工サーフィン(名無しは床に置いた状態でも板に乗れなかったためやらせてもらえなかった)等、一通り楽しんだ。

「ねー!次、あれ乗りたいんだけど!」

釘崎が指をさした場所には大きな貝殻の形をした浮き輪があった。しかし、それを見た伏黒はすかさず「ダメだろ」と却下した。

「はぁ?なんでよ!」
「じゃあ、どこでこれ使うんだよ」

釘崎に向けて周りを見てみろと伏黒が顎で指すと、釘崎は「どこって・・・・」と周囲を見渡した。先ほどよりも人が増え、どこのプールも人がごった返しており、サークル状に建物の3分の2以上の面積を使って作られている流れるプールもイモ洗い状態でそんなところでこの浮き輪を使用しようものなら確実に怪我人が出るだろう状態だった。ぱっと、他にもこの浮き輪を借りている人がいないか探してみたが、借りた人たちはプールの隅の地面に乗せてSNSに上げるために写真を撮っているだけだった。しかし、その奥にあるスペースだけ何故か人がおらず、それを見つけた釘崎は「あ!」と大きな声を出した。

「あそこ!あの場所なら誰もいないじゃない!」

結構な大きさのプールがあるというのに、何故かその中には1人しか人がおらず、不自然な光景ではあったが、あそこならこのバカでかい浮き輪を使える!と釘崎は喜んだ。しかし・・・・

「あそこはダメだ」
「はぁ?!なんでダメなのよ!」

使用禁止の張り紙があるわけでもないのに何故ダメなのかがわからない釘崎は伏黒に掴みかかる勢いで問い詰めた。

「あのプールは競泳用プールだ。あそこは泳ぐ目的以外で入ることは禁止されてるし、浮き輪の使用ももちろん禁止だ」
「げー・・・・」
「それに水深が他のプールに比べて深いからなるべく名無しを行かせたくねぇ」
「まぁ、いいわ。流行ってるから乗って見たかっただけだし」

さっきまでの食ってかかってくる勢いはどこへ行ったのか。あっさりと納得したように引いた釘崎は瞬時に興味を失ったようにさっきまで羨望のまなざしを向けていた浮き輪から目をそらした。

「釘崎!その浮き輪よりさ、あのウォータースライダーの方が絶対楽しいって!早く乗りに行こうぜ!」
「いいわね!やっとラスボス登場って所かしら!」
「待て、先にメシ食うぞ!」
「あんたね!さっきから出鼻挫くようなこと言わないでよ!」
「仕方ねぇだろ。今が一番飯屋が空いてんだよ。30分後には座れねぇぞ」
「うぐぅ・・・・」
「野薔薇さん。喉乾きませんか?たくさん遊んだので少しお休みしましょ?」

名無しがそっと釘崎の顔を覗き込み、力を込めて握りしめている両手を優しく包むと、釘崎はすぐに手の力を緩めて名無しの手を握り返した。顔は少しぶすくれているが・・・・

「まぁ、伏黒がルート決めてくれたおかげで俺たちそんなに並ばずに回ってこれたしさ、伏黒に任せようぜ」
「・・・・わかったわよ!でも、食べる店は絶対私が決めるからね!」
「はいはいわかったよ」

さっさとフードエリアに向かって歩いていった釘崎のあとを虎杖が追い、その後ろを更に追うように伏黒と名無しはついて行った。

「人がすごく多いので、人酔いしてしまわないか心配でしたが、伏黒さんのおかげでスムーズに遊べて楽しいです。ありがとうございます」
「別に。お前が楽しめてるならそれでいい」

眩しいほど明るい笑顔を浮かべた名無しが隣を歩く伏黒の顔を軽く覗き込みながら感謝の気持ちを伝えると、伏黒は軽く目線をそらしながらぶっきらぼうに答えた。今の所、不自然なほど、いたる所からボール等が名無しに向かって飛んできたり、先ほど買ったばかりの浮き輪が大破したこと以外では、これといって『不幸』が起きている様子はない。あとは、一番心配なウォータースライダーさえ乗り切ればミッションクリアだ。と伏黒は改めて気合を入れた。

「そういえば、今日御参加が決まったのにいつお調べになったんですか?」
「行きの電車」
「わぁ、流石です」
「ウォータースライダーは、あと30分後の方が空いてるらしい。みんなメシ食うのにあそこから離れるからな」
「なるほど。並ぶ時間は短い方がいいですもんね。ウォータースライダー初めて乗るので楽しみです」

名無しはウキウキした様子で楽しそうに両手を握りしめた。そんな名無しをちらっと見たあと、伏黒は前を向きながら口を開いた。

「似合ってるな」
「ん?似合ってる?どの方ですか?すみません、人が多くてどなたのことかわからなくて」
「お前に決まってるだろ。他に誰がいるんだよ」
「わ、私ですか?あ、ありがとうございます」

正直、昨日見たばかりだし、なんなら水着を選んだのも自分なのだから、似合ってるもなにもねぇだろ。と伏黒は内心自分の発言につっこんだが、褒め言葉の一つも贈りたいほど、今日の名無しは一段と可愛かったのだから仕方がない。
褒められた名無しも照れているのか、少し赤く染まった頬を両手でそっと隠すように押さえている姿を見て、伏黒の頬は緩んだ。

「でも、伏黒さん、スクール水着がお好きなんですもんね」
「・・・・その話はぶり返すな」



昼食後お手洗いに行った名無しと釘崎と虎杖を少し離れた場所で伏黒が待っていると、「ねぇ、君一人?」と猫なで声の女に話かけられた。今にも腕に触ってきそうなぐらい距離が近かったため、少し距離を離しながら「いいえ、連れがいます」と伏黒はあっさりした様子で答えたが、返事が返ってきたことに気をよくしたのか話しかけてきた女はもう一人の友人と共に、ずいっと近づいてきた。

「もしかして、彼女?」
「友人です」
「ならお友達も一緒にこれから遊ばない?」
「忙しいので」
「えー、つれないー」

そう言いながら一人の女が伏黒の腕を掴んできた。

「腕、離してもらっていいすか?」
「でも、離したらどっかいっちゃうでしょ?」

自分の腕を掴んでいる手を乱暴に振り払うわけにもいかないため、そっと手を添えて離そうとした時・・・・「伏黒さん!」と聞きなじみのよい声で名前を呼ばれ、女に掴まれているのとは反対の腕を掴まれた。その際、むにっと効果音が聞こえるのではないかと錯覚する程の柔らかいものが伏黒の腕を優しく包み、伏黒は慌ててそちらに目を向けると、驚きのあまり目を見開いた。

「あのっ、あのっ!えっと、邪魔してしまいすみません!えっと、えっと・・・・あちらで、釘崎さんたちが待っているので・・・・えっと・・・・」

困った顔をしながら目線を右往左往させた名無しは控えめに言葉を口にしながら、伏黒の腕を掴んでいる手を段々と緩めていった。対して、伏黒はというと、もはや、名無しの言葉など耳に入っていなかった。自分の腕を掴んでいる名無しの姿から目が離せずにいた。

「あ、突然ごめんなさい」

その場にいる誰も口を開かないため、空気を悪くしてしまったと思い名無しは慌てて謝罪の言葉を口にしながら、伏黒の腕からも手を離し、不安気に胸の前でその手を握りしめたが、その際、ふるっと形のよい見ただけで確実に柔らかいとわかる大きな胸が揺れた。何故胸が見えるのだろうか?と伏黒の脳は一瞬バグを起こしかけたが、その理由は一つしかなかった。さっきまで上に着ていたワンピースを名無しは着ていなかった。

「なっ!」

目の前で大胆に揺れ動く胸を見て、ようやく停止していた脳が動いた伏黒は顔を赤く染めて名無しを見つめたまま慌てて口を開こうとしたが、その前に目の前にいる女たちが「あ、連れって女の子だったのね。あはは・・・・ごめんなさい!」と逃げるように去っていった。

「あっ、あのっ!伏黒さん、お邪魔してしまってすみません」
「そんなことはどうでもいい!お前、水着はどうした!さっきまで上にもう1枚着てただろ!」

何故さっきまで来ていたワンピースの生地が消え、ビキニだけの状態になっているのか伏黒が問い詰めると・・・・

「さっき、お手洗いから帰ってきた時に伏黒さんが女性の方に話しかけられているのを野薔薇さんとお見かけして、野薔薇さんが上(ワンピース)を脱いで呼びに行け。とおっしゃって・・・・水着は野薔薇さんが預かってくださってます」
「なら、さっさと着ろ」

さっきから明らかに名無しの身体に下品な視線を向ける男たちがいるため、伏黒はすぐにでも上に布を着て欲しかった。

「は、はい。野薔薇さんはあそこに・・・・あれ?野薔薇さん?どこに・・・・?」

さっきまで釘崎がいたであろう所に名無しが目を向けたがその先に釘崎はいなかった。伏黒は周囲に目を凝らすと、ウォータースライダーの列に並んでいる釘崎と虎杖の姿を見つけた。

「あいつ・・・・」

伏黒ははるか遠くにいる釘崎のことを鋭い眼光で睨みつけた。釘崎たちの所に取りに行こうにも、この数分間で釘崎たちの後ろにもたくさんの人が並んでおり、割り込んで行くことは不可能だった。仕方ないが下で待機する他はなかった。

「とにかく、人の少ない場所に移動するぞ」
「は、はい」

伏黒は人混みの中ではぐれないように名無しの腕を掴んだ。
どうにか人が少ない場所を見つけて設置されているベンチに座った伏黒は名無しの腕を引いて自分の隣に座らせた。こんな無防備な恰好の名無しを人気の多い場所に置いておくわけにはいかない。ウォータースライダーなどもってのほかだ。タオルを取りにいきたくても、結局名無しを一人にしておくわけにはいかないため、釘崎が戻ってくるまでこの場で待機するしかない。と、伏黒はため息をついた。

「ふ、伏黒さん、すみません」
「どうした?」
「なんだか、不快な思いをさせてしまったので・・・・」

名無しが言う不快な思いというのは一体何を指しているのか伏黒にはわからなかったが、自分がため息をついたせいでそんな風に思ったのだろうということぐらいはわかった。

「別に、お前が気にしてるような気持ちにはなってねぇよ」
「本当ですか?!」
「っ?!」

両手を伏黒との間のスペースに置いた名無しが不安気な表情で伏黒の顔を覗き込んだ。体が伏黒の方を向き、ベンチに両手を付いたことによって、豊満な胸が両腕に挟まり美しいほど綺麗な谷間が視界に入り、伏黒は顔を赤くさせながら慌てて顔をそらした。このままではまずい。日頃、名無しに対して下品な感情を向けることが一切ない伏黒でも、本能の部分が危険信号を出していた。釘崎たちが戻ってくるまでまだ時間がかかる。やはり、危険ではあるが名無しをここに置いて、秒でタオルを取ってくるか。と考えた。

「名無し。すぐに戻るからここで待ってろ。絶対にここから動くなよ」
「は、はい!わかりました」
「誰かに声をかけられても無視し続けろ。いいな?」
「は、はい!」

非術師に対して手を出すことはできないが、伝達役として念のため玉犬を召喚し伏黒はロッカーに向かって走り出した。しかし、その時・・・・

『これから、名物のナイアガラの滝のショーが始まります。今日と明日の2日間特別に水量を2倍に増やしておりますので、どうぞお楽しみください』

というアナウンスが流れた。そのアナウンスを聞いた伏黒はそういえば、そんなイベントがあると書かれていたな。と、公式サイトのページを思い出した。まぁ、名無しがいる競泳プールが近いエリアには関係ないだろう。と、そのまま足を止めずにいるとショーが始まり、すごい勢いの水が敷地全体の天井に張り巡らされている太い半円のパイプを通って中央部分のエリアに運ばれていく様子が目に映った。しかし、水の勢いが強すぎたせいか水が走っているパイプが少しガタガタと揺れており、バキっとある一か所のL字に曲がっているパイプが折れた・・・・

「っ?!」

折れたパイプの部分から、勢いよく流れた水がそのまま下に落下していく様子がスローモーションのように目に映った。その下には・・・・

「名無し!避けろ!」
「えっ?!」

目の前に座っている玉犬とじゃれていた名無しは自分の身に危険が起きていることに全く気付いておらず、伏黒の叫び声にきょとんとした表情で応えた。名無しは何も動けずにいたが、玉犬は即座に反応し、名無しを前足で押し、落下する水が直撃することは避けられた。しかし、落下してきた水の勢いは凄まじく、体が軽い名無しはその水に足を取られて近くにあるプールに落下した。そこが競泳プールだということにすぐに気が付いた伏黒は足を速めた。

「名無し!」

伏黒は名無しを追うようにプールへとダイブし、水の中で名無しのことを懸命に探した。水圧に押し流されている名無しを見つけた伏黒はすぐに名無しの体を抱えたまま水上に引き上げた。

「名無し!大丈夫か?!」
「げほっ!げほっ!伏黒さん・・・・ありがとうございます」

泳げない名無しは足が付かないほど深いプールに投げ出されたことが怖かったのか、すがるように伏黒の首に腕を回して抱きついた。正直、薄い布1枚だけしか隔てていない状況での密着は気が気でなかったが、怖がっている名無しを安心させるためには仕方ない。と伏黒は自分自身を納得させた。

「大丈夫だ。すぐに上に・・・・?!」

名無しを安心させるために、背中に手を回した伏黒は違和感があった。すぐにその違和感の正体に気が付き、自分自身に落ち着け。落ち着け。と繰り返し言い聞かせた。それもそのはず、名無しの背中に回した手のひらには人肌しか感触がなかったのだから・・・・その事実に気づいた伏黒は慌てて名無しの背中から手を離し体を固まらせると、抱き着いている名無しはすぐにその不自然な行動に気づき、「伏黒さん?」と不思議そうに問いかけた。

「名無し・・・・」
「はい?」
「お前、水着はどうした」
「水着ですか?着ていますけど・・・・っ?!ひゃあ!」

目線を下に下げて自分が上の水着を着用していないことに気づいた名無しは慌てて伏黒から手を離し背を向けたが、支えを失った名無しはすぐに沈んでいった。

「名無し!」

伏黒はすぐに沈みかけた名無しの二の腕を掴み支えたが、名無しが「ひゃあ!」と悲鳴をあげたことで、「悪い!」と咄嗟に手を離してしまい、再び名無しの体は水の中に沈んでいった。

「す、すみません。驚いてしまって・・・・」
「名無し。壁に手を付けるか?」

自分が支えられないなら名無し自身に支えてもらうしかない。と思った伏黒は、横にある壁に手を付くよう名無しに指示を出した。

「水着、どこかに流れていってしまったようです。すいません・・・・」
「そうみてぇだな。このままだと上がれねぇし、人がプールの周りを歩いてるから端まで移動もできねぇ」

幸い競泳プールの中に2人以外の人はいないが、プールの周りには他の客が歩いているため、そちらには近づけない。流された場所が壁際であるため、名無しを支えられるものは伏黒か壁しかない状態だ。プールは25m8レーンの広さのため、蝦蟇に探させたとしてもそれほど時間はかからないだろう。と思った伏黒は、それまで壁に手を付けて耐えてくれ。と名無しに伝えた。



あれからまだ2分ぐらいしか経っていないはずだが、伏黒にとっては1時間ぐらい経ったのではないかと錯覚を起こす程長く感じた。

それは恐らく名無しも同じで、壁に手を付いて自分の体重を支えている名無しは腕に力が入らなくなってきているのか、両腕と上半身を壁に押し付けるような形で自分の体を支えていた。あまり視界に入れないように注意しているものの、水越しではあるが、真っ白な名無しの美しい背中がたまに視界に入り、伏黒の心臓を大きく高鳴らせた。

「あっ・・・・はぁ・・・・んっ・・・・」
「・・・・・っ」

目の前にいる名無しが苦しそうに吐息混じりに声を出す度に、触れはしないものの周りから名無しが見えないように隠している伏黒は腹の奥の部分がもやもやし始めた。

「はぁ・・・・・んぁ・・・・・」

段々ずりずりと沈んでいっている名無しは最早自分の腕の力だけでは自分の体を支えれない状態になっており、お尻を付きだすような体制で壁に上半身を預けたが、後ろにいる伏黒の下腹部にお尻が当たっており、名無しが「はぁ・・・・・」と苦し気に呼吸をする度にその呼吸に合わせて1枚の薄い布越しに伏黒の下腹部に甘い刺激を与えた。伏黒も自分の身体が沈まないように名無しを覆い隠す形で壁に手を付けているため、名無しが動く度にお尻が自身の下腹部に擦れて、全身の血液が沸騰するほど熱くなった。これはマズイと距離を少し離そうとしたが、そうすると名無しが支えを失い一気に沈んでいくため、下腹部に甘い刺激を与えらえたまま離れられずにいた。

「あ・・・・はぁ・・・・ふ、伏黒さん・・・・」
「どうした?」

荒い吐息混じりに名前を呼べれた伏黒は今まで極力視界に入れないようにしていた名無しの方に目を向けると、流された時に髪ゴムが外れて三つ編みがほどけた長い髪越しに、頬を赤くさせて目を潤ませた名無しが苦しそうな表情をこちらに向けていた。

「っ?!」

さすがに普段名無しに性的な目を向けていない伏黒でも、その姿には色々とクるものがあり、目を隠すように片手で顔を覆って円周率でも思い出して心の中で唱えようとしたが、「も、もう無理です!」という苦しそうな声を聞いて、顔を覆っていた手を外すと、名無しがばしゃん!と一気に沈んでいく姿が見え、伏黒は慌てて「名無し!」と名無しに手を伸ばした。

「っ?!」

咄嗟に手を伸ばした伏黒は名無しを抱きかかえるように支えたが、名無しのお腹の辺りでクロスするように抱きしめている両腕にとてつもなく柔らかい感触とずっしりとした重みを感じ全身の血が沸騰するほど熱くなった。

「うぅ・・・・ずみ゛まぜん゛・・・・」
「・・・・・気にするな」

当の名無しは恥ずかしさよりも自分のことを支えきれなかったことへの情けなさや申し訳なさでいっぱいになっており、両手で覆うように顔を隠した。名無しは気にしていないようだが、先程から名無しの色気コンボが見事にくらっている伏黒は気が気ではなく、実際、伏黒の下半身が緩く反応しかけており、このまま接触し続けるのは危険だと脳内で危険信号が鳴り続けていた。しかし、そんなタイミングで目の前に赤色の花が散りばめられた真っ白な布が現れた。

「あー!蝦蟇さん!ありがとうございます!」
「はぁ・・・・・よくやった」

伏黒はようやくこの天国のような地獄から解放されると肩の力を抜いた。

「さっさと着ちまえ」

すぐにでも禍根を断つべきだと思った伏黒は名無しのお腹に腕を回した状態で促した。すると、名無しは片手を壁につけて、もう片方の手でおずおずと水着を伏黒に差し出した。

「あの、伏黒さん」
「どうした?」
「あのっ・・・・えっと・・・・・その・・・・・水着を付けていただいてもいいでしょうか?」


申し訳なさそうな表情で伏黒に頼む名無しの言葉を聞いて、伏黒は、勘弁してくれ・・・・と深いため息をついたのだった。

その後、無事釘崎と虎杖と合流した二人だったが、疲労困憊の二人の姿を見て、首を傾げたのだった。



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