6月某日。
この日、午前中に任務を終えた伏黒は自室で一人本を読んで過ごしていた。ちなみに、釘崎は買い物をしに街にでかけており、虎杖はその荷物持ちとして釘崎の買い物に付き合っている。そんな時、突然伊地知から伏黒のスマホに連絡が入り何か急用かと思い電話に出ると、少しだけ困った様子の伊地知から、もし自室にいるようなら名無しの部屋に行ってくれないか。と頼まれた。どうやら、先ほど報告書を事務室に持って来た名無しがまっさらな報告書と間違えて重要書類を持って行ってしまったらしい。名無しに連絡をしたが全く気づかないため、名無しにそのことを伝えてくれないか。と伏黒は頼まれた。
仕方なく伏黒は名無しの部屋へと向かった。女子寮の中に堂々と入るわけには行かないため、1階にある名無しの部屋の窓から声をかけることにした。幸い名無しの部屋は角部屋のため他の人の部屋の前を通ることはない。それに、何かとこうして名無しへの連絡係を任される伏黒は度々こんな風に窓から名無しの部屋を訪問することがあるため、名無しもそのことを了承しているし、他の女子生徒たちも事情を知っているためその様子を見ても何も思わなかった。


「名無しー!」


まだ昼だというのに何故かカーテンが閉まっている窓を見て、不在か?と思い、窓の外から伏黒が名無しの名前を呼ぶと、部屋の中からドタドタドタっ!と何かに躓いたような音が聞えてきた。音がするということは恐らく名無しは中にいるのだろう。一体何をしているんだ?と首を傾げてもう一度声をかけようと思い、口を開いた瞬間、ばっ!と勢いよくカーテンが開いた。


「お、お待たせしました!どうされましたか?」


息切れをしながら登場した名無しは、何故か大きなタオルケットを体全体に羽織っていた。今日は最高気温28℃と結構高めの気温だが、部屋の中は寒かったのだろうか?と、そんな名無しのことを伏黒は見つめた。


「なんかあったのか?」
「えっ?!い、いえ、なにもありません!」


羽織っているタオルケットの合わせ目をぎゅっと握り、不自然なほど目を泳がせ、明らかに嘘をついている様子の名無しを見て、伏黒は何か隠しているとすぐにわかったが、困っているわけでもなく、ただ話さないというだけなら無理に聞く必要もないだろう。と思った。なにより、名無しに何かあればそこにいる神様が真っ先に伏黒に伝える。だが、神様はその場にいるだけで何か伝えようとする様子もなかった。つまり、伏黒は関与不要だということだ。


「そうか。伊地知さんからお前がさっき事務室から新しい報告書と間違えて重要書類を持って行ったからそこのことを伝えてくれって頼まれて来たんだ」
「えっ、本当ですか?!すみません・・・・」


名無しはすぐに自分の机の上に置いてある鞄の中を調べたが、片手でずっとタオルケットを押さえているため、もう片方の手で紙を探すのに苦戦していた。クリアファイルに挟まった重要書類がようやく見つかり、「ありました!すみません・・・・」と、その紙を手に持ったまま伏黒の元に慌てて駆け寄った瞬間、名無しは足元まで長さがあるタオルケットを踏んでしまった。


「ひゃあ!」
「名無し!」


そのまま前のめりになって転ぶ名無しの様子を見た伏黒が慌てて名無しを抱きとめようと駆け寄ったが、転ぶ瞬間にタオルケットの合わせから手がはずれ、そのタオルケットの中から、肌の露出が極めて多い名無しの体が目に入った伏黒は驚きのあまり思わず足を止めた。


「っ?!」
「びゃっ!」


伏黒の支えが間に合わなかったため、床にビターン!と勢いよく倒れた名無しの体の上からは転んだ際に後ろに飛んでいったタオルケットの存在は完全に消えており、名無しの全身を目視できる状態になった伏黒は自分の顔に熱が集まるのを感じた。


「いたたた・・・・・。はっ!」


名無しは慌てて起き上がり、後ろに落ちているタオルケットを手に取って、自分の胸元を隠した。


「み、見ましたか?」
「あぁ・・・・」
「お、お目汚し失礼いたしました・・・・」
「・・・・なんで、そんな格好してんだよ」


伏黒は、スッと名無しから視線をそらしながら名無しが『その格好』をしている理由を聞いた。


「あ、えっと、野薔薇さんに明日プールに行こうと誘っていただいて、中学の時に着ていたスクール水着をこっちに持ってきていたので、まだ着れるかどうかの確認をしてました」


そう。名無しがタオルケットの下に着ていたのは水着だった。それも、胸元に『2−A 名無し名無し』と油性ペンで書かれたゼッケンが付いているスクール水着だった。ようやく名無しが奇妙な行動をしていた理由がわかった伏黒はそういうことか。と小さくため息をついた。


「プールで見られるのは平気なのに、部屋で見られるのはなんだか恥ずかしいですね」
「・・・・・。」


恥ずかしそうに少し頬を赤らめる名無しを見た伏黒は、先程目にした名無しの姿を思い出していた。スクール水着はビキニ等の水着と比べると確実に露出度は低いし、学校の授業で普通に使用されているため、今更スクール水着を見た所で伏黒は何も感じないし、何も思わない。しかし、何故か名無しのスクール水着姿はとてもいやらしく感じた。理由はわかっている。その豊満な胸のせいだ。なんとか水着に収まってはいるものの限界まで胸元の布が引き伸ばされているため、窮屈そうにピンっと布が張っているゼッケンや胸元の方に布をもっていかれているせいで、何かの拍子に横から胸がこぼれてしまうのではないかと思うほど露わになっている美しい脇のラインが視覚的にいやらしさを感じさせていた。本来禁欲的なものとして扱われているはずのスクール水着を完全に性的なものに変えてしまっていた・・・・。普段グラビアの雑誌など一切見ることのない伏黒でさえ、名無しの姿がそういった類のものに見えているというのに、他の男が見たら・・・・。と伏黒は眉間に皺を寄せた。


「ダメだ」
「えっ?」
「それを着ていくのはダメだ」


世の中にはスクール水着に性的興奮を覚える変態が存在すると聞くが、そんな変態じゃなくても確実に名無しのことをそういった目で見るだろう。それだけは許せない。と伏黒は思った。


「あの、でも、私これしか水着を持ってなくて・・・・」
「・・・・じゃあ、今から別のものを買いに行くぞ」
「えっ?!」


伏黒は、本当ならプール自体行かせたくはなかったが、それだと野薔薇とでかけるのを楽しみにしている名無しが可哀想だ。と思い、苦肉の策で別の水着を買いに行くことにした。




伊地知に重要書類を返しに行った後、街に出た名無しと伏黒は1軒の水着専門店の前にいた。


「俺は近くの店で待ってるから買い終わったら連絡しろ」
「はい、わかりました!」
「いいか、露出が多いものと脱げそうなものは絶対に買うな」
「は、はい!」


女物の水着しか置いていない店に男の自分が入るのはさすがに・・・・と思った伏黒は店の外で待っていることにした。水着を選ぶ時の注意事項だけ名無しに伝えて送り出そうとした時、「いらっしゃいませ〜!」というやけにテンションの高い声と共に、派手な装いの店員が二人の前に現れた。


「「っ?!」」
「あ、カップルっすか?可愛い水着取り揃えてるんで中にどうぞ〜!」
「いや、俺は中には・・・・」


まるで逃がさない。と言わんばかりの勢いで、名無しと伏黒の腕をガシっと掴んだ店員はそのまま2人をズルズルと店の中に引きずりこんだ。断る隙も与えぬまま強引に店の中に入らされた伏黒は慌てたが、幸い、店の中には他に客がいなかったため、一つため息をついた後、仕方ない。と腹をくくった。


「どんな水着をお探しで?」
「えっと、あの・・・・」
「もしかして、まだ悩んでる感じっすか?じゃあ、オススメの水着じゃんじゃん持ってくるんで試着していってください!」
「え、あのっ!きゃあ!」


店内に入ってまだ1分も経たない内に店の奥にある試着室に名無しが押し入れられ、伏黒は、「彼氏さんはこっちで待っててください」と、その試着室の前に置いてある椅子に座らされた。なんだこの勢いは・・・・。どんどんあの店員のペースにのまれていく。と、伏黒が若干の恐怖心と不快感を抱えながら大人しく椅子に座って待っていると、「まずは一番人気の水着を持ってきました〜!」と、店員は試着室の中にハンガーにかかった水着を1着入れた。それを受け取った名無しは「へっ?!こ、これ、これを着るんですか?!」と戸惑っているが、店員が持ってきた水着がどんな水着かよく見ていなかった伏黒はそんな名無しの反応を聞いて首を傾げた。数分後、「あの、着替えたのですが、その・・・・これは・・・・」と、テンパっている名無しの言葉を完全に無視した店員は、「開けますねー!」と容赦なく試着室のカーテンを開いた。


「きゃあ!」
「っ!?」


アイスグレーの縁に大きなフリルがついたビキニを着た名無しは、勢いよくカーテンが開いたことに驚き、両腕をクロスして胸元を隠してしゃがみこみ、恥ずかしさから顔を真っ赤に染めた。


「あ、やっぱり。その水着よく似合ってます!」
「は、恥ずかしいです・・・・」


今にもビキニの布から胸がこぼれてしまいそうな名無しの姿を見た伏黒は勢いよくカーテンを閉めた。


「これは絶対にダメです」
「えー、とっても似合ってたのに」
「もっと露出が少なくて、安全なものがいいです」
「うーん。彼氏さんはどんな水着が好みなんですか?」


伏黒の説明だけではどんな水着がいいのかイメージができなかった店員が、例えばどんな水着がいい?と質問をすると、伏黒は、右上の壁にかかっているものにビシっと指をさした。


「あれがいいです」
「ん?・・・・・あれ・・・・・ウェットスーツ・・・・?あ、サーフィンしに行くんですか?」
「いいえ、プールに行きます」
「?」


手首や足首までしっかりと生地があるウェットスーツを指さした伏黒を見て、あぁ、サーフィンをしに行くのか。と思った店員だったが、プールに行くと言った伏黒の言葉を聞いて、首を大きく傾げた。そして、「うーん・・・・・」と数秒悩んだ店員は、過保護な彼氏が彼女に露出の多い水着を着させたくないんだ。という正解とは少しずれている答えにたどり着き、「まかせてください!」と、店中から自分のオススメの水着を腕にいっぱい抱えて戻ってきた。


「じゃあ、これならどうっすか?ビキニですけど、胸が隠れるトップスが付いてます」
「ダメです。さっきとそんなに露出度が変わってません」
「じゃあ、これは?オフショルダーですけどお腹が隠れるぐらい布がありますし、下に短パンがついてます」
「両肩に布がないものは脱げるので論外です」
「じゃあ、これならどうですか!ホルターネックの水着で太ももまで布もあります!」
「紐で結ぶタイプは、ほどけるのでダメです」
「じゃあ、これならどうだぁ!ちゃんとワンピースタイプで上下が繋がってますよ!」
「なんで横腹の部分に大きく穴があいてるんですか。却下です」
「じゃあ・・・・」


その後も店員と伏黒は、ああでもないこうでもない。とやりとりを続け、最後的に、店員が店の奥から引っ張り出してきた、真っ白な生地の上に赤色の花が散りばめられた柄の、中はビキニだが、その上に膝丈まであるワンピースがついている水着を見て伏黒はようやくOKを出した。ちゃんと肩の部分は紐ではなく布が縫ってあるタイプのものだ。これなら脱げる心配がない。と伏黒は一安心だった。


「ふふっ、可愛い水着が見つかって嬉しいです」
「・・・・よかったな」


楽しそうに笑う名無しとは対照的に完全に疲れきった顔をしている伏黒は小さくため息をつきながら名無しの横を歩いていた。


「はい!でも、本当に買ってもらっていいんですか?」
「あぁ、元はといえば俺が別なものを買いに来させたからな」


水着のお金を支払った伏黒に、名無しが自分のものなのに買ってもらって申し訳ないと思っていると、伏黒は自分のせいで買いにきたのだから気にするな。と伝えた。


「・・・・・スクール水着そんなに似合わなかったですか?」


名無しはずっと気になっていたことを伏黒に質問した。名無しの部屋でスクール水着を着た名無しを見た伏黒がそれを着ていくな。と言ったのがずっと気がかりだったのだ。名無しとしては、中学2年生までは普通に授業で着ていたため、変だと思ったことはなかったが、伏黒の目には自分の姿は変に見えたのだろうか。と心配だった。


「いや、似合わなかったとかじゃなく・・・・その・・・・なんだ・・・・あれだ・・・・」
「?」


いつもは、言いずらいことでも割りとはっきり発言するタイプの伏黒が何故か横に視線をずらして口ごもる様子を見て名無しは首を傾げた。そんなに言葉に困るほど似合ってなかったのだろうか?


「俺以外のやつに見せたくなかった」
「・・・・・あ、もしかして伏黒さん、スクール水着お好きなんですか?」
「ちげぇよ」


自信満々な表情で見当違いなことを言う名無しに、なんでそういう解釈になるんだ。と、いつものことながら伏黒は頭を抱えたが、じゃあどういうことだろう?と、唇の人差し指を添えて首を傾げる名無しを横目で見て、ふっと頬が緩んだ。


「そういえば、お前泳げるのか?」
「いいえ。息継ぎができませんし、クロールをすると何故か後ろに進みます」
「・・・・・浮き輪も買いに行くか」
「はい!」




PREVTOPNEXT