2017年12月24日 百鬼夜行当日



「真希さん喜んでくれるかなぁ?」


名無しは高専に一番近いコンビニにたまたま移動車販売していたポテトを抱えながら、期待に胸を高鳴らせて横でふよふよとぬいぐるみを抱えながら飛んでいる神様と高専に向かって歩いていた。いつも、ポテトは揚げたてがいい。しなしなになったポテトが同じ値段なのは納得できない。と言っている真希のためにも早く渡さなければと歩くスピードを上げると、横にいる神様はまるでその後の結果がわかっているかのように、名無しの目の前にぬいぐるみをずいっと出して、名無しの歩みを一度止めた。


「そうですね。転んだら元も子もないですね」


言葉は交わせないが神様が自分に何を伝えようとしたのかわかった名無しは困ったように笑いながらぬいぐるみを見つめた。
名無しが高専に来てから半年以上が経ち、現状、神様の力が暴走することもないため、高専の周辺からではあるが、神様を連れて高専外を歩く許可をもらった名無しは、毎日のように2人で夕方に散歩をするようになった。朝の景色はいつも滝行の時に一緒に見ているから、それ以外の景色も見てもらいたい。と名無しは思い夕方に歩くようになった。雨の日は名無しがわざわざぬいぐるみ用に作った合羽を着せて、名無しには神様が見えていないが、ぬいぐるみの位置から大体このあたりに神様がいるのだろう。と思うところに傘をさして相合傘状態で歩いている。正直神様には雨に濡れるという概念が存在しないため、傘などなくとも平気なのだが、肩を濡らしながらも自分に雨がかからないようにと傘をさしてくれる名無しを愛おしく思うがゆえにその事実を言えずにいた。


「今日は一段と人が少ないですね」


高専の敷地内に入った名無しは、いつもならこの辺りで数人とすれ違うのに、視界にすら人影がない状態を見て不思議に思った。そういえば、やたらと最近みんな忙しそうにしていたり、そわそわしていて声をかけずらかったことを思い出した名無しは、何かあったのだろうか。と首を傾げた。今朝は、真希も少し様子おかしかったように見えたため、少しでも元気になってもらいたいと思いポテトを買ってきたのだが、名無しはその理由を知らなかった。
不思議に思いながらも足を進めていると、目の前に袈裟を着た人が立っているのが見え、人見知りモードに入ってしまった名無しは、思わずぬいぐるみを掴んで神様と一緒に横にある柱に身を隠した。いつもみたいに気配がなくなってから行こう。と思った名無しは、柱に背を向けながらも男の足音に意識を集中させて耳を澄ませた。しかし、聞こえてきたのは足音ではなく、深いため息だった。


「はぁ、困ったなぁ」


その声を聞いた名無しの脳内は一気に人助けモードに切り替わった。どうかしたのだろうか?と体を反転させて柱の陰から様子を見ようとした瞬間・・・・


「ひゃあ!」
「おや、こんな所に隠れてどうしたんだい?」


振り向いた瞬間、目の前に袈裟を着た男の顔があり、驚いた名無しはそのまま後ろに倒れて行こうとしたが、寸での所で腕を掴まれて支えられた。


「おっと、危ない」
「す、すみません!」
「いやいや、こちらこそ驚かせてしまったね」
「い、いえ・・・・」


人見知り大爆発中の名無しが顔を上げれずにいると、袈裟を着た男は、少し腰を曲げて名無しの顔を下から覗き込んだ。


「あの、えっと・・・・何かお困りでしょうか?」


さっき聞こえてきた言葉から察するにきっと何か困っているのだろうと思い名無しは問いかけた。


「あぁ。とっても」


そう言って袈裟の男がにっこり笑ったが、その顔があまりにも美しかったせいか名無しはそれを見て何故か少しだけ恐怖を感じた。


「こっちへおいで」


腕を掴まれたままだった名無しはそのまま手を引かれて、男と一緒に歩いた。道がわからないのだろうか?たしかにこの高専はとんでもなく広い。正直、ほとんど自室で過ごしている名無しは知らない建物ばかりだ。行先を伝えられてもちゃんと連れて行くことができるのだろうか?と不安に思った。


「あの、私全然高専の敷地内のこととかわからなくて!今日は何故か人も少ないのでちゃんと目的の場所にお連れできるかどうかが・・・・」
「道?それならわかってるから大丈夫だよ」
「えっ?」
「私は昔ここに通っていたんだ」
「あ、そうだったんですか!?」


道がわかると知り安心したように胸を撫でおろした名無しは、じゃあ、一体何に困っているのだろう?と首を傾げた。


「ところで、君は、今日なんで人がいないのか知らないのかい?」
「え、はい。ここ最近皆さんお忙しそうだったので、それと何か関係しているのだとは思っているのですが、理由は知らなくて・・・・」
「今日はね、夏油傑という特級呪詛師が東京新宿と京都で百鬼夜行を起こすんだよ」
「百鬼夜行?」


聞きなれない単語を耳にした名無しは男に聞き返した。


「あぁ。各地に1000の呪いを放つんだ。下す命令はもちろん『鏖殺』」
「っ?!」


思わず手で口を押えた名無しはあまりにも衝撃的な情報を聞き言葉を失った。つまり、自分が今こうしている中、みんなは呪いを祓っているということか。とようやく状況を理解した。非力な自分が事前にその情報を知っていたところで何かできたわけではないが、それでも、無事に帰ってきて欲しい。とだけ伝えたかった。


「なんでそんなことを・・・・」
「理由?そんなの簡単だよ。非術師を皆殺しにして、術師だけの世界を作るためさ。この世界に非術師(サル共)は必要ない」


そう言って、男の顔がまるで憎いものでも見るような表情に変わったのを見て、名無しは背筋に冷たいものが走った感覚に陥った。名無しが危険を感じる前に、名無しの手からぬいぐるみを奪った神様は名無しの手を握っていた男の手を叩いて払い落した。


「おっと・・・・急にどうしたんだい?」
「えっ、あの・・・・」


一緒に歩いている間一度も神様を見ていなかった男にはきっと神様が見えていないんだ。と思った名無しは今のことをどう説明すればいいのだろう。と頭を悩ませた。しかし・・・・


「あぁ、私が彼女といるのがそんなに我慢できなかったのかい?」
「えっ?」


男が、まるで名無し以外の第3者に向けて話したのを聞き、名無しが驚いたように顔をあげると、男が名無しに向けて手を伸ばすのが視界に映った。


「っ!」


名無しは反応しきれず直立した状態で動けずにいると、ぬいぐるみが名無しに強い力でぶつかり名無しは後ろに尻もちをつく形で倒れた。


「きゃあ!・・・・あ」


地面に倒れた名無しが視線を上に向けると、男が腕を少し上に上げて何も見えない空間を掴んでいた。


「神様!」


ぬいぐるみの位置からその何かが神様だと気づいた名無しは大声で神様の名前を叫んだ。


「あぁ、そういえば名乗り忘れていたね。私が、その夏油傑だよ」
「っ?!」


名無しはすぐに背負っていたリュックから呪具を取り出して立ち上がり、夏油の腕を呪具で殴った。しかし・・・・


「ただの鈍間だと思っていたけど、どうやら君のことを少し見くびっていたようだ」
「その手を離してください!」


ぬいぐるみが、ぼとっと地面に落ちたのを見て、神様の状態を察した名無しは声を荒げたが、夏油はまるで、これぐらいのことでというような反応を見せた。


「きゃあ!」


腕を勢いよく払いのけられた名無しは受け身を取り切れず数メートル先に背中から勢いよく地面に倒れた。


「げほっ・・・・」
「すまない。少し力が強すぎたかな?」


夏油は何も呪力を使用していない。それでも腕一本で遠くに吹き飛ばされた名無しは夏油と自分の力の差を思い知らされた。自分では夏油をどうにもできない。どうしよう。と名無しは脳内をフル回転させた。


「話には聞いていたが、これが神様か。呪霊化していないものは初めて見たよ」
「ごほっ・・・・がっはっ・・・・」


激しく咳こみながら名無しは体を起こした。すると・・・・夏油はおかしなことを言い始めた。


「ねぇ、呪霊化していない神を呪霊に喰わせたらどうなると思う?」
「っ?!」
「呪霊化するだろうか?」
「やめてください!」


夏油は自分の横に人間よりも大きな呪霊を出した。恐らくそれに神様を喰わせようとしているのだろう。


「この呪霊は特別で喰べたものを憑依させられるんだ。面白いだろ?まぁ、呪霊化した所で見た目は変わらないだろうけど・・・・。はっ。ひどく醜悪だ」


神様にまるで汚らわしいものを見るような目を向けて放った言葉を聞いて、名無しの頭にがっと血が上り、目の前がぐらっと揺れた。


「神様を侮辱するような発言は許しません!」
「おやおや、熱心な信者だね」


何がおかしいのか馬鹿にしたように笑う夏油を見て名無しの呪具を握る手に更に力がこもった。このままでは神様があの呪霊に喰われてしまう。それだけは何としてでも阻止しなければいけない。だけど、自分の力だけでは夏油を止められない。奥の手であるアレを使ったとしても特級術師には敵わない。ならば・・・・選択肢は一つ!


「うっ・・・・っぐ!」
「っ?!」


突然ウエストで結んでいた紐を手に取り自分の首を絞め始めた名無しを見て、夏油は目を見開いた。敵わないとわかり自害しようとしている?いや、違う・・・・これは・・・・


「なるほど、そういうことか!自分の意識と繋がって存在する神を隠すために・・・・くくっ、いかにも君が考えそうなことだ」


夏油は紐で自分の首を絞め続ける名無しを面白そうに笑いながら見つめた。紐で自分の首を絞めるのは文字通り自殺行為だ。しかし、自分の手の力だけでそれを成し遂げることは難しい。だから首つり自殺が多いのだ。名無しは常人よりも非力であることから息苦しくはあるものの意識が遠のく感覚はまだしなかった。焦りだけが先行し、自然と手のひらに爪が食い込み血が出ていた。


「あっ・・・・ぐぁ・・・・」
「もうやめたら?君の力じゃ無理だよ」
「ぜっ・・・・たい・・・・たす・・・・ける・・・・」


意識を失った後きっと自分は目の前の男に殺される。だとしても、神様を呪霊から救うことができる。神様には人は殺させない。そう思い力強い目で夏油を見つめた名無しはぶるぶると震える腕に力を込めたが、紐を握る力が弱まるばかりだった。茶番はここまでだ。と夏油が名無しを無視して呪霊に神様を喰わせようとした時・・・・


「げっぱく・・・・そうてん・・・・」
「っ?!」


夏油は、名無しの呪力の量が増大したのを感じた。名無し家の術式『朔望天恵術』のことは夏油も知っている。月が見える状態でのみ使用することができ、月の満ち欠けに応じて大まかに1〜15倍力が増幅する。新月を1。満月を15。として計算し、新月に近ければ近くなるほど倍増する力は弱くなり、逆に満月に近ければ近くなるほど倍増する力は強くなる。今日は半月。約7倍の力になる・・・・


「っう・・・・!」


さっきよりもはるかに強くなった力で締め上げられた名無しの首の骨はミシっと微かに悲鳴をあげ、名無し自身も生命の危機を感じた。死なずに失神だけさせる力加減がわからずただただ苦しいと感じていると・・・・


「はっ!」
「そんなに死にたいなら手伝ってあげるよ」
『名無し!』


一瞬で名無しの目の前に現れた夏油に驚いたことで名無しの紐を持つ手がゆるんだ。その隙に夏油は名無しの首を片手でぐっと掴んだ。


「こうやってやるんだよ。ほら、苦しいだろ?」
「あっ・・・・ぐぅ!」


神様は自分から夏油の手が離れたためすぐに名無しの元へ駆け寄ったが、行く手を夏油の呪霊に塞がれた。


『名無しにその薄汚い手で触れるな!』


神様が夏油に向けて怒鳴ると夏油は神様に目を向けることなく名無しの首を絞め続けた。


「せっかくの記念だ。意識を失う前に君にもちゃんと呪霊化するところを見せてあげるよ」
「っく!」
「っ?!」


呪霊が神様に向けて大きく口を開けたのを見て、名無しは足元にあった呪具を力強く蹴り飛ばした。その瞬間、呪具から、リン・・・・と鈴の音が鳴った。その音を聞いた呪霊は大口を開けたまま固まり動きを止めた。

『名無し!』と名前を呼びながら神様は名無しに駆け寄ったが、夏油が新しく出した呪霊によって再び行く手を塞がれた。呪霊が神様の動きを止めているだけで食べる様子を見せていないことから、あの呪霊なら呪霊化させられる心配はない。と名無しは少し安心した。これで時間稼ぎはできた。あとは、解除が先か自分が意識を失うのが先かの問題だ。と名無しは小さく呼吸を繰り返した。


「足癖が悪いね。悟に叱られなかったのかい?」
「っ?!」


悟。という単語を聞いて真っ先に五条のことが頭に浮かんだ名無しは、彼のことを下の名前で呼ぶ目の前の人間は一体・・・・と考えていると。夏油は「まぁ、彼の足癖も大概だけど」と少しだけ表情を緩めた。


「名無し家の呪具には注意しておくべきだったね。安心して呪具もちゃんとこちらで回収しておくよ。興味はないが金にはなりそうだ」


段々名無しの体に力が入らなくなり、目の前が霞がかったように白くなっていった時、夏油からぬるっと何かが出てきた。それを見た瞬間、名無しは意識が遠のいていく中、目を見開いた。

「わんわん・・・・」
「は?」

名無しの呪具を回収するために夏油が出した呪霊を見て、名無しがわんわんと呼んだのを聞き、夏油は何を言っているんだ?というように声を出した。

「なん・・・・で?」

幼い時の記憶を鮮明に思い出した名無しは目の前の光景を見て、ただただ、なんで?と問いかけることしかできなかった。今目の前にいるのは間違いなく、おーじの呪霊だ。会っていない年月は長いが見間違うはずがない。だって、名無しにとってのおーじはそれほど大切な存在だから・・・・

「おーじの・・・・じゅれいなのに・・・・」
「・・・・あぁ、元の持ち主と知り合いだったのか」

夏油はようやく事態を理解した。まさか、この子があのクズ男の知り合いだったとは。と内心驚いていた。名無しが最後の力を振り絞って、呪霊に手を伸ばすと、呪霊も名無しに近づき、口から何かを出して名無しの手に乗せた。夏油は自分の命令以外の行動を呪霊がとったことに驚きはしたが、咎めるようなことはしなかった。呪霊の口から出てきたのは、小さな花の飾りがついている髪留めだった。

「おーじ・・・・は?」

幼い子供がつけるようなそれを手に乗せられた目の前の名無しは、呼吸ができず苦しい状態で、それでも大切な人に再開するための唯一の手がかりにすがる思いで言葉を発し続けた。

「彼なら    」

意識が限界を迎えた名無しは最後夏油の口の動きだけが目に入り、発せられた言葉までは耳に入らなった。一筋の涙が思いと共に頬を伝い地面に落ちていく様子を見た後、夏油は、名無しを優しく抱き上げて、開けた通路の端に置いた。名無しが意識を失ったと同時に本当に神様も姿を消したのを見て、いい実験体を逃したと残念に思った。しかし、事前の情報からただの鈍間だと思っていたのに、ここまでするとは。と夏油は名無しの行動に少しだけ驚いていた。首を呪力で絞め始めた時もあのままでは首の骨を折って死んでしまう。と思い、慌てて手を出したのだった。

「こんなのが婚約者とはね」

名無しが五条の婚約者になった事を知った時は、夏油ですら目玉が飛び出そうになるほど驚いた。女の趣味まで知っていた仲だっただけに、自分と道を分かれた後、幼女趣味になったのかと本気で心配をしていたが、そういうわけではなさそうだ。と夏油は少しだけ安心した。

「菜々子と美々子が世話になったね。悟をよろしく」





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