「お前、いつまでそうしてるつもりだ」


シャワーを浴びて戻ってきた伏黒がタオルで髪の毛を乾かしながら、未だに土下座している名無しに呆れた様子で声をかけたが、名無しは大事な婿入り前の体になんということを・・・・と、真っ青な顔で謝罪の言葉と共に頭を下げ続けた。名無しに視線を向けた伏黒は、名無しの髪の毛が乾いてるのを見て、自分がシャワーに入る前に、さっさと髪乾かせ。と言ったのをちゃんときいていたことに安心した。内心、自分がシャワーを入っている間も土下座し続けてるのではないか。と思い、心配していたのだ。


「そういえば、お前ここまでどうやって来たんだ?」
「補助監督の方に東京駅まで送っていただいて、伏黒さんの住所もその方が教えてくださったので、道中色んな方に道を教えていただきながら来ました」


高専の個人情報の管理はガバガバなのか?と伏黒は心配になったが、それよりも、あの名無しが東京駅から一人でここまで来たことに驚いた。


「よく一人でここまで来れたな」
「はい。時間は少しかかってしまいましたが、駅員さんが親切だったので、助かりました」
「高専からだと3時間くらいか」
「え、いえ・・・・8時間かかりました」
「8時間?!」


通常の倍以上時間がかかっていることに伏黒は思わず驚きの声を出した。もしかして、ずっとあの雨の中さまよっていたわけじゃないよな?と心配し、名無しの顔を観察するように見たが、シャワーを浴びて温まったおかげか、今の所、顔色は悪くないため、偶然ではあるがあの時名無しを見つけることができてよかった。と胸を撫でおろした。


「ここまで送ってもらえばよかっただろ」
「なにやら最近皆さんお忙しそうで、お願いしずらくて・・・・」


高専の不穏な空気を感じとってはいるものの理由を知らない名無しは困ったような顔で笑った。そういえば、さっき伊地知が名無しは百鬼夜行の件を知らない。と言っていたことを思い出した伏黒はすぐに話題を変えた。


「で、お前は俺に話しがあって来たんじゃないのか?」


大雨のトラブルに見舞われて後回しにしてしまったが、本題はそれだ。と伏黒は名無しの前に腰を下ろした。すると、名無しは「そうでした!」と言って、濡れているため玄関の方に置いていた自分の荷物を取りに行った。その様子を横目で見ながら伏黒が名無しの分もコップにお茶を入れて机に置くと、雨合羽で覆って大事に抱えていた箱を手に持った名無しが戻ってきた。


「それなんだ?」


正方形の両手よりも少し大きな白い箱を見て伏黒は首を傾げた。側面と上の方が結構な勢いでつぶれており、原因に心当たりがある伏黒は、「あ」と思わず声を出した。言わずもがな、名無しを水しぶきから守った時に、たしかに自分のお腹のあたりでぐしゃっと音がしていた・・・・あれはおそらく・・・・『あれ』だ。


「これはですね・・・・」


そう言って名無しは箱を開け始めた。


「伏黒さん、お誕生日おめでとうございます」


名無しが箱から取り出したのは、真っ白の生クリームでデコレーションされたホールケーキだった。上に乗った板チョコのプレートにも、若干いびつではあるが「Happy Birthday」と書かれていた。それを見て伏黒は目を見開いた。自分の誕生日を忘れていたわけではない。それこそ、今日の日にちを見た瞬間、自分の誕生日だ。ぐらいは思った。逆にそうとしか思わなかった。毎年、頼んでもいないのに津美紀ができる限り盛大にお祝いしてくれていたが、今年はそれはない。だから、ただ歳をとっただけで、いつもと何も変わらない日だと思っていた。だけど、違った・・・・


「これを渡すためにわざわざ会いに来たのか?」


長い時間をかけてずぶ濡れになりながら、自分にケーキを渡すために会いに来たことを知り、伏黒は胸がぎゅっと苦しくなった。すぐに道に迷う名無しのことだ、道中きっと不安で仕方なかっただろう。それでも名無しは大したことではない。と明るく笑うのだ。


「先日のお食事会の時に今日がお誕生日だと言っていたので」


名無しの言う先日の食事会と言うのは、五条の誕生日のことである。あの日、任務を終えた五条と名無しは高専に戻ってきてから、伏黒を呼んで夜にすきやきパーティーをしたのだ。当初、いつものことながら急な呼び出しに伏黒は秒で断ったが、「今日、僕誕生日なんだけど」と何度電話を切ってもしつこく言ってきたのと、神戸牛があると聞いて伏黒は仕方なく参加したのだ。行ったらすぐにプレゼントをせびられ。そんなものはない。と言うと、じゃあ、一発ギャクやってよ。と無茶ぶりされ、やはり来なければよかった。と伏黒は後悔したのだった。その時に、五条が「恵も、もうすぐ誕生日だね」と話しをふり、名無しにいつなのか聞かれた伏黒が12月22日。と答えたため、誕生日を知ったのだった。


「大したものはご用意できませんでしたが、せめてケーキだけでも。と思い、不格好ではありますが、作らせていただきました」
「お前が、これ作ったのか?」
「はい。初めて作ったので自信はないのですが、あっ・・・・」


名無しは取り出したケーキの3分の1がつぶれているのを見て固まった。つぶれた原因がわかっている伏黒は、「悪い。俺がお前のこと水しぶきからかばった時につぶれたと思う」と謝罪した。恐らくそれも手作りと思われるケーキの上に苺と一緒に乗っているマジパン細工の飾りも、化け物?呪霊?のように崩れてしまっており、伏黒は、「上の飾りも崩れて悲惨なことになってるな」と口にしようとした瞬間・・・・


「よかった!上の飾りは無事でした!」
「・・・・そうか。よかったな」


「力作なので、壊れてなくてよかったです」と嬉しそうに話す名無しを 横目に伏黒は、あれ完成形なのか。正直、呪霊にしか見えねぇけど、呪霊で合ってるのか?と、自問自答を繰り返した。


「えっと、これが伏黒さんです!」
「・・・・そうか」


恐らく手であろうものがびよーんと伸び、それとは反対に足はあるかないかわからない程短く、顔なんて福笑いの方がましだ。と思うぐらいパーツがごちゃごちゃだった。人だと言われて納得する方が難しい。


「伏黒さんの周りは、式神の皆さんです!」
「・・・・そうか」


どれがどれだ?と伏黒が頭を悩ませる中、名無しは嬉しそうに、「こっちが玉犬(黒・白)さんで、こっちが蝦蟇さんで・・・・」と説明をし始めた。正直、色だけしか合ってないと思ったが、それでも、名無しが自分のために一生懸命作ってくれたことが嬉しかった。


「あ、ロウソク忘れました!」
「いや、いらねぇよ」


いくら誕生日を祝う雰囲気になっていても、二人しかいない空間でロウソクを灯してバースデーソングを歌われて火を吹き消すとか想像しただけで気恥ずかしいと思った。


「すみません。一人で盛り上がってしまって・・・・いつも伏黒さんにはお世話になっているので、どうしてもお祝いがしたくて・・・・」


日頃散々迷惑をかけていると自覚している名無しは、伏黒の誕生日を祝いたくてケーキを持って家まで来たが、結局伏黒に迷惑をかけてしまった。と複雑な表情で笑った。


「ケーキ、ありがとな」


津美紀や五条以外の人間から初めて誕生日を祝われた伏黒は、嬉しい気持ちをどう表現すればいいかがわからず、ぶっきらぼうに言葉にした。これだけのことを自分のためにしてくれたのだから、もっと気の利いたことを言えないのか。と伏黒は自分でも思ったが、伏黒のそんな気持ちをわかっているのかわかっていないのか、名無しは満面の笑みで「はい!」と嬉しそうに答えた。


「食うか」


せっかくケーキをもらったのだから名無しと一緒に食べようと思った伏黒は、台所にナイフと皿を取りに行くと、何か思い出したように名無しが「あ」と声を出した。


「プレゼントがあるんです!」
「これ以外にもあるのか?」


「少々お待ちください」とまた玄関に置いてある荷物を取りにいった名無しの後ろ姿を見ながら、伏黒は、ケーキだけでも十分すぎるのに他にもあるのかと驚いた。よいしょ。と声を出しながら両手いっぱいに荷物を抱えた名無しを見て、ようやく名無しが登山にでも行くのか?と聞きたくなるほど大きなリュックを背負っていた理由がわかった。上がリボンで縛られた同じ袋がたくさんあるのを見て俺はこれから何を渡されるんだ。と伏黒は思わず身構えた。


「これは伏黒さんへのプレゼントです」


そう言って、たくさんある袋の中から唯一違う色の袋を一つ渡された伏黒は、「これは?」と首を傾げた。じゃあ、他の袋は一体?という疑問はあったが、とりあえず、渡しされた袋を「ありがとな」と言って開けた。


「今年はよりいっそう寒い冬になるそうなので、『それ』にしました」


袋からプレゼントを取り出した伏黒は紺色のふわふわの感触のそれを見て驚いた。


「マフラーか」
「はい!今の時期使うのにちょうどいいかと思って」


伏黒はすぐに自分の首にそれを巻いてみたが、長さもちょうどよく、色も使い勝手がよさそうだ。と喜んだ。


「ありがとな。大事に使う」
「はい」
「他の袋はなんだ?」


自分が渡されたものの他にも袋がまだ残っているのを見て、伏黒はずっと気になっていたことを口にした。すると、名無しは、「これは・・・」と言いながら、伏黒の目の前に一つずつ並べていった。その様子を伏黒は内心首を傾げながら見ていたが、袋の右上に小さく「玉犬(白)さん」と書かれているのを見て、もしかして・・・・と気づいた。


「式神の皆さんへのプレゼントです」


そう言って、一つ袋から取り出して見せたのは、伏黒と同じくマフラーだった。色は、赤色と少し派手ではあるが、長さが十分あるそれは式神の首にもちゃんと巻ける長さだった。自分だけではなく式神の分まで用意されたプレゼントを見て、伏黒は驚いた。


「式神の分も用意したのか」
「はい。伏黒さんが生まれた日ということは、式神さんたちの誕生日でもあるので」


たしかに術式は生まれながらに体に刻まれるため、式神たちの誕生日だ。と言われると、そうだが、伏黒ですら式神の誕生日を祝ったことがなかったため、驚きを隠せずにいた。よくこれだけの長さのものを見つけられたな。と関心しながら、マフラーを手に持って見ていると、伏黒はあることに気が付いた。


「もしかして、手編みか?」
「はい。私が編みました」


所々ほつれがあるのを見た伏黒はすぐにそれが手編みであることに気づいた。式神の首の太さは人間のとは全然違う。相当な長さのマフラーが必要になる。それをこの短期間で作ったのか?1匹ずつの分を・・・・。と伏黒は言葉を失った。もしかして、自分のもか?と思い見てみたが、そっちにはちゃんとお店のタグがついていた。それを見て何故か複雑な気持ちになった伏黒は何とも言えない表情をした。


「市販のものでは長さが足りなかったので、僭越ながら私が作らせていただきました」
「2週間で作ったのか?」
「はい。編み物は得意なので」


得意なので。で済ませていい話ではない。と正直伏黒は思ったが、気の利いた言葉の一つも言えない伏黒は、ただただ名無しの頑張りと気持ちをありがたく受け取った。


「あいつらも喜ぶ。ありがとな」
「はい」


周りの人間は伏黒の式神を祓う道具としか見ていない。だけど、名無しは伏黒の式神たちをまるでペットや家族のように思っている。自分と同じぐらい自分の大切なものを大事に思ってくれているという事実に伏黒は心の奥が温かくなった。


「伏黒さん、ケーキ、ぜひ召し上がってください!」


伏黒が名無しの作った式神たちのマフラーを色んな気持ちを噛みしめながらまじまじと見ていると、いつのまにか、ケーキを切り分けた名無しが伏黒に切り分けたケーキの上にプレートの板チョコと伏黒を模した飾りを乗った皿を渡した。


「これはお前が食え」
「え、伏黒さんを私が食べていいんですか?」
「俺じゃねぇ。俺を模した飾りだ。自分で食うのはなんか複雑だ。食え」


伏黒は自分の皿から名無しの皿に飾りを移した。フォークを手に取りケーキを口に運ぶと、目の前の名無しが「あっ!」と口を開いたため、なんだ?と伏黒は口を開いたまま動きを止めた。


「伏黒さん、お誕生日おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう」


お前のおかげでいい日になった。
素直に伝えたかった言葉はケーキと一緒に飲み込んでしまったが・・・・


「甘いな」
「え、お口に合いませんでしたか?」
「いや、今日はこれぐらいがちょうどいい」


普段なら胸やけを起こす程の甘い生クリームも、今日だけならそれもいい。と思った。


その後、ケーキを食べ終えた伏黒が乾燥機で乾かした服を取り出していると、服が何かゴム状のものに絡まって丸まっていた。


「なんだこれ?」


そう言いながら紐の部分をひっぱると、真っ白のレースのブラジャーが目の前に現れ、瞬時に停電のことを思い出した伏黒は妙に柔らかいと思った原因はこれだったのか。と頭を抱えた。普通下着まで脱ぐか?!警戒心なさすぎだろ!その状態で抱き着いてきたのか!と色々と名無しに言いたいことはあったが。結局の所名無しには甘い伏黒はそっと名無しの服の間にそれとパンツをしまって何事もなかったかのように返すことしかできなかった。しばらく名無しの顔を直視できなかったが、それぐらいは許して欲しい。




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