「ん・・・・」

窓から朝日が差し込みまぶしさで名無しは目を覚ました。何故か全身が重だるい感じがするのと、肌寒い外気に対して布団が温かいせいか、もう一度目を閉じてしまいそうになったが、あることに気づいた名無しはすぐに飛び起きた。

「ひょあ!い、今何時?!」

いつもはお供え用のおはぎを作ったり滝行をするために日が昇る前に起きているため、朝日が差し込む部屋を見て完全に寝坊した。と思い慌てて飛び起きて周囲を見渡したが、神様の姿がない。

「あれ?」

神様がいないどころが自分が暮らしている部屋でもない。一体ここはどこだ?と名無しは混乱した。

「朝から騒がしいね。どうしたのさ」

名無しは声が聞こえてきたドアの方を向くと、マグカップを手に部屋の中に入ってきた五条と目が合った。

「えっと、ここは?」
「何寝ぼけてるのさ、昨日任務でここのコテージに泊まったでしょ」
「・・・・あ!」

名無しは見慣れない景色に一瞬思考が停止していたが、五条の言葉を聞いて次第に昨日のことを思い出した。

「そろそろ起きてるかと思ってあったかいお茶持ってきたけど飲める?」

そう言って五条はベットの端に腰を下ろして持ってきたマグカップを名無しに渡した。

「ありがとうございます」

名無しはぼさぼさになっている自分の髪を手櫛でささっと直してからマグカップを受け取った。喉が渇いていたのか全身にお茶が染みわたっていくのを感じた名無しは、ほっと一息ついた。

「っは!」

段々脳が覚醒していくにつれて色んなことを思い出した名無しはおそるおそる片手で布団の中を覗き込むと、胸元が少しはだけてはいるものの綺麗に整っている浴衣が見て首を傾げた。昨日のことは夢だったのだろうか?だとしたら、あんないやらしい夢を見るなんて自分はなんてふしだらな人間なのだろう。と名無しは頭を抱えた。

「悟さんごめんなさい・・・・」
「え、それ何に対しての謝罪?あ、そういえば、呪霊祓ったよ」
「えっ?」

サイドテーブルにマグカップを置いて両手で頭を抱えていた名無しに五条は昨夜のことをさらっと報告した。呪霊って今回の任務の呪霊のことだよね?と名無しは頭を抱えた状態のまま五条を見つめた。

「名無しが気絶した後に現れて、ささっと祓ったよ」
「そうですか、無事に呪霊が現れて祓うことができたのならよかったです。これで皆さん安心してあの結婚式場で式を挙げることができますね」
「そうだね。名無しが任務のために体を張ってくれたおかげだよ」
「ん?体を張った?なんのことですか?・・・・どわっ!」

やはりあれは夢じゃなかったのか!と思い名無しは慌てて布団を頭からかぶり自分の姿を隠した。

「すみません!本当にすみません!任務のために必要だったとはいえ、あんなことをっ!あ、あのことは忘れてください!」

最終的に五条の方が名無しにとんでもないことをしてきたわけだが、それでも自分がしたことがきっかけでそうなってしまったと思っている名無しは謝罪の言葉を繰り返した。

「いやぁ、あんな衝撃的な出来事忘れられないでしょ。名無しからの熱烈なキスは本当にすごかったなぁ」
「もうっ、悟さん!・・・・ひゃあ!」

お願いだからこれ以上からかわないでくれ。という気持ちを込めて、五条の名前を口にすると、名無しが頭からかぶっていた布団を顔の部分だけ少しだけ剥ぎ取った五条は、真っ赤に顔を染めた名無しを見て、ふっと笑った。

「何、その色気のない声。昨日はあんなに気持ちよさそうに声出してたのに」
「あれは、そのっ・・・・もうっ、悟さん!からかわないでください!」

布団を剥ぎ取られた名無しはそれでもなんとか自分の顔を隠そうと両手で精一杯隠し、視線を右往左往とさまよわせた。一向に目を合わせようとしない名無しを見て、完全に意地悪なスイッチが入った五条は、名無しが顔を隠している手を掴んで、顔を近づけた。

「ねぇ、このまま昨日の続きでもする?」

五条が少しにやっとからかうように笑いながら言った言葉を聞いて名無しは真っ赤な顔のままぶんぶんと勢いよく顔を横に振った。

「・・・・そんな全力で否定しなくてもいいのに。大丈夫だよ名無しが任務のために仕方なくやったことだってちゃんとわかってるから。でも、今後僕以外にはやっちゃダメだよ」
「はい・・・・」

「ほら、帰るから早く支度して降りて来なよ」と言い残して五条はベットから降りて部屋から出るためにドアに向かって歩き始めた。いつもと変わらない背中のはずなのに、名無しの目には何故か少し違うように映った。名無しは昨日キスした時に五条に恋愛感情として自分のことが好きなのか。と聞かれたことを思い出した。たしかに本来そういう気持ちがなければしてはいけない行為のためその質問は正しい。しかし、名無しが五条にキスをしたのは恋愛感情を持っているからではなく、あくまで任務のためで、五条に対して恋愛感情があるからではない。だけど、いくら人のためなら自己犠牲も惜しまない名無しとはいえ、これが五条以外の人間でも同じことをしていたか。と聞かれれば、答えは、いいえ。だ。それは五条もちゃんとわかっている。恋愛感情じゃなくても自分を差し出すだけの信頼があるのはわかっている。わかってはいるが、頭で理解しただけでは飲み込み切れない感情が人間には存在するのだ。

「悟さんっ!」

名無しは慌ててベットから降りて背中に抱き着く形で五条が出て行くのを引き留めた。名無しは自分でも何故五条を引き留めたのかわからない。引き留めた所で自分でもわかっていないこの気持ちを五条になんて伝えればいいかもわからない。だけど、それでも、このまま何も伝えないまま離れてはいけないと思った。

「名無し、どうしたの?もしかして、本当に昨日の続きしたくなっちゃった?」

五条は、そんなわけない。とわかっていながらも、突然抱き着いてきた名無しにからかうように声をかけたが、名無しは五条の背中に顔をうずめた状態で首を横に振った。そして・・・・

「悟さん、私と初めて会った時のことを覚えてますか?」
「・・・・あぁ、覚えてるよ。がきんちょたちに泥団子投げつけられて泥だらけで着物きったねぇのにクソ寒い庭でじっと蹲ってたよね」
「はい。私はそれが当然の扱いだと思っていました。家から疎まれるのも、周りから罵られるのも、暴力を振るわれるのも、全部私が悪いと思ってました。だから、永遠にこの環境は変わらないと思っていたんです。だけど、あの日、私は貴方に救われました。手を握って温めてくれました。頭を撫でて慰めてくれました。私にどうしたいのか選択肢を与えてくれました。私を明るい世界に連れ出してくれました」
「別に、名無しから改めて感謝されるようなことなんてしてないけどね」
「いいえ、そんなことないです。私はずっと悟さんに恩返しがしたかったんです。だけど、私にできて悟さんにできないことなんて一つもなくて」
「まぁ、パーフェクトグッドルッキングガイだからね。僕。まさに、天は二物も三物も与えたってやつ」

神も嫉妬するほど全てを兼ねそろえてると自画自賛する五条に名無しは、「そうなんです」と困ったように言葉を続けた。

「だから、今回の任務でどうしても悟さんのお役に立ちたかったんです。少しでも悟さんに恩返しがしたかったんです」

名無しはただ五条の役に立ちたいという気持ちだけで、五条にキスをした。これは、きっと、愛や恋と呼ばれる感情には当てはまらない。

「たしかに私の悟さんに対する気持ちは恋愛感情ではありません。キスも任務のためにしました」
「それはもう何回も聞いたけど」
「だけど・・・・」
「名無し・・・・?」

それでも、この気持ちに合う言葉はこれで間違いない。


「好きです。」


背中ごしに告げられた言葉を聞いて五条は大きく目を見開いた。そして、名無しにしがみつかれたままだった五条は体を反転させ正面から向き合った。

「悟さん?」

五条は不安げな表情をしている名無しの顔を下から手で掬い上げ強制的に上を向かせた。数秒間そのまま二人は見つめ合い、五条は手を頬に滑らせた。名無しも昨日のことを思い出し、「えっと、あのっ・・・・」と焦りながらも、徐々に近づいてくる五条の顔に従って目をぎゅっと閉じた。そして・・・・

「ひぎゃ!」
「はいはい、ありがとう。名無しが僕を好きなことなんてとっくのとうに知ってるよ。まぁ、全人類が五条悟のことを好きなのは当たり前のことだけどね」
「いえ、そんなことは・・・・あっ!」
「え?今なんか言った?」
「そういえば」
「話逸らさないでよ?」

名無しは何か思い出したように立ち上がり、「ちょっと待っててください」と言って入口近くに置いてある自分の鞄の中をガサガサと漁りだした。五条がそのまま1〜2分待っていると、名無しは「お待たせしました」と言い五条の前に戻ってきた。その手には、手のひらに収まるサイズの巾着袋が乗っていた。

「今日お会いできないと思っていたので、昨日渡そうと思ったのですが、色々とバタバタしていたのでそれどころではなくて、あ、でも当日お渡しできてよかったです」
「なにそれ?」

名無しが何のことをいっているのかさっぱり理解できない五条は、内心首を傾げながら巾着袋から何かを取り出す名無しのこと見つめた。

「お誕生日おめでとうございます」

そう言って名無しは五条の手首にブレスレットを付けた。名無しの言葉を聞いて、今日12月7日が自分の誕生日だということを思い出した五条は目隠しの布の下で目を見開いた。

「あ、そっか。今日、僕の誕生日か。すっかり忘れてたよ」
「はい。当日にお祝いできてよかったです」
「何これ、数珠?」

五条は名無しが自分の手首に付けた石がたくさんついているブレスレットを見つめた。

「いいえ、パワーストーンのブレスレットです。悟さんに何を贈ればいいかずっと悩んでいたのですが、これがぴったりなのではないかと思い選びました」
「ありがとう。でも、なんでこれ?」
「そのブレスレットのパワーストーンには色んな願いが込められているんです」
「へぇ、例えば?」
「これは金運上昇ですね」
「別にお金に困ってないけど」
「あと、これは病気予防や健康維持ですね」
「僕の身体にウイルスが入ってきたりしないから大丈夫だよ」
「あと、これが一番大事です」
「何?」
「この石は、人間関係が良好になります」
「僕みんなから好かれてるから必要ないけど」
「えっ・・・・」
「え、何その反応。さっきから気になってたんだけど、まるで僕がみんなから嫌われてるみたいじゃん」
「・・・・あっ、いえ、なんでもないです」

上層部の人間や五条の名前を出すだけで嫌な顔をする人たちのことを思い出した名無しは、思わず言葉を詰まらせた。名無しは話をそらすためにパワーストーンの説明を続けた。「あ、最後にこれは」とピンク色の石を指さした。

「恋愛運UPの石です。特にこの石は運命の人と巡り合う効果があるそうです」

自分のような名ばかりの許嫁はいるが、五条にはまだ生涯添い遂げる相手はいない。将来の五条のためにも五条家のためにも、悟の幸せを誰よりも願っている名無しは、悟が生涯一緒に幸せになれる相手と巡り合えるように。と願いを込めてこの石も入れた。まるで、自信作だ!と言わんばかりのほぼ全ての効果のパワーストーンを盛りだくさんに詰め込んだブレスレットのプレゼンは終了したが、五条は・・・・

「へぇ、そうなんだ。でも、それも必要ないよ」
「そうですか・・・・」

恋愛運のは絶対に必要だと思ったのにな。と、名無しが肩を落として落ち込んでいると、五条は手首にはめたブレスレットを一撫でして口を開いた。

「運命の人ならもう出会ってるから」
「えっ?」

ぼそっと言った五条の声が至近距離にいる名無しの耳にも届かないほど小さな声だったため、名無しは聞き取ることができなかった。

「すみません、悟さん。今なんておっしゃったんですか?」
「なんでもないよ。まぁ、これは有難く受け取っておくよ、ありがとう」
「いえ、すみません。もう少し悟さんに喜んでいただけるものを用意すればよかったですね」
「いや、それならもうもらったから」
「え、私これ以外にお渡ししましたっけ?・・・・あっ!そういえば、指輪を返し忘れていました。すみません」

名無しは人差し指を頬に当てて考えるしぐさをした際に目の前に見えた指輪を見て五条に指輪を返し忘れていたことを思い出した。

「えっ?」

慌てて薬指から外そうとする名無しの手に五条は自分の手を重ねた。

「返さなくていいよ。それ、名無しにあげたものだから」
「でも、これすごく高価なものですし」
「返されたところで名無しのサイズに合わせて作ったから使い道ないし、捨てるだけになるからあげるよ」
「そういうことでしたら、ありがたく頂戴いたします。大切に保管しますね」

名無しは指輪をはめた指を大事に右手で覆って満面の笑みを浮かべた。

「五条さん、名無しさん、準備できたら出発しますよ!」
「はいはい」

下の階から小山原が二人のことを呼ぶ声が聞こえてきた。返事をして名無しが準備できるようにと五条はドアノブに手をかけた。

「あ、名無し」
「はい?」
「その指、予約したから」
「えっ」
「忘れないでね」
「ちょっ、悟さん!一体どういうことですか?」

五条が残していった言葉の意味が理解できなかった名無しは五条が部屋を出て行ったあと、しばらくドアを見つめて首を傾げていた。

「指を予約?何のことだろう?・・・・・はっ!」

名無しの頭の中に突然あることが浮かんだ。それは・・・・

「罰として指を差し出せってこと?!・・・・その指ってどの指だろう・・・・もしかして、全部?!ひぇ!」

以前五条からもらった漫画で「指詰めろ!」と言われたキャラクターが指を切って差し出したシーンを思い出した名無しは五条の言葉を完全に勘違いして受け取り、やはり五条は怒っているのだ。と顔を真っ青にしてガクガク震えたのだった。




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