「今日の任務は3級呪霊の案件です。『窓』がこの廃校にいる呪霊の姿を確認しています。今まで2級呪霊も相手にしているお二人なら大丈夫だと思いますが、気をつけて行ってきてください」
「「はい」」


今日名無しと伏黒が来ていたのは、東京から2つほど県が離れた場所にある木造建ての廃校だ。数日前に『窓』がこの廃校の中にいる呪霊を発見し、今回その呪霊を祓う任務が伏黒と名無しに与えられた。普段名無しと伏黒が2人で任務を行う時は必ず五条か補助監督の伊地知がついている。今日は五条が別の任務で不在のため、補助監督として伊地知が同行することになっていたが、午前中に1級術師が担当した任務に伊地知が同行していたため、こちらの任務は午後からとなった。2県離れた距離だったため現在の時刻は午後4時だ。まだ十分明るい時間帯ではあるが廃校ということもあり明かりの期待ができない以上早く祓った方がいいだろう。と伏黒は思っていた。


「行くぞ名無し」
「はい」


伊地知が帳を下ろしたのを見て伏黒は早速玉犬を召喚した。名無しも呪具を握り、先を歩く伏黒の後を追った。校舎の中に入り1階を端から端まで見たが呪霊の姿はなく2人は2階へ上がった。2階には図書室や美術室があり、その奥にいくつもの教室が並んでいた。端から端に向かって各教室を見て回っているとちょうど廊下の中間地点で玉犬が反応を示した。


「いたぞ」
「はい」
「事前の報告通りなら3級呪霊で間違いねぇ。名無し、鈴の音で動きを止めてくれ。その間に玉犬が喰う」
「はい、わかりました」


廊下の端からこちらに向かってくる気配を感じ、名無しは呪具を握り直し、伏黒も両手を構えた。呪霊の体の一部が廊下の角から現れたのを見て2人は身構えていたが・・・・


「「っ?!」」


その姿を見た二人は目を見開いた。廊下の角から姿を現した呪霊は、廊下を塞ぐほどの大きさだった・・・・。今まで見たどの呪霊よりも大きなその呪霊を見て、名無しは思わず動きを止めた。毛むくじゃらの真っ黒な呪霊は伏黒と名無しの姿を見た途端、先ほどまでの、のっそのっそと重い足取りで歩いていたのとは打って変わり、木造の廊下が破壊されるのではないかと思うぐらいの勢いと、凄まじいスピードで二人に向かって走ってきた。


「ひゃあああ!」
「名無し、鈴を鳴らせ!」
「は、はい!」


恐怖で悲鳴をあげている名無しに伏黒は冷静に呪具で動きを止めるよう指示を出した。名無しはすぐに呪具を上に上げて鈴を鳴らすと呪霊の動きが止まった。


「『玉犬』!」


玉犬【黒】も召喚した伏黒は、呪霊を喰うように指示を出すと、玉犬は呪霊に襲いかかりバクバクと呪霊を喰って祓った。あっという間に消滅した呪霊の姿を見て、さっきまで大慌てだった名無しは、ほっと胸をなでおろした。


「び、びっくりしました・・・・初めてあんなに大きな呪霊を見ました」
「たしかに姿は大きかったが等級自体は間違いなく3級だ。動きさえ止めればすぐに祓える。お前の呪具は呪霊の動きを止めることができんだからビビらずいけ」
「はい、すみません」


今まで2人が出会った呪霊とは違い特にやっかいな術式を使わなかったため、思ったよりもあっさり祓うことができた2人は、帳が上がったのを見て他に呪霊がいないこともわかりほっとした様子で1階に降りて校舎を出ようとしていた。途中、階段を降りる際に足を踏み外した名無しが誤って下にいた伏黒の頭に乗り上げる形でお尻から落下したこと以外は特に何事もなく任務を終了させることができ、伊地知が待つ校門に向かうため校舎を出ようとした所、名無しは階段の陰に何かが落ちているのを見つけた。


「伏黒さん、何か落ちているみたいです。なんでしょうか?」
「?」


名無しは隣を歩いている伏黒に声をかけながらその落ちている物に向かって歩いた。本来の色がわからないぐらい錆びている何かの入れ物のような物に向かって名無しが手を伸ばした瞬間、何かに気づいた伏黒は「名無し、触るな!」と大声を出して名無しの動きを止めさせた。あと数センチで触れるところだった名無しは「えっ?」と、手を宙に浮かせた状態のまま伏黒に視線を向けた。


「それは恐らく車の中で伊地知さんが話してたやつだ」
「都内で多発してる。って言ってた事件のですか?」
「そうだ。任務先で事前の情報よりも高い等級の呪霊が現れる事件が都内で多発してる話の中に、その発生した場所には謎の香炉が置いてあったって言ってただろ」
「あっ、もしかして」
「その入れ物は恐らくその香炉だ」


ここ最近、都内の任務先では事前に『窓』や補助監督が仕入れた呪霊の情報よりも高い等級の呪霊が出現する事件が多発していた。恐らく高専関係者を狙った呪詛師によるものだと思われるその事件は頻度が多くなっていることから、高専関係の呪術師が本腰を入れてその事件の調査を行っている。伊地知が午前中に補助監督としてついて行った任務もこの事件の関係だ。しかし、頻度が増えていると言ってもまだ数件しか起きていない案件から共通点を見つけることは難しく、今の所確実な情報としてわかったのはその現場に小さな香炉が置いてあるということだけだった。恐らくその香炉で呪霊を引き寄せて、高専関係の呪術師の任務を妨害しているのだろう。今のところ都内でしかこの事件が起きていないため、しばらくの間、準1級以上の呪術師のみが都内の任務を行うことになり、それ以下の等級の呪術師は、他県の任務を行うことになった。特に伏黒と名無しは安全を考慮して2県以上距離が離れた場所の任務を割り振られていた。・・・・にもかかわらず、この場所には、香炉と思わしきものが落ちていた。


「とにかく、すぐに伊地知さんにこのこと伝えるぞ」
「そうですね」


この香炉がその事件と同じものか、関係のあるものかがわからないため、とりあえず伊地知に伝えよう。と、伏黒はその場で伊地知に電話をかけた。しかし、何故か電波の状態が悪く繋がらなかった。帳も上がっているし、この建物は木造のため電波を遮断するような要素は考えられなかったが、少し山奥のこの環境のせいだろう。と考えた伏黒は念のために玉犬【白】を召喚し、外にいる伊地知にこのことを伝えてくるからここで少し待て。と名無しに指示を出し校門前にいる伊地知の元へ向かった。


「伊地知さん。例の香炉ここにもあるみたいです」
「え、本当ですか?」
「はい、校舎の中にそれらしき物を見つけました」


まだ伊地知がいる場所まで距離があるが、なるべく早くこのことを伝えた方がいい。と判断した伏黒は少し大きな声で伊地知に校舎で見つけた香炉のことを伝えた。


「こんな場所にもあったなんて・・・・」
「とりあえず、危なそうなので封印した方がいいですよね?」
「そうですね。使用後時差式で効果を発動するものみたいなので、使われていないのであればまだ大丈夫です。今僕がそちらに向かって封印します」
「お願いします。でも、ひどく錆びついていて随分前に使用したものなんじゃないかと思います」
「ひどく錆びついていた?」
「はい」


伏黒から香炉の情報を聞いた瞬間、伊地知は目を見開いて驚いた様子を見せた。その姿を見た伏黒はただただ理由がわからず首を傾げた。すると・・・・


「先ほど、とある呪詛師が根城にしている場所から未使用の香炉が見つかったようなのですが、未使用のものは錆び等一切なく塗られた色絵がくっきりと見える物のようです」
「っ!」
「逆に使用済みのものは全てひどく錆び付いた状態です。つまりその香炉は・・・・」
「すでに使われている・・・・」


もしかしてさっきの呪霊がその香炉によって現れた呪霊なのか?と、伏黒は一瞬考えたが、この香炉が使用された任務では、事前の情報よりも高い等級の呪霊が現れる。とのことだ。あの呪霊は事前の情報通りの呪霊だった。つまり、この場に他にも呪霊がいるということになる。


「気をつけてください。香炉によって出現する呪霊が現れる条件は恐らく、『その場にいた呪霊が祓われること』です」
「っ!」
「すぐに応援を呼ぶので、とりあえず伏黒くんと名無しさんはこの場から離れましょう」
「はい、わかりました。・・・・っ名無し!」


突然名無しと一緒にいる玉犬から呪霊が出現した。という情報が送られてきた伏黒は瞬時に名無したちがいる校舎に視線を向けた。すると、「きゃあ!」と悲鳴をあげながら、校舎の窓を突き破って外に吹き飛ばされている名無しの姿が目に映った。


「名無し!」


呪霊の攻撃は玉犬が名無しの前に立ちかばったようだが、玉犬と共に窓の外に飛ばされた名無しは呪力で自分の体を守ることができないため、衝撃をそのまま体に受け痛みで外に飛ばされた状態のまま立ち上がれずにいた。


「「っ!」」


校舎からは外に投げ出された名無したちを追うように呪霊が出てきた。市松人形のような姿をした呪霊はさっき祓った呪霊以上の大きさがあり、その姿を見た伏黒と伊地知は目を見開いた。


「伊地知さん!早く帳を!」
「っしかし、それでは貴方たちが!」
「大丈夫です。大きさはありますが恐らくこの呪霊は2級です。これなら俺が祓えます」
「・・・・わかりました。お気をつけて」


伏黒の言葉を聞いた伊地知はすぐに帳を下ろして高専にこの場所で香炉が見つかったことと、今すぐ準1級以上の呪術師をこちらに向かわせて欲しいことを伝えた。本当に2級の呪霊であれば今の伏黒でも十分祓えると思うが、この香炉については未だ不明点が多いため念のために。と、伊地知は対策を講じた。


「痛い・・・・」


名無しが痛みに耐えながら地面に横たわっている半身を起こすために両腕に力を入れると、玉犬はそんな名無しを守るように前に立ち呪霊に対して牙を剥いた。


「玉犬!喰っていいぞ!」


伏黒の命令を合図に玉犬は呪霊の右腕に噛み付いた。引きちぎられた右腕はボトッ。と重量感のある音と共に地面に落ちた。それを見た伏黒は『鵺』を召喚する為に手で影絵を作った。その時・・・・


「「っ!」」


ドーンっ!という凄まじい音と大きな地面の揺れと共に何かが伏黒と名無しの間に現れた・・・・。


「えっ・・・・もう一体・・・・?」


その姿を見た名無しは立ち上がりながら目を見開いた。そこには今目の前にいる呪霊と全く同じ姿をした呪霊がもう1体現れたのだ。呪霊はすかさず伏黒に向けて腕を振り下ろして攻撃をしてきたが、伏黒はその動きを瞬時に読み横に避けると、伏黒に当たらなかった攻撃は地面に当たり直径3mほどの大きさの地割れをつくった。


「邪魔だ!」


伏黒は自分に攻撃をしてきた呪霊を見て、すかさず『鵺』を召喚した。そして、『鵺』が帯電した翼で呪霊を攻撃し、翼が当たった呪霊の胴体は真っ二つに切り落とされた。しかし・・・


「「っ!」」


上半身と下半身で切り分けられたはずの胴体は、切られた上半身の切れ目からぶくぶくと奇妙な音を立てながら足が生えて元に戻った。それを見た伏黒はすぐに名無しを襲った呪霊の方を見た。すると、先ほど玉犬が喰いちぎったはずの腕が綺麗に元に戻っていた。戸惑った様子で足を止めている名無しを見た伏黒はすぐに名無しの元に向かって駆けたが、目の前の呪霊はそれを許さなかった。


「どけ!」


鵺が帯電させた翼でもう一度呪霊に攻撃をした。翼を当てる直前に呪霊の攻撃を受けたがそれほど大きなダメージは負っておらず見た目に反して呪霊の攻撃力がそれほど高くないことに伏黒は少し安心した。しかし、鵺の攻撃で腕を切り落としたが、その部分はまた元に戻った。


「そうか。なら、全部潰せばいいだけだ」


体の一部分を切り落とすだけでは復元してしまうことに気づいた伏黒はすぐに『鵺』を解除し、新しく手で影絵を作った。


「『大蛇(おろち)』」


伏黒が召喚したのと同時に地面から出てきた大蛇は呪霊を喰った。腕一本、足一本でも残っていればまた復元してしまう。と仮定した伏黒は、大蛇に胴体を喰った後にすぐに四肢の部分も喰うように指示を出した。すると、案の定伏黒が仮定した通り呪霊がそこから復元されることはなかった。そのことに安堵している時間などなく、次は名無しの方にいる呪霊だ。と、そっちに視線を向けると、名無しが呪具で動きを止めて玉犬が復元する体を喰い続けていた。さっきまで地面に横たわったまま動けずにいた名無しが動けるようになっているのを見て少しだけ安心していたが、校舎の中で祓った呪霊よりも鈴の音を聞いて止まっている時間が短いのを見て、力の差のせいか、今まで祓った呪霊よりも格上ということだろう。と伏黒は考えた。


「名無し、大丈夫か?!」
「はい、玉犬さんが守ってくださったので大丈夫です!そちらは無事に祓えたみたいですね」
「あぁ。この呪霊は一部でも体が残ってると体を復元させれるみたいだ。だから、俺の式神で呪霊を一気に祓う」
「わかりました。では私は後方支援を」
「あぁ、頼む・・・・っ!」


伏黒が驚いたように目を見開きながら名無し側にいる呪霊を見ているのを見て、一体どうしたのだろう。と、名無しも同じようにそちらに視線を向けると、名無しの近くにいた呪霊の背中から、もう1体同じ姿の呪霊が出てきたのが見え名無しも目を見開いた。


「一体どういうこと・・・・」
「そういうことか」
「えっ?」
「そいつらは2体で1体なんだ。さっき、体の一部が残っていれば復元するって話をしたが、片方の体も『体の一部』ってことだ」
「じゃあ・・・・」
「2体同時に祓わなきゃいけねぇ」


困惑する名無しに伏黒は冷静に分析をした結果を話した。体の一部が残っていれば復元する。ということまでは伏黒の仮定通りだったが、まさか、もう1体の体もそれに含まれるとは思っていなかった伏黒は、さっきと同じように大蛇で一気に祓えばいい。と思っていた作戦を考え直さなければいけなかった。本当なら、伏黒が1体、名無しが1体祓えればいいのだが、2級相当の呪霊が相手となると、その1体を名無しにまかせる。という考えは伏黒にはなかった。


「俺が祓うからお前は下がれ」
「で、でも、2体同時に祓わなければまた復元されてしまうんですよね」
「あぁ、それは俺がなんとかする。だから、お前はっ」
「ダメです。1人で相手をするのは危険です」


呪具が効きにくいこともあり、この呪霊が今まで祓ってきたどの呪霊よりも強いことは名無しもわかっていた。だからこそ、自分に何ができるか。どこまで戦えるかはわからなかったが、伏黒だけに任せるというのはできなかった。


「お前が相手できるわけないだろ」
「そ、そうかもしれませんが・・・・いいえ!今日は満月です。もう少し陽が落ちて月が現れれば術式が使えるので少しはお役に立てるかと・・・・」


伏黒に、はっきりとお前には無理だ。と言われ、さっきまで伏黒だけに任せられない!と、意気込んでいた名無しの決意はあっさりと折れそうになったが、日が落ちかけた空に薄っすらと浮かんでいる月を見て名無しは自分も戦力になる。と、必死に伏黒に伝えた。


「お前まだ呪力で自分の体守れねぇだろ」
「・・・・1度だけなら平気です」


前回名無しが術式を使用した際に打撃の衝撃を全身に受け、痛みに体を震わせながら崩れ落ちた姿を今でも鮮明に覚えている伏黒は、満月の今日、名無しが術式を使用するのは反対だった。しかし、それでも大丈夫だ。と答える名無しに伏黒は軽くため息をついた。


「はぁ・・・・。わかった。2人で祓うぞ。ただし、引きつけるのは俺がやる。お前は俺が指示を出すまで手を出すな」
「わかりました」


呪霊が目の前にいるというのにこんな押し問答をしている場合ではない。と、伏黒は早々にやりとりを切り上げた。正直、名無しがあの術式を使えるなら少しは助かる。と思っているが、どうしてもその代償が頭から離れない伏黒は名無しに術式を使わせることをためらった。しかし、背に腹はかえられない。と自分自身を納得させて名無しの力に頼ることにした。できることなら一刻も早くこの場から逃げて欲しい。と思っている伏黒の気持ちなど知るよしもない名無しは、まかせてもらえたことが嬉しかったのか、戦場には不釣合いな明るい笑顔を伏黒に向けた




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