「ずいぶんでかい建物ですね。ここなんですか?」
「廃工場。潰れてからもう十年以上経ってて、最近は心霊スポットになってる」
「こ、こんな場所に好き好んで行くだなんて、なんて勇気のある方々・・・・」


目の前ある建物を見た名無しは落ち着かない様子でせわしなく視線を動かしていた。今回は廃工場か。結構広いな。心霊スポットになってるってことは、目的の3級呪霊の他にも何体か呪霊がいそうだな。


「名無し。『神様』は置いていってね」
「はい、わかりました」


呪霊がいる場所に連れて行くとどんな影響があるかまだわからない。という理由で『神様』を置いていくように指示された名無しはずっと背負っていたリュックを地面に下ろして、中からクマのぬいぐるみを取り出した。もしかして呪骸か?と、ぬいぐるみを見ていると、俺の視線に気付いた五条さんが口を開いた。


「呪骸じゃないよ」
「じゃあ、何のために持ってるんですか?」


呪骸じゃないなら、なんのためにぬいぐるみなんて持ち歩いてるんだ。もしかして、頭の中メルヘンなやつなのか?と、もう一度名無しの顔を見ていると、ずっと名無しの横にいた『神様』がそのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。


「お留守番しててくださいね」


名無しは宙に浮いたぬいぐるみ、いや、『神様』が持っているぬいぐるみに向かって笑顔で声をかけた。そうすると、ぬいぐるみは首を縦に動かした。いや、正確には『神様』がぬいぐるみの頭の部分を押さえて首を縦に振らせた。そうか、名無しには姿が見えないからああやって物体を利用して意思疎通を図っているのか。


「『神様』は、自分の通力で満たされた池の水に落ちた名無しか、あのぬいぐるみにしか取り憑くことができないんだ」
「じゃあ、あのぬいぐるみにずっとついてればいいんじゃ」
「名無しからもらった呪力を通力に変換して顕現しているから、1日、2日離れているならまだしも、今の状態だったら、それ以上離れると僕たちの目にも見えなくなる。その後は制御ができなくなった力を暴走させるか、穢れに引き寄せられた呪いで呪霊化するだろうね。負のエネルギー同士は相性がいいから」


名無しが取り憑かれた件は思った以上にやっかいな案件のようだ。祓えない以上『神様』の力を制御するためには名無しの存在が不可欠だが、目の前にいるそいつはそんな大役を任せられるような人間には見えなかった。
ぬいぐるみと一緒に取り出した、恐らく呪具だと思われるものは初めて目にするものだった。剣のように刃がついたものでも、槍のような長物でも、クナイのような暗器でもなく、持ち手がついた半月形になった物だった。鈍器か?真ん中には、三日月の模様と『月』という文字が書かれている不思議なものだった。


「それなんだ?」
「あ、これは呪具で・・・『月の鈴』という名前の・・・・鈴です・・・・」
「鈴?」


どう見ても鈴には見えねぇし、ずっと中に入ってたとは思えないぐらい、リュックからは何の音も聞えてこなかった。名無しの言葉では説明不足で疑問が頭の中に浮かんでいると、「それ神楽鈴の変型版。戦闘に特化したもの」と五条さんが補足説明をしてくれた。神楽鈴。神社で舞を踊る時とかに使ってるやつだよな?名無しの家はそっち関係の一族か?


「音は、中の鈴に呪力をこめると鳴るんだよ」
「そんな呪具初めて見ました」
「そりゃそうだ。数百年ぶりに五条家の宝物庫から出したんだから」
「数百年ぶり?」
「そう。これは、昔、名無し家から五条家に贈られたものなんだよ」
「なんでそれを名無しが?」
「元々名無しの物だから、持ち主に返しただけさ」
「いいんですか?またそんな勝手なことして。贈り物ってことは何か大事な理由があって贈られたものなんじゃないんですか?」
「いーの、いーの。この呪具は名無し家の呪力でしか扱えないものだから、五条家にあったってただのお飾りにしかならないから」


御三家への贈り物ということはそれなりに価値があるものだろう。前に呪具には呪術師の等級のように位が分かれていて、上の等級になればなるほど高値で売買される。と五条さんから聞いたことがあるが、俺は呪具で戦うことはないし、自分には関係のない話だと思って詳しくは聞いていないが、五条家に贈ったものとなると、恐らく、名無しの呪具は等級でいえば2級以上のものではあるだろう。見るからに金属製ではあるからまぁ上手く扱えなかったとしても鈍器ぐらいの役割は果たすだろう。


「ほらさっさと行って。今日は早く帰ってお取り寄せしたA5ランクの和牛で名無しとすき焼き食べるんだから」
「なんて勝手な・・・・」
「すき焼きですか?!食べたいです!」


自分から勝手に来たくせに急に呪霊を祓いに行けと言っておいて、今度は早く帰りたいから。と催促してくるとかなんなんだよ。本当に身勝手な人だな。と改めて目の前にいる男にその感情を抱いた。今まで憂鬱そうにしていた名無しもすき焼きという単語を聞いた瞬間、ぱっと顔色を明るくさせた。「しょうがないから恵も食べに来ていいよ」と言われたから、「五条さんが取り寄せたならいい肉だと思うので行きます」と返事をして、名無しと一緒に廃工場に向かった。こうなったら、たらふく食う。

片手で扱うであろう呪具を不安げに両手で握り締めながら、お前両足で歩けるようになってから何年経ってるんだ?と聞きたくなるほど危なっかしい足取りで俺の後ろを歩く名無しに一応意識だけは向けながら工場の中へと入った。外からではわかりずらかったが、中に入ると呪いの気配を感じた。気配が薄いということはこの近くにはまだいねぇな。とりあえず、玉犬を出して下から順番に探していくか。と、考えていると。


「ふわっ!」


突然、ガンっ!という、どこかに躓いたような音と共に名無しの驚いた声が聞えてきた俺は、「大丈夫か?」と、立ち止まり首だけを後ろに向けて確認しようとした瞬間、背中を押すように強い衝撃がきたのと、ふにっと柔らかい感触がした。そういった知識に興味があるわけではないが、その感触が何なのかわからない程無知でもなかった俺の心臓は一度大きく高鳴った。


「す、すみません!すみません!気をつけます!」
「いや、別に・・・・。大丈夫だ」


勢いよく躓いて転んだ名無しは俺の背中にぶつかった後、そのまま地面に座り込み頭を何度も下げて謝罪した。さっきから死にそうな顔をしていると思っていたが、更に顔色が青ざめている。まだ呪霊も見つけてねぇのに大丈夫か?と心配になった。五条さんは自己紹介がてら呪霊を祓ってこい。と言った。それは、呪霊を祓いながら互いの術式を見せてこい。ということだろうが、今の名無しでは正直それも無理そうだ。俺が全部祓うか。と考えていると、急に「あの!」と後ろから声をかけられた。


「どうした?」
「えっと、2手に分かれませんか?ここ広いですし・・・・その方が・・・・効率がいいかと・・・・」
「・・・・別にいいけど。お前の行った方で見つかったらどうする?お前、まだ4級なんだろ?」
「えっ、あ、その・・・・だ、大丈夫です。全力で祓います・・・・」


手に持っている呪具を頼りなさげに握り締めながら俯き、たどたどしく話す言葉と表情が全然合ってねぇ。全力で祓うって言うなら、もっと自信を持った顔をしろ。と思ったが、今の名無しにそれを言うのは逆効果だということは俺にもわかった。


「わかった。じゃあ、俺の式神を連れて行け」
「式神?」
「あぁ、『玉犬』」
「わぁ、すごい!今のどうやってやったんですか?!あっ・・・・すみません」


さっきまでのおどおどした様子とは打って変わり、目をキラキラと輝かせた名無しが服を掴みかかる勢いで俺にぐっと顔を近づけてきたが、その名無しの豹変っぷりと、あまりの近さに驚いた俺の顔を見て我に返ったのか、すぐに数歩後ろに下がり、また地面を見つめて謝罪を口にした。


「呪霊を見つけたら、こいつが俺に教えてくれる。そしたら、すぐにそっちに向かう」
「はい、わかりました。すみませんが、よろしくお願いします」


名無しは玉犬『白』に向かって90度に腰を曲げて頭を下げ、玉犬もそれに答えるように「ワンっ!」と鳴いた。「頼んだぞ。玉犬」と頭を撫でると指示を理解した玉犬はまた一鳴きした後、名無しの横にそっとついた。


「では、後ほど」
「あぁ」


段々遠ざかって行く名無しの後姿を見ながら、一つため息をついた。恐らく俺と一緒にいるのが嫌なんだろう。さっきもずっと五条さんの背中から出てこなかったし、俺と2人での任務だと聞いた時も一人ずっと嫌そうな顔をしていた。とりあえず、玉犬が一緒にいるし、呪霊と出会ったとしても大丈夫だろう。名無しが祓えなかったとしても、玉犬が喰える。大丈夫だ。


「よし、俺らも行くぞ」
玉犬『黒』を出した俺は、名無しとは反対方向に向かって歩き始めた。だが、ふとさっきの名無しのおどおどした様子を思い出した。・・・やっぱりダメだ、放っておけねぇ。

俺はすぐに名無しが行った道を追いかけると、「きゃあ」という悲鳴が聞こえてきた。早速呪霊と遭遇したか。と思い名無しの声が聞えてきた階段下を覗き見ると、そこには呪霊の姿はなく、地面に座り込んだ名無しとそんな名無しの顔を覗き込む玉犬がいた・・・・。なんだ、ただ階段を踏み外しただけか。と少しだけ安堵し、名無しに「平気か?」と声をかけようと近づくと「今の声、伏黒さんに聞えちゃったかな?」という名無しの不安げな声が聞えて足を止めた。


「こっち来ちゃったらどうしよう」


名無しのその言葉を聞いて、どんだけ俺と一緒に行動すんのが嫌なんだよ。俺がお前になにしたっつーんだよ!勝手に現れて『あの場』を見たのはそっちのせいだろ!と沸々と怒りが込み上げてきた。それなのに、教育係を引き受けた手前コイツを放っておけない自分にも腹が立った。はぁー・・・・。と名無しには聞えないように一度大きくため息をついて、とりあえず少しだけ怒りを静めた。

仕方なく名無しの後をつけて様子を伺ったが、目にする光景の数々は俺が頭を抱えるには十分すぎるものだった。数歩歩けば何もない所で転び、階段を昇り降りする度に足を滑らせ、注意力が散漫なのかよく頭をぶつけていた。アイツ、呪術師どころか人間に向いてねぇ。それが俺の感想だった。そして、それ以上に頭を抱えたのは・・・元々名無しは任務だとは聞かされておらず、五条さんから甘いものを食べに行こうと誘われたため、完全に任務に不向きな服を着ている。いくら五条さんが高専の制服のような上着を着させたからといって、変わったのは上だけの話で、下はそのままだ。アイツがこけるたびに見えんだよ・・・その・・・アレが・・・。津美紀とずっと暮らしていたから見たことがないわけではねぇし、見るたびに照れたりはしねぇが、何とも言えない罪悪感にも似た感情が沸き上がる。


行き止まりになった道で立ち尽くしている名無しを見て、きっとこっちに折り返してくるだろう。と思った俺は来た道を戻ったが、何故か名無しの足音が聞えない。なんでだ?と、そっちに視線を向けると、名無しは何故か壁にかかっているはしごを登っていた。上から呪霊の気配がしたのか?もしかして、索敵できるのか?と、様子を見ていると、ガコンっ!という大きな音と共に、突然名無しが足を置いたはしごのパイプが外れた。足を置いてた部分が突然消えた名無しはバランスを崩し「きゃあ!」と悲鳴をあげながら落下するのを見て、咄嗟に、蝦蟇を召喚しようとしたが、玉犬が名無しを下に移動するのを見て手を下ろした。「びゃあ!・・・・っは!ご、ごめんなさい!すみません!大丈夫ですか?!」と、すぐに下敷きになっている玉犬から飛び退き土下座をして玉犬に謝った。「どうしよう」と慌てる名無しに大丈夫だと伝えるように。玉犬はワン!と一鳴きした。それを聞いた名無しは、安心したように、「よかった・・・」と笑顔を見せた。すると、何故かリュックを背中から下ろした名無しが「すみません。今、これしか手持ちがなくて」と、黒い団子みたいなのを取り出した。なんだあれ。おはぎか?と目を細めてじっと見ると、名無しの手の上にラップに包まったおはぎがあった。「はい。どうぞ」と、ラップを取り外したおはぎを手に乗せて玉犬に差し出すと、玉犬はそれを食べた。人の式神に勝手に食い物あげんじゃねぇよ。

嬉しそうに尻尾をぶん回す玉犬をもう一度撫でた名無しの表情が何故か突然暗くなった。どうした?今の間になんかあったか?と、その様子をじっと見つめた。


「伏黒さんの大事な式神にケガさせられないので、伏黒さんの所に戻ってください」


そう言って名無しは、玉犬の頭を撫でながら立ち上がった。もう一度梯子を上って上に向かう名無しを見て、仕方ない。もう少し名無しにそばにいるように玉犬に命令するか。と足を進めたが、俺が動くよりも先に玉犬は名無しのことを追った。俺以外の人間の言葉も理解している玉犬はきっと一度俺の元に戻ってくると思ったが、名無しのことを追ったその様子に違和感を覚えながらも、最初の命令がまだきいているのか。と自分を納得させた。


梯子を登った先にまた長い廊下があり、この工場の広さにため息がでた。見たところ、地下1階から2階の階層になっている為、その階に呪霊がいなければ、きっと玄関から見て反対側の本来俺が行くはずだった方に呪霊がいるのだろう。奥まで行って呪いの気配がなければ、急いで戻って俺はあっちを探すか。と、思っていると、玉犬『白』のワン!と鳴く声が聞こえてきた。ついに呪霊が出たか。と、角の向こうにいる名無したちの元に向かって足を速めた。角を曲がると、呪具を握りしめて交戦体勢になった名無しがいた。しかし、3級呪霊らしきものがいなかった。そのことに疑問を持ちながらも名無しの様子を見ていると名無しの陰から人の顔ぐらいの大きさのものが、ポンっと姿を見せた。あれは間違いなく『蝿頭』だ。四級にも満たない低級の呪い。あれは正直呪力がなくても呪具さえあれば誰でも祓えるレベルだ。このまま放っておいても大丈夫だろう。と、そのまま様子を見ていた。

名無しは横にいる玉犬に「今祓うので少々お待ちください」と言い呪具を握りしめ上に振り上げると、シャンっ!と空気が澄み渡るような鈴の音が響いた。本当に呪力を込めると音が鳴るのか。と感心していると、蝿頭はその音を聞いて動きを止めた。あの音は呪霊の動きを止められるのか。動きを止めた蝿頭に向かって名無しは握っていた呪具を振りかざした。音で動きと止めて、呪力を込めた呪具で殴って祓うのか。とあの呪具の使い方を理解していると。「あれ?」と言う、なんともアホっぽい声が聞えた。その声と一緒に頭を抱える光景を見た俺は瞬時にため息をついた。信じられないが、名無しは動きの止まった蝿頭への攻撃を空振りしたのだ。なんでだよ。逆になんであれで当てられねぇんだよ。名無しはその後も攻撃を空振りし続け、鈴の音の効果がきれたのか動けるようになった蝿頭に弄ばれていた。スカートの中に蝿頭が入ってきたことに驚き、「ひゃあ!」と悲鳴をあげながら捲りあがるスカートを押さえた瞬間、体勢を崩して後ろに大きく倒れた。今日何度も見た布がまた見え俺は視線だけをすっと逸らした。

蝿頭レベルの呪いに苦戦している名無しを見ていられなかったのか、名無しが倒れた瞬間、玉犬がパクっと蝿頭を喰い、何事もなかったかのように床に尻をつけて座った。「いててて・・・」と、ゆっくり体を起こした名無しは、蝿頭がいなくなったのを見て、「あれ?」と首をかしげたものの、すぐに、はっ!と何かに気づき「祓えました!」と声を出した。祓えてねぇよ。


「おい」
「あ、伏黒さん・・・・・。も、もしかしてもう3級呪霊を祓い終わったのですか?」
「まだだ」
「では、あちらにはいなかったのですか?」
「いや、見に行ってねぇ」
「あの・・・・えっと・・・・じゃあどうして?」
「お前が心配で見に来た」
「あの・・・・こっちは、私一人でも祓えるので大丈夫です。なので・・・・」
「お前じゃ祓えないだろ」
「は、祓えます。さっきも4級呪霊を祓いました」
「あれはお前が祓ったんじゃなくて玉犬が喰ったんだよ。それにあれは4級じゃなくて、それ以下の蝿頭だ」
「えっ?そ、そうだったんですか?」

俺の言葉を聞いて驚いたように目を見開いた名無しにため息が出た。呪術師になったばっかりだと言っていたから、蝿頭と呪霊の違いがわからないのはまだしも、コイツ、マジで自分が祓ったと思ったのか。あの状態でどうやったら祓ったと思えるんだよ。と、沸々とイライラが込み上げてきた「ありがとうございます」と名無しは玉犬の頭を撫で、玉犬は嬉しそうに尻尾ぶんぶん。と振り回していた。やっぱりコイツを一人にしておくのはダメだ。一緒に行動するか。と考えていると、「あの・・・・」と名無しが声を発した。


「でも、私は一人でも大丈夫です。なので、これからは別行動をしましょう」


名無しのその言葉を聞いて、今まで沸々と湧き上がっていたイライラが一気に爆発した。コイツなんもわかってねぇ。


「いい加減にしろ!お前、まだ自分の実力がわかってねぇのか。蝿頭一匹も倒せないお前が生きていられるほどこの世界は甘くねぇんだよ!ワガママが言いてぇなら言えるぐらい強くなってからにしろ!」
「っ!」
「俺と一緒にいたくなかろうが、俺のこと嫌いだろうが、これは仕事だ。公私混同すんな!」


俺の大声を聞いた名無しは体をビクっと大きく震わせ、目を大きく見開いて固まった。イライラで感情の制御ができず結構強い言葉を使ったため、気が弱そうなコイツは泣くかとも思ったが、名無しは下に視線を動かしただけで泣きはしなかった。はぁー・・・・と大きく息を吐き、「とにかくさっさと祓うぞ」と奥の道に向かって歩くと


「嫌いじゃないです・・・・」
「あ?」


後ろにいる名無しが危うく聞き逃してしまうほど小さな声でぼそっと言葉を発した。かろうじて聞えていたものの意味がわからなかった俺が聞き返すと、隣にいた玉犬が、ワンっと一泣きした。その瞬間、俺の横の壁からぬるっと呪霊が姿を現した。


「伏黒さん!」
「名無し!お前は下がってろ!俺が祓う」


これは恐らく五条さんが言っていた3級呪霊だ。さっきの戦闘の様子からして名無しが戦闘に参加するのは難しいだろ。と考えた俺は、名無しを安全な所に逃がそうと声をかけた。


「伏黒さん、あのっ!・・・ぐえっ!」
「はっ?名無し?」


突然謎の奇声が聞こえ、後ろにいるはずの名無しに視線を向けた。まさか、他にも呪霊が?!と、名無しを見ると、その場に大の字になって倒れていた。だが、呪霊の姿はない。なんで、アイツ倒れてるんだ?と、周りをよく見てみると、名無しの頭の横にブロックらしきそれなりの大きさがある破片が落ちていた。恐らくあれが天井から落ちてきて頭に当たって気絶したのだろう。なんてタイミングが悪いんだコイツ。


「玉犬!喰っていいぞ!」


とりあえず、後ろで倒れている名無しは最悪蝦蟇を召喚して連れ出せばいい。と思い、一旦無視することした。3級呪霊は、3級といっても下の下で、ほぼ4級のような強さしかなかったため、玉犬があっという間に喰った。呪いの気配も消え、気持ちが落ち着いた俺は大きく息を吐きながら気絶したまま寝ている名無しの元に足を動かした。


「ほんと、なんなんだコイツは」


名無しが倒れた拍子に、ビロッ!と大きく捲りあがったスカートは玉犬に直させ、蝦蟇を召喚して運ぶか。と、考えていると。「あれ、やっぱり名無し気絶してる」と、突然五条さんが姿を現した。


「五条さん、なんでここに?」
「『神様』が消えたから名無しが倒れてるんじゃないかな?と思って救出しにきた」
「消えるんですか?」
「『神様』と名無しの意識は繋がっているから、名無しの意識が途絶えると、『神様』の意識も消えて顕現できなくなるんだよ。でも、消滅したわけじゃないよ。恵の式神と一緒。」
「そうですか・・・・」
「名無しとなんかあった?」
「ありました」


廃工場の中に入ってきてから起きた数々の出来事が一気に脳内で流れ、また怒りが込み上げてきた。一個ずつ話していきたい所だが、とりあえず・・・


「名無しは呪術師に向いてません。蝿頭すら祓えませんでした。本当に4級術師ですか?」
「あ、やっぱ祓えなかったか。ははっ」
「笑い事じゃありません。せめて、4級呪霊を祓えるレベルになってから現場に連れてきてください。俺がこっちに来てなかったら恐らく死んでました」
「2人で一緒に行動してたんじゃないの?」
「名無しが俺と一緒に行動するのを嫌がって、最初は別々に行動しようと思ったんですけど心配で後ろから様子を見てました」
「そっか。やっぱり名無し気にしてたんだ。恵は大丈夫だよ。ってちゃんと伝えたんだけどな」
「『あんな所』見せるからじゃないですか。怖がってるんですよ、俺のこと」
「あれは別に僕が悪いわけじゃないでしょ。お山のボス猿やってた恵が悪いでしょ?だよね?そうだよね?」


五条さんのことだからわざとあの場に現れたと思っている俺は、そのせいで名無しに怖がられてめんどうなことになっていることを伝えると、自分のせいではない。と、完全否認した。あと数分待ってくれれば現場からは立ち去っていた。元はといえば、津美紀が突然呪われて寝たきりの状態になり、前よりも少しだけ大人しくなった俺を見て何を勘違いしたのか、いまなら殺れると勘違いした他校のバカ共がダル絡みしてきたのが原因だ。あれは正当防衛であって、俺のせいではない。


「・・・それに、名無しが恵から離れた理由はそれじゃないよ」
「他に何があるんですか」
「話が長くなるからとりあえず高専に行こう。伊地知が迎えにきてるし、すき焼き食べなきゃいけないし」
「そんな大事なイベントですか、すき焼き」





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