あーぁ、せっかくマスターと遊んでやろうと思ったのにまたレイシフトかよ。次々に新しいサーヴァント召喚するから種火が足りなくなるんだろ。あー、暇だな・・・・。おっと、あそこにいるのは・・・・・悪どい方の聖女様か・・・・。よし、ここはいっちょ暇つぶしに遊んでやるか。


「オルター!ここにいたんだね」
俺は名無しに化けて廊下を不機嫌な顔で歩いている嬢ちゃんに話しかけた。この二人のやりとりはいっつも食堂で見てるから話し方も完璧だな。


「アンタ、廊下の掃除させられてるって聞いたけど、もう終わったわけ?」
後ろから声をかけてきた俺をさっきより少しだけ柔らかくなった表情で嬢ちゃんは見つめた。なるほどな、それを知って嬢ちゃんは廊下を歩いてたってわけか。てか、あいつのことだ、『させられてる』んじゃなくて、自主的にしてるんだろ。あいつは俺のマスターよりも魔術師として優秀なクセに何故かちっとも戦いに参加しようとしねぇ。宝の持ち腐れってやつだな。


「ん?あぁ、もう終わったよ」


「ふーん。じゃあ、種火集めにいくからレイシフト付き合いなさいよ」


「いいよ。オルタは今日も可愛いね」
俺はあいつのマネをして嬢ちゃんのことを褒めながらさりげなく嬢ちゃんの左側に並んだ。これで完璧に再現された火傷の傷が見えて信憑性も増すだろ。完璧なプランだ。あとは、何回か甘い言葉でも言ってだまくらかしたらとっとと退散でもするか。そう思って横を見れば、嬢ちゃんの眉間に皺が入った。ん・・・・?


「・・・・・あっそ」
俺の言った褒め言葉に対して、嬢ちゃんはそれだけ返事してそっぽを向いた。もしかして、俺だってバレたか?いや、そんなはずねぇ。容姿は完璧だし、話し方も、仕草も完璧にマネてるはずだ。バレる要素がねぇ。・・・としたら、ただ単に機嫌が悪いだけか?


「どうしたの?オルタ。なんか嫌なことでもあった?」
俺は、嬢ちゃんが不機嫌な原因を探るために笑顔で話しかけたが、嬢ちゃんは返事をすることなく俺を無視して歩き始めた。この嬢ちゃんほんと扱いずれぇな。あいつはいっつもこんな風にご機嫌とりしてんのかよ。はぁ・・・・ありえねぇ。


「さ、最近、オルタ増々綺麗になったよね。一緒にいるとドキドキしちゃうな」
俺は満面の笑みで嬢ちゃんのことを褒めてみたがこれも効果はなかった。これじゃあ、ただ単にあいつに化けただけで終わっちまう。なんかもう2言ぐらい会話して満足してから終わりてぇな。そのためには、まず嬢ちゃんの気をこっちに向けなきゃいけねぇか。


「あぁ、なんか今日はやけどの傷が痛むなぁ・・・・」
俺は首を軽く押さえながらさりげなくぼそっと嬢ちゃんに向けて呟いてみた。よし、これなら確実に嬢ちゃんの気を引ける。昔何があったか知らねぇが、嬢ちゃんは何故かあいつの傷に弱いことだけは知ってる。これなら確実にっ・・・・!!


「っく!!!」


「っうお!!!」
殺気を感じてとっさに横に避けたが、顔の横の壁には見事なまでに嬢ちゃんの剣が突き刺さっていた・・・・・マジで死ぬかと思った・・・・・


「お、オルタ、どうしたの?ビックリしちゃったよ・・・・」
俺は困った顔で嬢ちゃんに向けて声をかけたが、嬢ちゃんは尋常じゃなくブチ切れた顔で俺のことを睨みつけていた。傷のことは地雷だったか・・・・こりゃ失敗したな。


「あいつの姿でこれ以上一言でもしゃべれば殺す!!!」
そう言って嬢ちゃんは壁から引き抜いた剣をもう一度俺の顔に向かって突き刺した。今のは完全に殺しにきてたな。避けなきゃ殺されるとこだったぞ。あっぶねぇ。


「ちょっと待ってよオルタ。何言ってるの?俺は名無しだよ」
とりあえず、このまま俺だとバレれば殺されると思い、俺が名無しであると押し通し続けることにした。一瞬。一瞬だけでも信じさせれば隙を突いて逃げれるはずだ。


「残念でした。アンタは甘いのよ」
俺が甘いだと?姿は完璧に名無しに化けてるはずだし、声だって、話し方だって、笑い方だってあいつそっくりだろうが。それのどこが・・・・


「あいつは絶対に私の左側には立たないし、火傷の傷のことも自分から絶対に話してこないわよ!」


「マジかよ!」
そりゃ初耳だ!まさか、信じ込ませるためにやった行動があだになるとはな。こりゃ早く逃げねぇと。そう思って、横に逃げようとすれば胸倉を思い切り掴まれた。


「ふふっ。逃げられるとでも思ってんの?あいつの姿で遊んだ罰をたっぷり受けてもらいましょうか」
逃げられないように名無しの姿のままの俺の胸倉を掴んだ嬢ちゃんは、心底歪んだ笑顔を浮かべながら俺のことを見つめた。


「ちょっと待て嬢ちゃん。話せばわかる」


「喰らえ!『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!」


「ぎゃああああああ!」


「ふんっ。これに懲りたらもう二度とアイツの姿で遊ばないことね」
逃げ切れずに思い切り宝具を受けた俺はそのまま廊下に倒れこんだ・・・・恐らく手加減はしてくれたんだろうが、なんて火力だ。くそ・・・・・こんなことになるなら遊ばなきゃよかったぜ。あーぁ・・・・。なんか楽しいことでもねぇかなー・・・・・と、俺はしばらく寝転んだまま倒れていれば、遠くから話し声が聞えてきた。おっと、あれは名無しじゃねぇか。嬢ちゃんが去って行ったのと反対方向からやってきた名無しの姿を見て思わず笑みを浮かべた。職員と何やら楽しそうに話している名無しは遠くで倒れている俺の存在に気づいちゃいねぇ。このまんまじゃ終われねぇし、ここはいっちょあいつでリベンジするか。


「ちょっと、アンタ。何してんのよ」


「あ、オルタ。これから食堂でも行くの?」
嬢ちゃんの姿に化けた俺を見た名無しは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。お、第一段階はクリアだな。


「えぇ。そうよ。アンタもついて来なさい」


「うん。いいよ!・・・うわっ。何この壁」
名無しは俺の横のボロボロになった壁を見て目を大きく見開いて驚いていた。


「あー。なんかさっき他のサーヴァントたちが暴れてたのよ」


「あ、そうなんだ。あとで直しておかなきゃなー。あ、じゃあ、これあとでまとめておきますね」
隣で話していた職員に持っている紙を見せた名無しは軽く会釈をして俺に近づいてきた。よしよし、あとは嬢ちゃんのフリしていつもはしないようなデレデレな行動でもして鼻の下伸ばさせたらネタばらしでもするか。しめしめと内心にやにやしながら名無しのことを見ていれば、あいつは何故か一瞬足を止めた。・・・・まさかもうバレたなんてことねぇよな。


「ははっ。今日は何食べようかなー」
俺の心配をよそに名無しは俺の横に並んで嬉しそうに何を食べようか考え始めた。なんだ、今のは気のせいか・・・・。何せさっき盛大にバレて痛い目みたばっかだから、気が張って仕方ねぇ。


「廊下の掃除してるって聞いたけど終わったわけ?」


「うん。掃除はすぐに終わったよ。最近ダヴィンチちゃんがお掃除ロボを作ってくれたからだいぶ楽になったんだ」


「ふーん。そう。午後から種火集めに行くから付き合いなさい」
さっき嬢ちゃんが名無しに化けた俺に言っていたことを思い出して同じことを名無しに伝えた。話し方も完璧だな。あとは、どうこいつにデレデレで甘々な行動を仕掛けてやるかな。まずは、手でも繋いで・・・・ん?あれ?


「今日はたしかセイバーとライダーとバーサーカーの種火の日だからちょうどいいね。新シンさん」
繋ごうとしていた手をさらりとかわすように俺の目の前に立った名無しはさっきと同じ笑顔を浮かべた。あー。やっぱりバレてたのか。こいつが俺の左側に並んだ時点で違和感に気づくべきだったな。


「なんでわかったんだよ。結構完璧だったと思うんだけどなぁ」
ここでしらばっくれても仕方ねぇ。と思った俺はあっさり正体をばらせば、名無しは怒ることなく「やっぱり」と言って前を歩き始めた。


「オルタは、俺が必ず右を歩くの知ってるから、いつも少しだけ左に避けてくれるんだよ」
そう言って満面の笑みを浮かべた名無しは一度足を止めてから俺の右側に並んで歩いた。


「マジかよ!」
あの嬢ちゃんさりげなくそういう気遣いしてんのかよ。あー。たしかに思い返せば俺が名無しの姿で近づいた時に少し左に寄った気がしたな・・・・。あの時はやけどの傷を見せることに気を取られすぎてそんなこと気づきもしなかった。


「あとは、新シンさんが気を遣いすぎて言葉を選んでたから気づいたかな」
そう言って名無しは少しだけ苦笑いをした。気を遣いすぎて言葉を選ぶ?なんだそれ?俺は意味がわからず首を傾げた。


「あ、オルタだ!じゃあ、新シンさんまたね!あ、オルタにはこんなことしちゃダメだよ。きっと激怒すると思うから」
あー。もうやっちまったよ。と思いながら、少し遠くにいる嬢ちゃんに向かって走っていった名無しの後ろ姿を見つめた。名無しが「オルタ」と声をかければ、嬢ちゃんはさっきの俺のことがあったからか少しだけ眉間に皺を寄せながらも左に寄った。「廊下の掃除させられてるって聞いたけど、そんなの他の暇そうにしてるやつに押し付けなさいよ」という嬢ちゃんの言葉を聞いて、ようやくさっき名無しが言ってた、『気を遣いすぎて言葉を選ぶ』という意味がわかった。小言が足りなかったってわけか。それに、名無しも声をかける前にちゃんと襟首と右腕の袖を伸ばし直してたな。お互いが普段からやってるさりげない気遣いに気がついてるってわけか。あーぁ。今日は、とんだ厄日だ。早くマスター帰ってこねぇかなー。


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