「おはよう、モードレッド。もうお昼だよ」
聞きなれた声と共に身体を軽く揺すられた俺は、重い瞼を押し開けた。随分長く寝ていたのか、いつもより目に入る照明が眩しくて仕方なかった。


「ん・・・・・あぁ?もうそんな時間か」
目は覚めたが、身体が重くて起こせなかった俺は、ベットの横に付いている時計に目を向けると、長針と短針がちょうどてっぺんを指していた。


「珍しいね、こんな時間まで寝てるなんて。いつもは私と同じぐらいに起きるのに」


「それは、お前が毎朝ガサゴソガサゴソうるさく起きるからだろうが」
お互いの部屋を行ったり来たりしては、その度にどちらともなく寝オチするのがめんどくさくなり、いつの間にか、一緒に寝るようになった俺達のベットは、3人余裕で寝れるぐらいの大きさだった。それでも、俺の寝相が悪いだのなんだので、度々朝起きてはケンカをするが、それでも、不思議と一人で寝るという選択肢だけはお互い生まれなかった。
んーっと伸びをしながら、体を起こした俺は、ベットのふちに腰をかけている名無しに目を向けた。


「えー。私そんなにうるさく毎朝起きてるかな?」


「あぁ、そりゃもう驚いて飛び起きるぐらいな」


「それは大げさすぎ」
そう言って、ふふっと笑った名無しを見て、さっきの夢で懐かしい記憶を呼び起こしたからか、俺が前髪を切った時よりもずっと伸びたその髪がとても懐かしく見えて、思わず前髪の部分に手を乗せた。


「お前、前髪伸びたな」


「いつの話してるのよ。大丈夫?まだ寝ぼけてる?」
伸びすぎたからか少しだけ横に分けて流している前髪をさらさらと触りながら「また前髪切ってやろうか?」と少し笑いながら聞けば、名無しはぶんぶん首を横に振った。


「絶対に嫌!だってセイバー、『あ、しくった』って言ってどんどん短くしていくんだもん!」


「しゃーねぇだろ。一気に横に切っても曲がるもんは曲がんだよ!生意気言ってんじゃねぇ」
少しむっとした顔をしている名無しの鼻を軽く掴み、ぐっと少しひっぱれば、「やめてー!」と言って俺の手を掴んだ。


「ははっ!腹減ったからメシ食いに行くぞ!」


「うん」
立ち上がった俺は、ベットに座ったままの名無しの手を掴んで立ち上がらせて部屋を出た。


「ご飯食べたらちょっと付き合ってくれる?」


「どこにだよ」


「種火集め」


「はぁ?またかよ!」
最近こいつから要請されるのはもっぱら種火集めばかりだ。いい加減あの無機質な敵を相手に戦うのには飽きてきた。


「たまには、こう、むかつくサーヴァントとかぶっ倒してぇんだけど」


「カルデア内でのケンカはご法度だよ?」


「だから、試合形式にして合法的に殴り倒すんじゃねぇかよ」


「もー、そんなことしたらダメだってば!ねぇ、種火集め行こうよ。モードレッドの宝具は全体宝具だから周回しやすいんだもん」
はぁー。と一回ため息をつきながら横にいる名無しの顔を見れば、『お願い』と両手を合わせて甘えるように俺を見ていた。あいつは俺にこんなことしたことねぇぞ、まったく。結局こいつのこの顔に弱い俺は「はいはい、わかったよ」と返事をすれば、その表情は、ぱっと明るく変わった。


「ねーねー!今日のお昼ご飯には、エミヤさん特製の夏野菜カレーが出るんだって!楽しみだなー!」
そう言って、くるっと半回転して前を歩く名無しの姿を見て俺はどこかほっとした。あいつのことはやらしい意味で好きになったのに、こいつにはそんな感情微塵も感じねぇ。出会いがあれだったからかわからねぇけど、こいつはなんつーか、そういう意味での好きっつーよりも、庇護欲がかきたたれる感じだな。・・・・ん?あいつって、俺はさっきから誰のこと言ってんだ?やらしい意味で好きになったって・・・・・一体誰のことをだ?誰だ。一体そいつは・・・・なんだかわからねぇが、思い出さなきゃいけねぇ。って俺の直感が言っている気がして、俺はその場に立ち止まり頭を悩ませた。


「どうしたの?モードレット」
立ち止まった俺を気にかけた名無しは近づいてきて俺の顔を覗きこんだ。


「考え事?」
心配そうに俺を見つめる名無しに俺は首を振って「いや、なんでもねぇ」と答えてまた歩き始めた。何でもねぇ。そうだ、何でもねぇんだ。俺にはこいつしかいねぇ。こいつだけだ。俺は、自分に言い聞かせるように何度も心の中でそうつぶやいた。俺が恋心を抱いたやつも存在しねぇ。あんな感情俺は知らねぇ。何かの間違いだ。何か思い出しそうな記憶を振り払うように俺は首を振った。その瞬間、名無しが掴んでいるのとは反対の腕を引っ張られて、「うおっ!」っと声を出しながら後ろを振り向いた。一体誰がこんな強い力で引っ張ってきやがったんだ。崩れた体制を元に戻しながら体を起こせば、目の前には驚く人物がいた。


「名無し・・・・・なんでここに・・・・」
走ってきたのか息を切らせた名無しは、俺の顔をじっと見つめていた。


「いた。やっと見つけた・・・・」
俺の手を掴んだままの名無しはその手をぐっとひっぱり俺を抱きしめた。


「やっと会えた・・・・・このままもう会えなかったらどうしようかと思った」
泣いているのか、体が少し震えていて、そんな名無しを俺は優しく抱きしめた。そうだ、こいつだ。俺が恋心を抱いたのは間違いなくこいつだ。なんで、こんなにも好きなのに忘れてたんだよ・・・・・


「名無し・・・・俺も会いたかった・・・・」
俺に抱きしめられた名無しは何度か鼻をすすった後、体をそっと離した。


「モードレッド落ち着いて聞いて、今ここは夢の中なの。私たちが探していた礼装を守っているサーヴァントの仕業で、ここはモードレッドが今一番見たいと願った夢の中」


「夢の中?」
視覚・聴覚・触覚の全てが現実と変わらないぐらい鮮明な状況の今、ここが夢の中だと聞いてもすぐにはピンと来なかったが、こいつが言うなら間違いねぇんだろ。
不思議と、夢の中だと認識するとさっきまで完全に忘れていたはずの記憶がぶわっと思い出してきた。


「この夢から自分で抜け出さないと今生きている貴女は一生目を覚まさないの、だから!」


「モードレッド、この人は誰?知り合い?」
名無しに体を掴まれながら今俺が夢の中にいることを教えられていると、横にいた夢の中の名無しが心配そうな表情で俺を見ていた。


「あっ、こいつは・・・・」
夢だとわかった今、夢の中の名無しを放って早く夢から覚めればいい。ってことなんざわかってる。だけど、俺はやっと会えた名無しから手を離すことができなかった。


「耳を傾けないで、また意識が夢の中へ持っていかれちゃう!」
そんな俺に気づいたのか、体を掴んだままの名無しが俺に必死に話しかけた。わかってる!わかってんだ!頭ではわかってんだ!だけど・・・・・


「ねぇ、モードレッド。また私のこと置いていくの?」


「ちがっ!俺はっ・・・・!」


「モードレッドは私が死んでもいいのね。その子がいればいいんだ」


「ちげぇよ!お前も俺には必要だ!だけど!」
悲しそうな表情をして一歩後ろへと下がった夢の中の名無しを見て、俺は思わず手を伸ばした。あと少しであいつに触れられる。悲しむあいつを抱きしめてやれる。そう思ったらまた頭の中に薄っすら霧がかかった。


「じゃあ、一緒に来て。ねぇ、モードレッド」
さっき種火集めに誘った時と同じように懇願の表情で俺を見つめる夢の中の名無しを見て、俺は、はっ。と息を飲んだ。このままじゃ俺は・・・・俺は・・・・・


「モードレッド!」
名前を呼ばれながら、突然両頬を掴まれた俺は目の前にいるもう一人の名無しと目があった。そうだ、俺はこいつと聖杯戦争を勝ち抜くためにも、早くここから抜け出さなきゃいけねぇ・・・・・、だけど、俺は・・・・・


「ごめん。モードレッド・・・・・今は私だけを見て」
そう言って、段々と名無しの顔が近づいてくるのがスローモーションのようにゆっくりと見えた。頬に柔らかいものが触れて、その柔らかいものが名無しの唇だと気づいた瞬間、俺の体中の血液は沸騰したんじゃねぇか。と思うぐらい熱くなった。


「お、お前!い、一体何してんだ!」
少し前まで薄っすら霧がかかったようになっていた脳内は一気に晴れ、動揺のあまり、言葉を詰まらせながら目の前にいる名無しを見ると、動揺している俺とは違い名無しは何でもないように優しく俺を見つめていた。


「ここは夢だよ。ここで誰かを救ったとしてもそれは現実じゃない」


「名無し・・・・・」


「帰ろう。モードレット」
まるで視界を遮るかのように俺の頭を抱きしめた名無しに「あぁ」と答えた俺は、そのまま目を閉じて、その温かいぬくもりに体を全て預けた。


ガラガラと周りの風景が崩れるような音が聞えたあと、俺はゆっくりと目を覚ました。


「ここは・・・・どこだ?」
目を覚ますとまず最初に岩肌が目に入り、少し横に首を動かすと髪が頬に張り付いて、今俺が水の中に浮いていることに気がついた。反対の方を向けば、「モードレッド!」と涙を流した名無しが俺に抱きついた。


「うおっ!」
その重さに耐え切れなかった俺の体は一気に水へと沈み、急いでその体を起こして立ち上がった。


「お前は俺を殺す気か!」


「あ、ごめん。でも嬉しくて」
目の溜まっている涙を人差し指で拭っている姿を見て、夢の中で出会ったこいつのことを思い出した。


「・・・・・名無しありがとな」


「うんん。私こそ。助けてくれてありがとう」


「あの夢は・・・・・」


「言わなくていいよ」
突然自分と同じ顔で同じ声の人物が俺の夢の中にいて驚いただろう。と思った俺は、名無しに色々説明しようと口を開いたがすぐに遮られた。こいつが望んでないならわざわざ無理に話す必要もねぇか。


「・・・・・そうか。そういや、お前、どうやって俺の夢に入ってきたんだ?」
令呪でも使ったのかと思っていたが、名無しの手を見ると、画数は減っていなかった。そうなると一体・・・と思っていると、後ろから「こほんっ」という咳払いが聞えてきた。そういや、さっき名無しが礼装を守っているサーヴァントがどうとか言ってたな。


「私としてはこのまま目を覚まさないで欲しかったんだけどね。まぁ、彼女があまりにも悲しんでいるから仕方なく手を貸しただけさ」
生前あまり関わることがなかった男だが、その声を忘れるはずがなかった。


「てめぇだったのか、マーリン」


「久しぶりに会ったっていうのに随分な態度だね。まぁ、わからなくもないけど。私だって君に会いたかったわけじゃないんだ。目が覚めたなら礼装を渡すからさっさとここから出て行ってくれ」


「っけ!てめぇに言われなくたってそうする!」
俺の顔は大して見なかった癖に、名無しにはにこっと笑いかけて「ついておいで」と言って湖から出て行ったクソ魔術師の後ろ姿を睨み付けながら俺は名無しの手を引いて湖を出た。
奥へと歩きながら、びしゃびしゃに濡れた服を気にしている名無しを見て、「大丈夫か?」と声をかけた。


「うん。水をいっぱい吸い込んじゃったから服が重くて・・・・・やっぱりあっちで絞ってこればよかったかな?」
そう言いながら服の裾を少し捲って搾り出した名無しを見て俺は慌ててその手を掴んだ。


「ばかっ!こんなとこで腹なんて出してんじゃねぇ!」
ドエロクソ魔術師もいるっつーのに、こいつは何してんだ!ほんと危機感のかけらもねぇやつだな!

「え、でも、このままだと風邪引くし・・・・」
服から手を離した名無しは次に濡れた髪を一まとめにして、ぎゅーっと絞り始めた。なんつーやらし・・・・じゃねぇ!頭にもやもやと何か浮かんできたのを振り払うように首をぶんぶんと横に振り回した。今日はこいつに心臓壊されかけてばっかだぞ!さっきの夢でだって!・・・・・そういや、こいつ。


「なぁ、さっき夢の中でお前・・・・・」
俺の頬にキスしたよな?と言葉を続けようとしたが、その瞬間。「お兄さんにまかせて」と後ろからあの気の抜けたような声が聞えてきた。「ほいっ」と口にしながら杖を名無しに振ると、名無しの服も髪も一気に乾いた。


「わぁ、すごい!」
その様子に大喜びの名無しは嬉しそうに顔をほころばせた。


「実は、もっと早く乾かしてあげようと思ってたのだけど、君があまりに色っぽかったから、もう少し見ていたいな。と思って」
そう言って名無しの手を握ったクソ魔術師の手を瞬時に払いのけた。名無しも俺が目覚める前に何かあったのか、手を握られた瞬間目を細めてじとーっとした目でクソ魔術師のことを見ていた。


「てめぇな!」


「なんだいモードレッド。君も同じこと思ってただろ?」


「お、思ってねぇよ!微塵もな!大体てめぇはすぐに女に手を出しすぎだ!いい加減にしやがれ!こいつは俺のもんだ!」


「ふーん。・・・・他の子のことをいつまでもひきづってる癖に?」
そっと俺の耳元で呟いたクソ魔術師を振り払うために、俺は大きく右腕を動かした。
「おっと」と言いながら瞬時に避けた奴には俺の拳は当たらなかった。恐らくこいつのことだ、さっきの俺の夢を覗き見してたに違いねぇ。こいつの一番嫌いな所は、人の一番痛い所を突いて反応を楽しむ性格だ。


「っ!てめぇにだけは言われたかねぇよ!」
生前散々女を食い散らかしていたこいつにだけは死んでもそんなこと言われたくねぇ!と頭に血が昇った。それに、こいつのことはやらしい意味で好きだが、あいつへの感情はそれとはまるで違ぇし、何の問題もねぇ。


「ケンカはやめてください。マーリンさんも早く礼装を下さい」
俺達のやり取りを何も言わずにただじっと見ていた名無しはいい加減しびれを切らしたのか、早くしてくれ。と催促した。「そうだった」と言ったクソ魔術師は、奥から持ってきた宝石のようにキラキラと輝く石を名無しの手に渡した。


「これが、君たちがずっと探していた礼装だよ」


「これが・・・・ですか・・・・」


「嘘じゃねぇだろうな?」
もっとすごいものを想像していた俺達はその石を見て本当にこれが礼装なのかを疑った。


「あぁ、でも出てから試した方がいいよ。もうここ崩れるから」


「えっ?!」「あ゛っ?」


「言っただろ?俺はこの礼装を守るために召喚されたって。役目を終えたら消えるのさ。この洞窟と共にね」
俺は、んなこと聞いてねぇぞ。と思ったが、そこはあえて突っ込まずに、もらう物も貰ったし、消えるならとっとと消えろと思い、手をしっしと払いのけた。


「マーリンさん・・・・」


「そんな悲しい顔をしないで。離れがたくなってしまうだろ?」


「いや、悲しくはないです」
クソ魔術師の言葉をバッサリ切り捨てる名無しを見て、「ははっ!ざまーみやがれ」と笑ったが、クソ魔術師はそんな俺に目もくれず、ただただ目の前にいる名無しに困った顔を見せていた。


「そこはもうちょっと悲しいとか寂しいとか思ってくれると嬉しいのだが」


「でも、感謝はしてます。色々と助けてくれてありがとうございました」


「また、いつでも困ったことがあったら呼んで、きっと君の元へ駆けつけるから。そこのサーヴァントが使い物にならない。とかでもいいからね」


「っけ!てめぇよりはずっと役に立つっつーの!」
舐めた口をきくクソ魔術師に下に向けた親指を見せた。


「はいはい。じゃあ、名無し。またね。願わくば君に幸多からんことを」
そう言ってクソ魔術師は金色の光に包まれて消えていった。その後すぐに俺達がいた洞窟も、まるで最初からここには存在していなかったかのように、ぱっと消えた。


「なんだか、きつねに化かされたみてぇで気分悪ぃな」
この中で起きたこと事態全て夢だったんじゃねぇかと錯覚を起こすぐらいあっさり消えた全てにあっけなさを感じた。


「たしかに。でも、色々あったけど目的の礼装は手に入れられたし、帰ろうか」
そう言って俺に手を差し出した名無しの手を「あぁ、そうだな」と握り締めた。