「モードレッド、立香くんを連れて早く逃げて!ここは私が食い止めるから!」


「馬鹿野郎!お前だけ残ってどうする!お前が残るなら俺も残る!」


「ダメだよ!もうみんなの魔力も残り少ない・・・・システムエラーでカルデアとも連絡がとれない、今まともにあいつらと戦えば全滅しちゃう!それに、立香くんの出血もひどい、早く手当てしなきゃ死んでしまう!」


「でも、俺はお前のサーヴァントだ!お前を守らねぇでどうする!」


「モードレッドお願い。今は貴方だけが頼りなの・・・・立香くんを・・・・・立香くんをお願い・・・・」


「けど、お前を一人になんてっ!」


「モードレッド」
名無しはずっと食い下がり続ける俺の顔を優しく両手で掴んで自分の額と俺の額をくっつけた


「大丈夫。ここに罠をしかけてあいつらを足止めしたらすぐに追いかけるから」


「名無し・・・・・」


「信じて。大丈夫だから。すぐにまた会おう」


「・・・・・・ぜってぇすぐに追いついてこいよ」


「うん。すぐに行くから」


あの時のあいつの優しい嘘が新しい人生を歩み始めた今でもずっと俺を苦しめ続けてる


何度あの時一緒に逃げればよかったと思ったか・・・・


何度あの時俺がもっと強ければと思ったか・・・・


何度あの時に戻れたらと願ったか・・・・


今の俺はもうあいつのサーヴァントじゃねぇ。
こんな気持ち捨てればいい。あいつのことなんて忘れればいい。そう何度も思った・・・・だが、ふとした時に思うことは全部あいつのことだし、ふとした時に思い出すのは全部あいつとの記憶だった。


俺はカルデアでの記憶を持ったまま現世の日本に男として転生した。
前世ではあんなに伸びて欲しいと願っても叶わなかった身長も俺の意思とは関係なくどんどん伸びていった。育児放棄寸前の母親に育てられて父親は居場所しかしらねぇ。一度だけ会いに行ったが、ここでも俺は父親に自分の子供だと認められなかった。明日の自分の生活の保障すらされねぇ今の状況にさすがの俺でも不安を覚えて、中学を卒業したら高校には行かず、働こうと決めていた。だが、中学の担任から自分のクラスから高校受験をしない奴を出したくねぇ。と言われて、俺は仕方なく受験だけ受けることにした。
そして、その選択は俺の人生を変えた。


「あーぁ・・・・・」
真面目に受験を受ける気なんてサラサラなかった俺は受験票だけ手に持って会場に入った。とりあえず、午前中は寝て過ごして午後からは帰るか。と寝る体制に入ろうとした時に隣から「あっ」と声をかけられた。


「もしかして、筆記用具忘れた?」


「あ?」
急に隣の席の女に話しかけられて俺は不機嫌な声を出して女の顔を見たが、顔を見た瞬間俺の体は固まった・・・・・


「待って、私予備を持ってるから。これ使って」
そう言って目の前の女は俺の机の上に猫柄の鉛筆と猫の形をした消しゴムを置いた


名無し?!なんでお前がここに・・・・?その言葉を俺は飲み込んだ。今目の前にいる名無しは男になった俺のことを知らねぇし、ましてや、本当に俺が思っている名無しなのかもわからねぇ・・・・


「お前、名前は?」


「私は名無名無しよろしくね」


「っ!?」


名前まで一緒かよ・・・・もしかして、本当にあの名無しなのか?どうなってんだこの世界は・・・・


「貴方の名前は?」
驚いた顔のまま固まっていた俺に今度は名無しが問いかけた。


「俺は王逆赤(おうさかあか)だ。あ、これありがとな」
自分の名前を告げたあと、名無しから借りた文房具を手に持って一言礼を言った。


「ううん。せっかく受験勉強頑張ってきたのに筆記用具を忘れて受けれないなんて嫌だもんね。お互い試験頑張ろうね」


「あぁ・・・。お前、この学校が第一希望か?」


「うん、そうだよ。この学校しか受けてない」


「そっか・・・・。じゃあ、俺も頑張って受からねぇと」
ここの学校に入れば、こいつのことがもっと知れる。
本当にあの名無しなのかどうかも確かめることができる。
それまで受験勉強なんて一度もしてなかったが、なんとか死ぬ気で問題を解いて俺は補欠合格で無事名無しと同じ高校に入学した。
入学してすぐに名無しの姿を探して見つけたがなんて声をかければいいかわからねぇまま接点もなく1年が終わった。せっかく同じ学校にいんのにこのまま話せねぇまま高校生活が終わるのかと思っていたが、奇跡的に2年で名無しと同じクラスになった。同じクラスになって初めて知ったが、名無しはカルデアの時よりも『いい子ちゃん』をしていた。まぁ、『いい子ちゃん』と言えば聞こえはいいが、要は、めんどくさいことをよく押し付けられていた。そのせいで朝も昼も放課後もあいつの周りには人が絶えなかった。断れねぇ性格のせいで余計な仕事まで引き受けてる姿はカルデアの時と重なって見えた。あの時も事あるごとに色んな奴らから変な仕事を押し付けられてたが、今も・・・・・


「名無さん!先生にみんなのノートを職員室に持ってくるように頼まれたんだけど、私これから部活の話し合いがあって・・・えっと・・・・」


「じゃあ、それ私が持っていくよ」
そう言って名無しは、たくさん重なっているノートをクラスメイトの手から笑顔で受け取った。んなもん、自分で持ってけつーの!


「名無しちゃん。授業中寝ちゃってノートとり忘れて・・・・」


「私の机にノート入っているから見ていいよ!」
もうすでに他の奴から厄介ごとを頼まれているのを見ているくせに、また別のやつが困り顔で名無しへと近づき遠まわしにノートを借りたいと伝えれば、名無しはまた笑顔で手を貸した。


「名無しちゃん!ジャージの裾がほつれちゃって・・・・」


「私、ソーイングセット持ってるから後で縫っておくよ」
更にまた別の奴がジャージを手に持って近づいてきて、名無しにほつれている部分を見せて助けて欲しいと伝えれば、名無しは「机の上に置いといて」と笑顔で伝えた・・・そんな様子を見ていると、視界の端で困り顔で名無しに近づいてこようとする女が見えて、思わず、手に持っていたアルミ缶をぐしゃっと握りつぶして、机の上にガンッ!と置いた。「てめぇら、いい加減にしやがれ!」と口から言葉を発そうとした瞬間・・・・なんとものんびりとした声が俺の前から聞えてきた。


「名無さーん!」


「はーい」
自分の名前を呼ぶ声に名無しは変わらず笑顔で振り返った。すると・・・・


「パンツ見せてー!」


「はー・・・え?!え?!!」


「ははは!名無さん驚きすぎ!この流れだったら引き受けてもらえると思ったんだけど残念だなー」


間延びした声で名無しに声をかけたクソ男はクソくっだらねぇことを名無しに向かって言い出した。すぐに周りにいた女共が「サイテー」「死ね!」と罵声を浴びせてる中、男共は、「何言ってんだよ阿部ー」と笑っている奴もいれば、「いいぞ!阿部!」と囃し立てる奴もいた。そんな光景を目にして俺の沸点は一気に達した


「っざっけんな!!」


「ぐあっ!」
今まさに名無しにきめぇことを言った奴に俺は手に持っていた教科書を全力で投げつけた。


「「「阿部ー!」」」
見事にその教科書が顔面に当たり盛大に椅子ごと倒れて行った。ざまぁ見やがれ。


「くっだらねぇこと言ってんじゃねぇよ!」


「お、王逆ぁ・・・・・いてぇよ・・・・」


「はっ!てめぇがきめぇこと言ってるからだろ!反省しやがれ!」
倒れてる阿部に向かってそれだけ言うと俺は教室を出て部室へと向かって歩いた。マジで気色悪ぃな。しかも、あいつに向かってなんてこと言ってんだよ!と苛立っていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえて「王逆くん、待って!」と声をかけられた。


「っ!」


「さっきは、ありがとう。助かりました」
名無しは俺のところまで駆け寄ってきて思い切り頭を下げた。わざわざそれを言いに俺を追いかけてきたのか。と少し嬉しくなった気持ちをばれないように必死に押さえ込んだ


「べ、別に!どうってことねぇよ!あ、そ、それ、貸せ!」
普段あまり話す機会がない名無しに急に声をかけられて感謝の言葉を言われた俺は照れ隠しに名無しが抱えているクラス全員分のノートを半ば強引に奪った


「あ、でも王逆くんこれから部活だよね?」


「別に俺は少しぐらい遅れたってかまいやしねぇし、お前だって部活あんだろ」


「あ、ありがとう。たしか王逆くん剣道部だよね?何度も大会で優勝しててすごいよね」


「別にすごかねぇよ。そういうお前だって弓道部でたまにいい成績取ってるじゃねぇか」
普段から名無しに関する情報には積極的にアンテナを立てて情報収集してたから、こいつが弓道部で活躍してることも俺は知ってた。そういや、こいつガンド得意だったもんな。と関係あるのかねぇのかわからねぇことを考えていたら、急に隣から「え、知ってたの?」と驚いた声が聞こえた。


「た、たまたまだ!練習場所がちけぇからたまたま耳に入ってきただけだ!」


「そっか・・・・。ん?あぁ・・・・・」
突然隣を歩いてた名無しが何故か周りを少し見渡して何か納得していた


「どうかしたか?」


「いや、王逆くんはモテモテだな。と思って」


「は?」


「ほら、周りの女の子がみんな王逆くんのこと見てるから」


「あぁ・・・・」
周りを見れば女共のうざってぇ視線が突き刺さってきた。生前一度も感じることがなかった視線を【*本人が気付いてなかっただけ】この男の身になってからはよく感じるようになって、たまに居心地が悪くなる。思わず、眉間に力が入って視界に女共を入れないようにした。


「王逆くん身長は何センチ?」


「180」


「うわぁ。それだけ背が高くてこんなにかっこよくて優しかったらそりゃモテるよね」


「な、なに馬鹿なこと言ってんだよ!お前だって・・・・っ!こ、これは俺が職員室に運んどいてやるから、お前はさっさと部活に行け!」
このまま一緒にいたらこいつに心臓を壊される。そう感じてすぐに名無しを追い払おうとした。


「え、でも・・・・・」


「いいから!さっさと行け!」


「う、うん。ありがとう。じゃあよろしくね」


転生した先で名無しではない名無しと再会して、俺は前の記憶もあの時の名無しのことも覚えてるのに、あいつは名無しの姿をしていても別人で・・・。その状況をただでさえ厄介だと思ってたのに。


「はぁ・・・・可愛すぎだろ」


更に厄介なことに男の身となった俺は名無しをヤラシイ意味で好きになった。