「てめぇは加減ってもんを知らねぇのか!」


「あら、十分手加減したつもりだけど」


「これが加減したっていうのかよ!」
そう言ってセイバーは椅子に座り下を向いたまま真っ赤な顔をしている私を指さした。もう私について触れないで欲しい。恥ずかしすぎて今すぐ死んでしまいたい・・・・


「名無さんがこんな状態の原因は貴方にあると思うけど」


「はぁ?!俺のせいだっていうのかよ!」


「貴方が途中で部屋に入ってきたりするから」


「悲鳴が聞えてきたら誰だって入るだろ!!」


「はぁ・・・・膣からの分泌液少ししか取れなかったじゃない。まぁ、その手形に免じて許してあげるわ」
綾瀬さんはため息をつきながらも、セイバーの頬についた赤く残った手形を指さした。


「っち」
ふてくされた顔をしたセイバーは腕を組みながら明後日の方角を向いていた。私はそんな二人の様子をちらちら見ながら、先程まで綾瀬さんにされていたことを思い出してまた頬に集まってきた熱を冷ますために両手で頬を覆った。綾瀬さんと隣の部屋へ行ったあと、血液、汗、膣からの分泌液の順番で体液を採取された。途中、服を半ば乱暴に脱がされたり、体をまさぐられたりして大声で悲鳴をあげた私の声を聞いて、セイバーが部屋に乱入してきた。「どうした!」と大声を出しながらどんどん私に近づいてくるのを見て、ブランケット一枚だけで全身を隠していた私は心底焦り、思わず「来ないで!」とセイバーの頬を全力の力で叩いてしまい、現在このような状態である。


「おい、大丈夫か?」
ずっと下を向いたままの私の顔を覗き込むようにセイバーは少し腰をかがめた。その頬には私がつけた大きな手形がついていた。


「セイバー。さっきはごめん」


「あぁ、こんなもん大したことねぇからいい」


「私の悲鳴が聞えたから心配してきてくれたのに・・・・痛いよね」
そう言って、セイバーの頬に手を添えて優しくさすると、一瞬驚いた顔をしたセイバーは手形と同じぐらい頬を赤くさせた。優しくさすったつもりだったが、少し力が入ってしまったかもしれない。


「ちょっと、すぐにイチャつくの止めてくれないかしら」
少しイライラした声で私たちに話しかけてきた綾瀬さんの声を聞いて、私は瞬時にセイバーの頬から手を離した。


「べ、別に、そんなんじゃねぇよ!見てんじゃねぇ!」


「目の前でイチャついておいて、『見てんじゃねぇよ』はないでしょ!」


「あ゛ぁ?!てめぇな!」


「やめなさい!」
今にも綾瀬さんの胸倉を掴みに行こうとしているセイバーの腕を掴んで止めた。なんでこの二人はこんなにも馬が合わないのだろうか。綾瀬さんは王逆くんのことが好きなはずなのになんでこんなケンカばっかりするのだろう。そんなことを考えていたら、ドンドンっと突然綾瀬さんの部屋のドアをノックする音が聞えてきた。


「すみれ。ドアを開けなさい」
ドアの外から綾瀬さんのおばあさんの声が聞えてきた。その声を聞いた瞬間、綾瀬さんの顔からさっきまでの『女子高生らしい表情』が消えた。


「おばあ様・・・・」
綾瀬さんは強張った表情のまま声が聞えてきたドアをじっと見つめて固まった。


「すみれ。早くしなさい」


「はい・・・・・」
綾瀬さんはゆっくりとドアへ近づいていき呪文を唱えた。その様子をセイバーは「何だ?」と言いながら不思議そうに眺めていた。


「やっぱりまだいらっしゃったのね。貴女にお話したいことがあってきたのよ」
綾瀬さんのおばあさんはドアの横にいる綾瀬さんを一度も見ずに一直線に私の元へと近づいてきた。後ろにはおそらくこの家に住んでいる人たちがぞろぞろと付いてきていた。一体なんだろう。


「なんだてめぇら」
セイバーは部屋の中に入ってきた人たちを一睨みしたが、そんなセイバーに臆することなくおばあさんはニコニコと取ってつけたような笑顔を私とセイバーに向けた。


「あら、貴女がこの子のサーヴァントね。とても強そうで素敵」


「あ゛ぁ?!」


「あの、その・・・・、家を破壊してしまってすみませんでした」
一歩前へ出たセイバーを制止しながら、セイバーがこの家に乗り込んできた時に家をボロボロにしたことを謝罪した。


「ふふっ。そんなこと気にしなくていいわよ」


「えっ?」
てっきりそのことを私たちに話しに来たと思っていた私は驚いた。じゃあ、一体なんの話を・・・・


「貴女たちにお願いがあってきたのよ」


「お願い?」


「貴女たちが勝利した時にお願いしてもらいたいの。私たち『綾瀬一族』に戦う力を与えて欲しい。と」


「えっ・・・・」


「聖杯に願ってくれないかしら。もちろんタダでとは言わないわ。戦いのサポートは一族全員で行うし、貴方たちが願いたかったことは可能な限り私たちが叶えてあげるわ」


「おばあ様!!」
視界の端で綾瀬さんがおばさんに両肩を掴まれて止められている姿が見えた。急な提案に頭が追いついていない私は、何も声を発さないままじっと一族の人たちの顔を見渡した。みんな不気味なぐらい作られた笑顔を私たちに向けていた。その笑顔があまりにも恐ろしくて一歩後ろに下がると、私を守るようにセイバーが前に出た。


「てめぇら、何勝手なこと言ってんだよ!」


「条件が気に入らないなら変更するわ!何か希望があるなら言って!」
おばあさんの横にいたおばさんが私に手を伸ばしてきたが、その手はすぐにセイバーによって払われた。


「気安く触ってんじゃねぇ」
いつの間にか剣を手に取っていたセイバーはみんなに剣を向けた。周りからはたくさんの悲鳴があがり、ある者は土下座をしてセイバーに許しを請い、ある者はセイバーに向かって呪文を唱えようとしたが、隣の人に「やめろ!」と止められていた。


「セイバー・・・・」
私が鎧を身に纏ったセイバーの腕を掴むとセイバーはため息をつきながら剣を下におろした。


「マスター!帰るぞ!」
私の腕を掴んだセイバーは前でドアを塞ぐように立っている人たちをかき分けて進んでいった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「どけっ!」
私たちの前に4、5人が立ち塞がったがすぐにセイバーのその人たちの肩を押して横へどかせた。


「このままでは私たち一族はずっと他の魔術師からの報復に怯え続けて生きていかなきゃいけないんです!」


「んなもん、自分たちのせいだろ!」


「仕方なかったのよ!だって、そうしなきゃ私たちは生きていけなかった!ああしなきゃ私たちのような戦う力のない一族は滅ぼされてた!いつも力のある魔術師たちの言いなりにされて耐えられなかったのよ!」


「だから、力が欲しいのよ!戦うための力を!報復に恐れない力を!これからの一族のために!」


「てめぇら!」


「『仕返しは何の解決にもならない』」
セイバーの言葉に重なるように綾瀬さんは声を発した。その声を聞いて私たちは一斉の綾瀬さんの方を見た。


「えっ」


「『仕返しをしたって、その仕返しをまたされてそれが永遠に続いていくだけ』」
綾瀬さんが言った言葉に聞き覚えがある私は、「綾瀬さん・・・・・」と彼女の名を呼んだ。それは、さっき私が綾瀬さんに言った言葉だ。


「すみれ!あんたに何がわかるのさ!そもそもあんたたちを守っていくために私たちが一生懸命やってるのに足ばっかり引っ張って!」


「そうよ!何の力もないくせに!私たちに逆らわないで!」
一族の人たちの罵倒を聞いて、綾瀬さんは唇を噛み締めて下を向いた。


「待ってください!今の言葉取り消してください!」


「名無さん・・・・」
前に立ちふさがった私を見て綾瀬さんは驚いたように顔をあげた。


「あ、あら。ごめんなさいね。変な所見せちゃったわね。機嫌を損ねちゃったかしら?」
綾瀬さんの前にいる私を見て、私のご機嫌を伺うようにさっき綾瀬さんを罵倒していた人が話しかけてきた。


「私は綾瀬さんが言っていることが正しいと思います」


「で、でも、これはすみれやこれからの一族のためでもあるのよ?どこの魔術師にも負けない強い力さえあれば、こんな所でひっそりと身を隠しながらみんなで生きていかなくてもよくなるの!みんな自由になれるのよ!」


「一族のためってなんですか?それは自分たちのための願いですよね?本当に貴方たちが一族のためを思うなら、今願うべきなのは力を欲することではなく、貴方たち自身が一族の罪を償うことです」
私の言葉を聞いてみんなは驚いた顔をして固まっていた。自分の身を守りたいだけの願いを人のせいにして正当化しているのが私はどうしても納得できなかった。


「私は聖杯を手にしても貴方たちの願いは願いません」


「それは困ります!頼りは貴方たちしかいないんです。お願いします」
そう言って私に向かって土下座をしてきた。その一人の人の土下座をきっかけに周りにいた人たちも全員床に体をつけて土下座をしてきた。


「私は綾瀬さんの願いを尊重します。私たちが聖杯を手にしたら、『綾瀬の一族がかけた呪いを全て解いてください』と願うつもりです」
私がそう伝えると床に顔を付けていた人たちがみんな驚きながら顔を上げた。


「それは・・・・・」


「私はセイバーと一緒に必ずこの聖杯戦争を勝ちます。だから、そこからまた一族として一から頑張ってください。力を手にすることだけを考えるのではなく、ちゃんと一人一人を大切に想ってあげてください」
みんなと一緒に土下座をしていた綾瀬さんのおばあさんに手を差し伸べながら体を起こせば、おばあさんは泣きながら「はい」と口にした。こんな小娘の言葉で納得してもらえたとは思っていないが、戦うための力を求めていたこの人たちの考えが少しだけでもいいから変わればいい。と思った。


「はぁ・・・・行くぞ」


「うん。綾瀬さんまたね」
セイバーに腕をひかれて私たちはドアが閉じないように立っていた人たちの横を通り部屋を出て行った。部屋の外にも何人もの人が立っていて、この人たちが私たちにどれだけ願いを託したかったのかがわかった。



*



「名無し・・・・お前いいのかよ」


「何が?」
門を出る前に王逆くんの姿に戻ったセイバーが少し不満げな顔をしながら私に問いかけてきた。


「聖杯に願いてぇことあったんじゃねぇのか?」


「うん。でも、それよりもこっちの願いを叶えたくなったの」


「お前には何のメリットもねぇのに?」


「そんなことないよ。私の願いで誰かが幸せになってくれるなら私はそれだけで嬉しい。少し傲慢かもしれないけど」
そう言いながら王逆くんに笑顔を向ければ、王逆くんは私に優しい笑顔を見せた。


「お前のそういうとこ・・・・・なんでもねぇ」


「え、今なんて言いいかけたの?」
途中まで言いかけた言葉を飲み込んでしまった王逆くんの腕を掴んで何て言いたかったのか聞き返したが、本人は言う気はないのか明後日の方角を見つめた。


「聞えなくていいんだよ。今は!いつかちゃんと言ってやるよ。お前に」


「ふーん」


「名無さん!」
2人で道を歩いていたら後ろから綾瀬さんの声が聞えてきて振り向けば、走って私たちを追いかけてきた綾瀬さんの姿が見えた。


「綾瀬さん」


「はぁ・・・・追いついた。あの、名無さん・・・・ありがとう。・・・・・・王逆くんも」
息切れをした綾瀬さんは言葉を詰まらせながら私たちに感謝の言葉を伝えた。だけど、その表情はどこか憂いを帯びて見えた。


「んだよ。しけた面してんじゃねぇよ」
綾瀬さんから感謝の言葉を言われたというのに何故か眉間に皺を寄せた王逆くんは乱暴な言葉を返した。


「っな!そんな言い方!」


「図々しい顔の方がお前にはお似合いなんだよ。じゃあな」
王逆くんはそう言いながら片手を上げてさっさと歩いて行ってしまった。


「あ、王逆くん待って! 」


「名無さん!・・・・ほんとにありがとう。あと、今まで色々とごめんなさい」
そう言って綾瀬さんは私に頭を下げた。今まで色んなことが綾瀬さんとあったけど、私は綾瀬さんに謝って欲しいと思ったことは一度もない。だから・・・・


「綾瀬さん。良ければ私とお友達になってくれたら嬉しいな」


「えっ、・・・・私なんかでいいの?」


「うん」


「・・・・今まで、友達とかいたことないからどうしていいかわからないけど、それでもいいの?」


「うん。綾瀬さんがいい」
困惑した表情で私の顔を見つめる綾瀬さんに片手を差し出せば、綾瀬さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔でその手を握り返してくれた。


「じゃあ、また月曜日ね!すみれちゃん!」


「うん!またね!名無し!」
私の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれたすみれを見て、少しだけでも仲良くなれたことを嬉しく思った。結構先まで行ってしまったであろう王逆くんを追いかければ、王逆くんは角を曲がった所で私のことを待っていてくれた。


「そういえば、朝ごはん机の上に用意しておいたんだけどちゃんと食べてくれた?」


「用意してあったのは気づいた。けど、すぐにお前を探しに行ったから食べてねぇ」


「ごめんなさい・・・・」


「今度どっか出かける時はちゃんと俺を連れて行け」


「うん。なるべくそうします」


「・・・・絶対お前は約束守らねぇもんな」
私の返答を聞いた王逆くんは完全に信用しておらず、ジトっとした目で私の顔を見つめた。

「そ、そんなことないよ!」
その視線があまりにも痛くてすぐに否定をすれば、王逆くんは「はぁ・・・・」とため息をついた。


「逃げろって言っても逃げないで俺を助けにくるし、無茶ばっかりするし、ケガばっかりするし」


「それは王逆くんだって!」


「俺に心配ばっかりさせんな」
そう言って突然足を止めた王逆くんを不思議に思って私も一緒に足を止めた。首を傾げた状態で顔を見つめれば、王逆くんは片手すっと持ち上げて私の頬に手を添えた。少しだけ私を見つめる瞳がとろんとしたような気がしたが・・・・


「いたい・・・・」


「っへ!心配させた罰だ!」
軽く引っ張られた頬を抑えながら王逆くんを今度は私がジトっとした目で見れば、彼は嬉しそうに笑っていた。人の頬を突然引っ張っておいて何が楽しいのやら・・・・


「あ、王逆くん!あそこのケーキ屋さんのチョコレートケーキがすごく美味しいんだって!並んで買っていかない?」
私が指をさしたお店はよくテレビや雑誌に出ている人気店でお店の前を通るといつも長蛇の列ができているが今日はいつもよりも列が短く見えた。


「あー・・・・。っげ!めちゃくちゃ行列できてるじゃねぇかよ!一体何時間待ちだ・・・・」
王逆くんは列の長さを見た瞬間あからさまに嫌な顔をした。


「うーん、1時間ぐらいかな?」


「1時間とかありえねぇ。そもそも行列に並ぶのが俺は嫌いだ。帰るぞ」


「え、でも、いつもはもっと長い列なんだよ?今日は珍しく少ない方で」


「帰る」


「むー・・・・・」
私の説得を一切聞かずに帰ると即答した王逆くんに向かって頬を膨らませれば、その私の表情をみた彼は一瞬ぎょっとした顔をして「うっ」と言ったが、すぐにいつも通りの表情に戻った。


「あそこのケーキよりもお前の作った料理の方が絶対に美味ぇんだから、俺はさっさと帰ってそっちが食いてぇんだよ」


「王逆くん・・・・・」


「ん。帰るぞ」


「うん!」
私に向かって差し出してくれた手を強く握り締めれば、とても嬉しそうな表情を浮かべながら私の手を軽く引っ張って歩き始めた。


「王逆くん、ありがとうね」


「あ?なんの礼かわかんねぇけど、『当然だ』」