「綾瀬さん、実は私も聖杯にっ!」
私が綾瀬さんに伝えようとした言葉と重なるように「きゃあ!」という悲鳴が部屋の外から聞えてきた。


「何?今の悲鳴」
悲鳴を聞いた綾瀬さんは椅子から立ち上がり部屋の様子を伺うためにドアの方へと歩いていけば、下の階から上に階に向かって何かの破壊音と共にドタドタと走る音が聞えてきた。


「何が起きてるの?」


「わからないわ。敵かしら?!ここの場所がバレるだなんて!何重にもかけた結界が壊されたっていうの?!」
綾瀬さんは怯えた表情で口元に手を当てて考え込んでいた。恐らく私が家の門をくぐった時に起きた現象も結界のせいだったのだろう。あれは、敵の侵入を防ぐためのものだったのか。


「綾瀬さん!とにかく状況を確認しなきゃ!」
私も椅子から立ち上がりドアの方へとかけよりドアを開こうとしたが、ドアノブが付いておらず、そういえば、このドアを開く時に綾瀬さんが呪文を唱えていたことを思い出した。


「綾瀬さん、ここの呪文を教えて」


「ダメよ!今ここを開けるのは危険だわ!」


「でも、きっと家の人たちが!綾瀬さんのおばあさんも大変な目にあってるんじゃ・・・・」
破壊音が尋常じゃないことからきっと被害は少なくはないだろう。と予想はついている。あちこちから聞えてくる悲鳴からしても家の住人が1人2人でないことがわかる。みんなが被害に合う前にどうにかしなきゃ。


「みんな困ればいいのよ!こんないつ誰に襲われるかわからない状況を作り出したのは自分たちじゃない!私は知らない!私が苦しいときに誰一人私のことを助けてくれなかったもの!」
綾瀬さんは両手を握り締めて大きな声で怒鳴った。たしかに、さっきのおばあさんとの会話や綾瀬さんの話を聞いて、綾瀬さんがこの家で大切にされてこなかったことがわかる。だけど・・・・


「仕返しは何の解決にもならないよ」


「えっ」


「仕返しをしたって、その仕返しをまたされてそれが永遠に続いていくだけ。今、綾瀬さんがしなきゃいけないことはそんなことじゃない」


「名無さん・・・・」


「綾瀬さんが家族の人たちにされてきたことはわかってる。だけど、それでも助けられる時に人を助けなくていい理由にはならないよ」


「・・・・・・。」


「行こう!綾瀬さん!」
私は綾瀬さんの手を取り握り締めた。今やるべきことはみんなを助けることだ。


「・・・・わかったわよ!行くわよ!」


「うん!」


「どうなっても知らないからね」
そう言って綾瀬さんはドアに手をかざして呪文を唱えようと口を開いたが


「・・・・・綾瀬さんどうしたの?」
呪文を唱えようと口を開いていた綾瀬さんの動きが急に止まったことに疑問を感じた私は首を傾げた


「ちょっと待って」


「えっ?」


「何か聞き覚えのある声が・・・・」


「えっ?」
急に怪訝そうな顔になった綾瀬さんと一緒に部屋の外の音に耳を傾けると・・・・


「ぅおおらああぁ!邪魔だあああぁ!こんのやろう!俺のマスターをどこに隠しやがった!」


「え!セイバー?!」
ドアの外からセイバーの声が聞えてきて驚いた私は思わずドアに両手を当てて耳を近づけた。


「これ以上隠すようならてめぇら全員ぶっ殺すぞ!」
セイバーの怒り心頭の声に「きゃあああ」とたくさんの悲鳴と人が逃げ惑う足音がたくさん聞えてきた。・・・・一体どこの悪党だ。


「綾瀬さん・・・・」


「・・・・・はぁ。ほらいきなさい」
私の呼びかけに反応してすぐに呪文を唱えてドアを開けてくれた綾瀬さんに感謝しつつ、すぐにセイバーの声がした方へと走った。幸いすぐ近くにいたようで、兜と鎧を纏った完全戦闘体制の格好で剣を振り回して部屋のドアを一つ一つ破壊している彼女に「セイバー」と声をかければ、安堵した声で「マスター!」と言いながら私の元へと走ってきた。


「無事か!?何もされてねぇか?!」
すぐに私の足元から頭までをじっくり確認してケガがないかを確認したセイバーを見て、「なんでここに?」と疑問をぶつけた。


「なんでって、これが家に落ちてたから」
そう言ってセイバーが手に持ったのは私が家に忘れてきた綾瀬さん家のメモだった。あぁ。なるほど。だからここにたどり着けたのか。と納得したが、


「なんでこんなことに・・・・?」
完全に建物を破壊している状況を尋ねれば、セイバーはすごく怪訝そうな顔をした。


「お前を迎えにきたんだよ。それで、ここに着いて呼び鈴鳴らしたら変な女が出てきて、俺のマスターを返せって言ったら、何のこと?ってしらばっくれたから、とぼけるんじゃねぇって殴りこんだ」


「はぁ?!」


「普通に門くぐったらお前の気配を感じなくなったから、サーヴァント化して門ごと破壊したらここにたどり着いた」
セイバーの言葉を唖然として固まったまま聞いていれば、後ろから「ふふっ」という笑い声が聞えてきた。


「相変わらずぶっ飛んだことしてくれるわね。ほんとにセイバークラスなの?まるでバーサーカーよ」


「あぁ?!てめぇよくも俺のマスターを連れ出してくれたな!」
そう言って綾瀬さんに近づいたセイバーが胸倉を掴んだのを見てすぐに止めに入った。


「違うから!違うからセイバー!」


「何が違うんだよ!お前ここに来いって呼び出されたんじゃねぇのかよ!」


「違う!あれは先生が書いたメモで、私は綾瀬さんに学校のプリントを届けにきただけ!」


「はぁ?!」


「はぁ?!はこっちのセリフ!」


「俺はてっきりお前がこいつに呼び出されたと思って・・・・」


「勘違いだから」


「あら・・・・相当暴れたみたいね。ボロボロ」
完全にボロボロになった部屋のドアを触りながら綾瀬さんは呆れた顔をした。


「あ?大したことねぇだろ」


「べ、弁償します・・・・・」
事の重大さに気づいていないセイバーの代わりに私は綾瀬さんに頭を下げた。弁償しますと口に出したものの壁が所々大きくえぐられていたり、見える範囲の部屋のドアが全て木っ端微塵になっている光景を見て、一体いくらになるのだろう・・・・と冷や汗が止まらなかった。


「んなことしなくていいだろ」


「誰のせいだと思ってるの!」
焦る私とは対照的にあっけらかんとした表情をしているセイバーに思わず怒鳴り声をあげた。


「弁償って言ってもたぶん1億はすると思うけど払えるの?」


「は、払えません・・・・・」
1億?!・・・・・む、無理だ。一生かけても無理だ・・・・・。どうしよう。


「そりゃそうよね。・・・・じゃあ、お金の代わりに欲しいものがあるんだけど」
そう言って意味ありげな笑みを浮かべた綾瀬さんを見て嫌な予感がした。


「欲しいもの?」


「えぇ。その前に貴女のケガを治してあげるから部屋に戻るわよ」



*



「あの、綾瀬さん。お金の代わりに欲しいものって」
部屋の戻ってきた私はすぐに椅子に座った綾瀬さんに恐る恐る尋ねた。


「こいつに変なことしやがったらただじゃおかねぇぞ」
綾瀬さんが何を要求してくるのだろう。と怯えながら質問した私の言葉にかぶせるようにセイバーは威嚇した。


「変なことなんてしないわよ。それよりセイバーは元の姿に戻らないのかしら?」
部屋に戻ってからも王逆くんの姿に戻らないセイバーを不思議に思った綾瀬さんが声をかけたが、その言葉を「っは」という鼻笑いでセイバーは吹き飛ばした。


「てめぇらが変なことするかもしれねぇからな」


「あら、ちょっともらうだけなのに」


「え、何を?」


「体液」


「「た、体液?!」」
ケロッとした表情で言ってきた綾瀬さんの言葉に私とセイバーは驚きの声をあげた。


「て、てめぇ何言ってやがんだ!」
驚きのあまり固まっている私の代わりに横にいるセイバーが目の前にある机を叩きながら綾瀬さんに文句を言った。


「だって、魔力が全部体液に溶け出すなんて聞いたことがないもの!今後探したってきっとそんな魔術師見つからないわ。だから、その傷治すついでに検査させてくれないかしら」


「こいつに血出せって言うのかよ!」


「あら、血だけじゃないわよ?唾液に汗に膣からの分泌液も」


「「っ!!」」
唾液?!汗?!それに・・・・・そんなものまで・・・・隣をチラッと見ればセイバーが真っ赤な顔をして口をパクパクさせていた。


「あの!綾瀬さん!そ、そんなのは・・・・・」
顔に熱が集まってくるのを感じながら綾瀬さんにお断りしようと口を開いたが、その口はすぐに閉じることになった。


「無理とは言わせないわよ。それとも1億円払ってくれるのかしら?」
にっこりとした笑顔で問いかけられたのに、その笑顔はとても怖くて、まさに蛇に睨まれた蛙の気分だった。


「・・・・・俺が責任持って払う」
隣にいたセイバーが一歩前に出て真剣な顔を綾瀬さんに向けた。


「セイバー」


「セイバーがねぇ・・・・。我が家で一生飼われてくれるならいいけど」


「はぁ?!誰がお前なんかに!」


「でも、まともに1億円なんて払えないでしょ?」


「元はといえば、お前らがさっさとこいつを出せば、んなことにならなかったじゃねぇかよ!」


「勝手に人の家破壊しまくったのは貴女でしょ!だから、お金の代わりにこの家で飼われなさい」


「ダメ!」
綾瀬さんの言葉にかぶせるように私は大きな声を出した。無意識に握っていた拳が痛い。


「「えっ?」」


「セイバーは渡したくない!どんなことがあっても」
私が大きな声でそう伝えると、綾瀬さんの胸倉を掴んでいたセイバーは驚いた顔をしてその手を離し、何故か照れたような顔をして頬を人差し指でポリポリと掻いていた。


「以前とは違うようね。じゃあ、大人しく体液をいただきましょうか。そうね、まずは膣の分泌液から」


「お前容赦ねぇな!」


「とりあえず、セイバーはここにいて。私と名無さんは奥の部屋に行くから」


「・・・・変なことすんじゃねぇぞ」


「バカね。変なことするから奥に行くんじゃない」


「て、てめぇな!」


「はいはい。行くわよ名無さん」
怒るセイバーをさらりとかわしながら綾瀬さんは隣の部屋のドアを開けた。


「はい。セイバーお願いだから大人しくしておいてね」


「お、おう・・・・」
何故か私が声をかけると明後日の方向を向いて顔を赤くするセイバーの様子を見て首をかしげたが、綾瀬さんに導かれるまま隣の部屋へと入った。