放課後、部活に出て弓を引いていれば突然後ろから「きゃー」という黄色い声が聞えてきた。矢を放つ瞬間に思わずそっちに意識を持っていかれて手元が狂い、的からかなり外れた所に矢が刺さった。一体何事かと思い後ろを見れば1年生の女の子たちが嬉しそうに小さく飛び跳ねている光景が見えた。何故あの子達は喜んでいるのだろうか・・・・そう思いながら、その光景を見つめていれば、「あ、王逆くんだ」という部長の声が聞こえてきた。え、どこに?と周りを見渡せばフェンスの向こうでこちらを見ている王逆くんと目が合った。たしか彼は英語の追試を受けていたはずだがここにいるということは、無事に合格して開放してもらえたようだ。弓置きに弓を戻して王逆くんの元へ駆け寄ると、何故かドヤ顔をしていた・・・・。


「はっ。追試なんて大したことなかったぜ」


「無事合格点取れてよかったね」
ここはあえて合格までに2時間半かかったことについては一切触れないでおこう。それよりも部活はどうしたのだろう。と思ったけど、そういえば、剣道部は練習時間が18時までだったことを思い出した。


「お前、今日も残るのか?」


「うんん。今日は終わったら帰るよ。あと15分だからちょっとだけ待っててもらっていい?」


「おう。わかった。じゃあ、ここで見ててやるよ!」


「・・・・・ここはダメ」


「なんでだよ?ここなら別に邪魔にならねぇだろ」
不満げに頬を膨らませて私を睨みつける彼に私は苦笑いをした。


「王逆くんがここにいるとみんなが色めき立って集中できないから、できれば校門で待ってて」
未だに私と王逆くんが話している光景を見ながらきゃーきゃー言っている女の子たちの声を聞きながらそう伝えれば、状況を理解したのか、眉間に皺を寄せながら声を出している女の子たちを見つめてため息をつき「はぁ・・・・わかった」と言って校門の方へと歩いて行った。弓道場の中に戻ればすぐに付き合っているのか聞かれたが、「付き合ってません!友達です!」の一点張りで質問を跳ね除けた。部活が終わり急いで校門へと向かえば、校門に寄りかかりながら空をじっと見ている彼を発見した。絵になる。ただ立っているだけなのに絵になる。周りを歩いている女の子たちも頬を少し赤らめながらそんな彼のことを見ていた。そんな女の子たちの様子を見てますます近づきずらくなってしまった私はどうしようか。とその場でうろうろしていれば、私に気づいた王逆くんが笑顔で「遅かったな」と片手を挙げた。


「大変お待たせしました」
ただでさえ15分待たせたというのに、私が見とれたりウロウロしていたせいで更に余計な時間待たせてしまったことに謝罪した。


「別に。お前のこと考えてたらあっという間だった」
そう言って王逆くんが私の手を取った瞬間、キャーという黄色い悲鳴が周りからたくさん聞えてきた。王逆くんは天然タラシな気がする。そして、今の発言も紐解いていけば、私のこと=聖杯戦争のことだというのに、周りの子たちはもちろんそのことを知らないからただただ甘い言葉を私が言われたように認識してしまっただろう。聖杯戦争という私たちを繋げるものさえなければ、こんな風に王逆くんと一緒にいることになんてなかっただろう。本来モブその10のような私がこんな王子様みたいな男の子のそばにいることが自分でも不自然で仕方ない。きっと王逆くんも私がもっと可愛いければ守りがいがあっただろうに、なんで私なんかがマスターに選ばれてしまったのだろうか。やっぱり容姿で考えると綾瀬さんと王逆くんのペアが合っていたような気もするが、ここは根本的に性格が合わなかった。きっとマスターを微塵も守る気のないサーヴァントなんて前代未聞だろう。


「名無し。お前のこと家に送り届けたら俺一回家に荷物取りにいってくる」


「あ、うん。わかった。じゃあ、晩御飯準備して待ってるね」



*



夕ご飯を作っている最中に帰ってきた王逆くんに今ちょうど作り終わったばかりの夕飯をテーブルに置きながら「おかえり」と声をかければ、テーブルの上を見て「おお!!」と歓喜の声を上げた彼は手に持っていた荷物を床に落としながら慌てて食卓の椅子に座った。


「オムライスじゃねぇかよ!しかもエビフライ付き!!」
何故か皿を手に持って目の前に掲げている彼の嬉しそうな顔を見て私も椅子に座った。


「・・・・いいのか?俺追試だったけど」


「次回に乞うご期待ということで」


「マジか!じゃあ、遠慮なくいただくぜ!」
スプーンを勢いよく握り締めてガツガツと口にオムライスを運んでいきあっという間に食べきってしまった。私が食べ終わるまで何も言わずに大人しく待っていた彼は自分のコップにお茶がなくなったため冷蔵庫を開けながら、「準備できたら行くぞ」と声をかけた。何の準備かなんて聞かなくてもわかった。


「・・・・うん。お皿だけ洗いたいからちょっと待ってて」
食べ終わった皿を片付けながら王逆くんに笑顔を向ければ、コップに口を付けながら一瞬目を見開いて私の顔を見つめた。


「・・・・わかった。先に外に出てるから支度できたら来い」
そう言って飲み終わったコップをキッチンに置き、先ほど床に落とした荷物を持ってリビングから出て行った。これからまたあの戦いが始まる。自分の死を身近に感じる時間がやってくると思うと不思議と手が震えて洗っていたお皿を落としそうになった。一緒に戦うと決めた以上ここで怖がっていても仕方ない。私も早く準備しなければと皿洗いを済ませて、一度自室へと戻り荷物を持って外で待ってる彼の元へと向かった。玄関のドアを開けると野良猫と戯れていた彼が「早かったな」と言いながら立ち上がった。


「ん?なんだ、大層な武器持ってるじゃねぇか」
私の肩にかかってるものに気づいた王逆くんはすぐさまそれを奪い取り品定めするようにじっと見ていた。


「戦闘中に上手く扱える自信はないけど、何もないよりはマシかと思って」
私は奪われた弓矢を見ながら自信なさげに笑った。去年まで部活で使用していた自分の弓矢がまだ家に残っていたため、武器として持ち出してきたが正直動くものに当てる自信なんてさらさらなかった。


「んじゃ、俺からも」


「うわっ」
急に布を頭から掛けられて目の前が見えなくなった私は驚き布をどけようと手を伸ばせば、先にその布に伸びていた手と重なりあった。


「やっぱ少し大きかったか」
頭にかかった布を少しずらしながら私の顔を覗き込んできた王逆くんと目が合った私はこの布はなんだと思い自分の足元から見ていけば、フード付きの手首と膝まで長さがある上着がかけられていた。


「王逆くんこれは?」


「その格好じゃケガするかもしれねぇからな。まぁ、何もねぇよりはマシだろ。」
首元にあるボタンを留めて「よし!」と満足した彼はセイバーの姿へと変わり、私をお姫様だっこした。


「ちょ、ちょっと待って!」


「なんだよ。もう行くぞ」


「なんでお姫様だっこなの?」


「肩とか脇に担いで飛ぶとお前酔うじゃねぇかよ!」


「でも、これだと鎧が刺さって痛いっ!」
脇の辺りから下に突き出ている部分が私の身体に刺さって痛いことを伝えると、「仕方ねぇな。」と鎧を脱いで赤い服になった。


「飛ぶの?!飛んでいくの?!!」
何故か私のことをお姫様抱っこした後に足に力を入れ始めたセイバーを見て慌てて尋ねれば、先ほどの鎧の件もあったからかめんどくさい。という顔をされた。


「当たり前じゃねぇかよ、行くぞ!黙ってねぇと舌噛むからな!」


「っ!!」
セイバーが私を抱っこしたまま屋根の上へと飛び上がったため、慌てて両手に口を当てて叫び声を押し殺した。死ぬ。恐怖で死ぬ。と思い目をぎゅっと閉じてただただ全身に浴びる風を感じていた。


「怖いか?」
目を閉じている私に気づいたのかセイバーが全力で走りながらも優しい声で話しかけてきた。


「・・・・・・怖い」
ここで嘘をついて怖くないと言ったとしてもきっとこの人には気づかれるとわかっているから本当の気持ちをそのまま伝えた。


「そうか。まぁ、お前のことは俺が死んでも守ってやるから安心してろ!」


「うん・・・・。そういえば、アーチャーってどこにいるの?」


「知らねぇ」


「えっ?」


「だから、知らねぇ!これから探す!」


「えっ?!」


「こうやってあいつらの目に付くように動いてりゃ、あっちから接触してくんだろ!」


「えー!!!!」


「なんだよ!」


「てっきり、サーヴァント同士で居場所がわかる何かがあるのかと・・・・・。だって、アーチャーが来てくれればいいけど、他のサーヴァントに先に見つかって襲われることもあるってことだよね?!」


「まぁ、その可能性はあるな!」


「危険だよ!!」


「大丈夫だっつーの!誰が来ても俺が全員ぶっ飛ばしてやるから!」
心配する私をよそにセイバーはドヤ顔で私に大丈夫だと伝えてきたが、私は無言で彼女の顔を見つめ続ければ、そんな私に居心地を悪く感じたのか眉間に皺を寄せて「うぅ・・・・」と唸り始めた。


「もし、アーチャー以外が襲ってきたら明日のお弁当なしだから」


「はぁ?!それとこれとは話が・・・・っ!!マスター!!下がってろ!!」


「きゃあ!」
私と話してる途中で何かを察知したセイバーは私を足から勢いよく床に降ろしたが、突然の出来事と降ろした勢いのせいで前のめりになって転んだ。それと同時にセイバーの剣が何かを切る音が聞えてきた、慌てて起き上がった私は周りを見渡せば、私たちの周りを囲むように折れた矢が10本ほど落ちていた。まさか、今の一瞬でこれだけたくさん放たれた矢を斬ったのだろうか。とセイバーの方を向けば剣を構えたままじっと矢が放たれた方角を見つめていた。私もそちらに目を向けたが私には何も見えなかった・・・・・あそこにアーチャーがいたとしても恐らく2キロは離れているだろう。あんな位置から私たちを狙うだなんて・・・・・


「セイバー」


「マスター!アーチャーはあそこだ!首取りにいくぞ!」
いつの間にか鎧の姿に戻っていたセイバーは、私の前に背を向けてしゃがみこんだ。


「えっ?!」


「早く背中に乗れ!戦いながらいくぞ!」


「戦いながらって!」


「あーもう!遅ぇぞ!」
怒りながら立ち上がったセイバーは床に剣を刺して私の両手を掴んだまま背を向けて勢いよく腕をひっぱりあげて無理やり背負った。


「名無し!絶対に俺の首から腕を外すんじゃねぇぞ!落ちたら死ぬからな!」


「う、うん!わかった!」
右手に剣を持ち左手で私の片足を持ち上げたセイバーは「行くぞ!」と声を上げながら先ほどよりも早いスピードで走り始めた。何度も振り落とされそうになりながらも目を閉じたまま必死に腕に力を込めてセイバーにしがみついた。その間にも何度かアーチャーから矢が放たれセイバーが矢を切り落としたが、近づくにつれて矢の本数は多くなり、放たれる感覚も短くなっていった。これは確実にセイバーが不利だと思ったが、「捉えたぞ!」というセイバーの言葉を聞いて目を開き前を見れば、アーチャーの姿がすぐ近くに見えた。


「マスター!このまま奴に突っ込むぞ!」


「うん!!」
私を背に乗せたままアーチャーに突っ込むという言葉を聞いて、衝撃に備えて腕の力を再度込めれば、勢いよく飛び上がり落下していった。


「取ったぞアーチャー!!」
片手を私の足から離し剣を両手で握り締めて力を込めながら落下するセイバーの下にはこちらに矢を放ち続けるアーチャーの姿があり、落下しながらも矢を斬り続けていたセイバーだったが、数本同時に放たれた矢の中に確実に私の足を捉えた矢が一本あり、それに気づいた私は刺さるのを覚悟して目をつぶったが、何故か刺さった感覚が来ず不思議に思った私は目を開ければ、セイバーの剣を弓で受け止めてるアーチャーの姿が目に入った。


「うわっ!」
セイバーの腕の支えを失った私はその衝撃に耐えられず、お尻から勢いよく床へと落ちていったが、すぐにセイバーが私を脇に抱えて後ろへと飛んだ。


「大丈夫か?!マスター!」


「う、うん。なんとか・・・・。っ!セイバーその腕!」
私を抱えた腕に刺さった矢が目に入り驚きの声を出してセイバーの顔を見れば、真剣な顔で目の前にいるアーチャーをその目で捕らえていた。恐らく先ほど私の足に刺さるはずだった矢をセイバーが腕で受け止めたのだろう。「大したことねぇ!大丈夫だ!」と言って勢いよく矢を引き抜いた腕からは、ぽたぽたと血が流れていた。


「やるなセイバー!俺のあの攻撃を躱してここまで辿り着くとは思わなかったぜ」


「うるせぇ!黙ってさっさとその首差し出しやがれ!」
遠くからでは暗闇に紛れてまったく姿がわからなかったが、対峙してようやくその姿が目に映った。深紅の弓を持ち、褐色の肌の笑顔が似合う優しそうな顔をした男・・・・・


「これがアーチャー・・・・・」
私はその姿を見つめながらも、こんな優しそうな人がさっきまで私たちを殺すために弓を放っていたことが信じられなかった。


「ん?昨日ぶりだな。セイバーのマスター!やっぱり何度見ても魔術師っぽくないよなお前」
突然明るい笑顔で私に話しかけてきたアーチャーに驚き瞬きを繰り返していたら頭上から「っち!」と盛大な舌打ちが聞えてきた。


「見てんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!」
小脇に抱えられた時にフードが脱げてしまい顔が見えてしまっている私のことをまじまじ見つめたアーチャーに怒り心頭のセイバーが剣先を向けながら怒鳴った。


「おっと。そう怖い顔をしなさんな。昨日は悪かったな」


「は?悪かっただと?」


「昔、俺のマスターに呪いをかけた一族の娘がランサー引き当ててあの学校に通ってるって聞いてな」


「はぁ?!」


「とりあえず、顔も知らねぇもんだから令呪持ちの女を狙ったらまさかの2人も現れて驚いたぜ。まぁ、すぐにお前がこの子を守りに現れてセイバーのマスターだってわかったが、間違いとはいえ、いきなり襲って悪かったな」


「あ、いえ・・・・・」
申し訳なさそうな顔を向けてきたアーチャーに思わずぺこっと頭を下げれば、すかさず「何許してんだよ!」と怒鳴り声が頭上から聞えてきた。


「まぁ、とは言っても、運よく現れてくれたお前を殺ろうと思ったし、あいつらが乱入してこなきゃ、マスターの敵も取ってたんだがな」


「あいつら?」


「つーわけで、昨日の謝罪も済んだことだし、改めて聖杯をかけて一騎打ちといこうぜ、セイバー」


「あぁ、望むところだ!」
小脇に私を抱えたまま後ろに飛んだセイバーは屋上の上にあったプレハブ小屋の上に私を置いた。


「・・・・・・名無し。ここにいろ」


「ちょっと待って。セイバー」


「なんだ?」
私の呼びかけに不思議そうな顔で後ろを振り向いたセイバーの腕を優しく掴んだ。そして、怪我をしている方の手を両手で優しく包み祈りを込めるように私のおでこへと近づけて力を込めた。その瞬間に身体が温かくなりセイバーに魔力が注ぎ込まれていくのを感じた。


「勝利の王冠が貴方に輝きますように!」
そう言って笑顔を向ければ、一瞬驚いた顔をしたあとに「よっしゃ!まかせろ!」といつもの笑顔を私に見せてくれた。腕を見れば、傷は完全に塞がってはいなかったが血は止まっていた。


「お前ら随分と仲いいな。そういや、お前昨日男の姿から急にサーヴァントの姿に変わったが、受肉か?どっちが本当のお前なんだ?」


「どっちも本当の俺に決まってんだろ!黙ってさっさとかかってきやがれ!」