「怖かった・・・・」


「怖い思いさせて悪かったな。俺がもっと早くあいつを倒せてれば」
未だにずっと震え続けてる名無しの体を俺は撫で続けた。時々嗚咽が聞えてきて、あー。こいつ泣いてるのか。とすぐにわかった。急にこんな状況に巻き込まれて怖くねぇはずがねぇか・・・。普段の俺なら確実にめんどくせぇ。と投げ出すような状況なのに、今は、こいつを早く泣き止ませたい。よりも、少しでもこいつの心が落ち着けばいい。と思った。


「王逆くんが死んじゃうんじゃないかと思って・・・・怖かった・・・・」


「ばーか。俺じゃなくて自分の心配しろよ。俺は死なねぇ。お前を守んなきゃいけねぇんだから」
急に顔を上げて俺を睨み付けた名無しの頭を乱暴に撫で回して笑った。涙でぐちゃぐちゃになった顔で睨まれたって怖くねぇっつーの。


「「あ」」
急に抱きしめてた名無しがさっきよりも小さく見えて、思わず手元を見れば、ついさっきまで見慣れていたものに戻っていた。


「あ、元に戻った」


「またこの体に逆戻りか。せっかくモードレッドの体に戻れたっつーのに」
今までの生活に戻るならこの男の姿の方がいいが、聖杯戦争が始まったなら、確実にモードレッドの姿の方がいい。めんどくせぇ体だな。そもそも何で急にあの姿に戻れたのかがわからねぇ。名無しの令呪と何か関係があるのか?


「私はこっちの王逆くんの方がいい」


「は?あっちの体の方がいいに決まってんだろ!」
一人で自分の体のことについて考えてれば、ぼそっとつぶやいた名無しの声が聞えた。名無しが何でか今の俺の方が良いと言ったのが、すげぇイラついて眉間に皺を寄せながら名無しを見れば、何故かこいつはすげぇ笑顔で俺を見つめた。


「なんでかさっき、王逆くんが竹刀で守ってくれた時に、王逆くんとならこのまま一緒に死んでもいいや。って思えたんだよね」


「は?!」
俺となら一緒に死んでもいい?なんでそんなこと・・・・。俺に命を預けていいと思ってくれたってことか?完全に思考が停止してじっと名無しのことを見つめてれば名無しは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔へと戻った。


「な、なんでもない!そうだ。王逆くん、今回のこと王逆くんは何か知ってるんだよね?一体何が起きてるのか教えて」


「あぁ。でも、教える前に場所変えるぞ。誰か来やがった」
遠くから聞えてきた人の声を瞬時に聞き取って俺は名無しを立ち上がらせた。焼け野原と化した周辺一帯を見渡して、そりゃ騒ぎになるな。と納得した。恐らく警察かここら辺の住人が来たんだろ。俺達の姿が見つかればやっかいなことになるのは確実だ。ここは、一旦逃げるか。



*



「ここは?」


「俺の家だ」


「えっ?」
名無しの手をひいたままあの場から逃げてきた俺は名無しを自分の家に連れてきた。ここなら確実に誰も来ねぇし、落ち着いて話ができる。


「大丈夫だ。俺一人しか住んでねぇから」


「え、親御さんは?」


「月末に一回だけ1か月分の生活費を置きにくるが、それ以外は、足も踏み入れねぇ」
ほぼ育児放棄をしてる俺の母親は、数年前から家にまともに帰ってこなくなった。
月に一回だけ生活費を数万置きに来るが、来るタイミングによって顔を合わせることもあれば、合わせねぇで終わることもある。まぁ、顔を合わせた所で話すことなんて何もねぇし、別にどうでもいいことだ。


「そんなことって・・・・ちゃんとご飯食べれてるの?!大丈夫なの?!」


「あー。さすがに月末は金がなくて色々ふらふらしてるが、なんとかなってっから。お前が心配することじゃねぇよ」
全部は話してねぇが、何かを察してるのか、剣道部の奴らが月末になると何かと食い物を寄こしてくるから、今まで腹が減っててもなんとかなってはいた。その代わり、あの女の連絡先聞いてこい。だの、なんだのめんどくせぇことは頼まれるが、それで腹が満たされるなら安いもんだと思った。前に一回阿部が名無しの連絡先聞いてこい。って言った時は、竹刀でボコボコにしてやったが、それ以来名無し関係のことを頼まれることはなくなった。


「でも・・・・」


「いいから。お前に話さなきゃいけねぇことは山ほどあるんだ。さっさと中に入れ」


「う、うん。お邪魔します・・・」
未だに俺の家の前で戸惑ってる名無しを半ば強引に中へ入れた。誰もいねぇって言ってんだから、さっさと入ればいいだろ。と多少イラつきはしたが、家の中に入ってもオドオドどうすればいいかわからずにいる名無しを見るに見かねて、部屋に通してすぐに「適当にそこらへんにでも座れ」と椅子に座らせた。普段人なんて来ねぇから茶菓子なんてねぇが、まぁいいか。


「まず、聖杯戦争の話だ。簡単に言えば、何でも願いを叶える『聖杯』を奪い合う戦争だ。過去に何度もその戦争が起きてて、今回の聖杯戦争に俺らが選ばれた。たぶん、お前のサーヴァントが俺だ。」


「なんでそんな戦争に私たちが・・・・」


「理由はわからねぇ。聖杯戦争には、7組のマスターとサーヴァントが参加する。サーヴァントっつーのは、皆過去の英霊だ。俺みたいな名だたる騎士もいれば、神話に出てくるようなやつもいるし、まぁ、色々だ。クラスの種類は、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー、そして、この俺のセイバーだ」


「そんなにたくさん・・・・」


「最後の1組が勝ち残るまでこの戦争は終わらねぇ。とにかく他の奴らに負けなければいい」


「そ、そんな簡単に・・・・」


「敗北条件はシンプルだ。マスターが死ぬか、サーヴァントが死ぬか。だから、今日のサーヴァントもお前のことを狙ってきた」
俺のその言葉を聞いて今までずっと不安な顔で俺の話を聞いていた名無しは自分の胸を握り締めて心配そうに下を向いた。いきなり自分がこんな命がけの戦争に巻き込まれたなんて信じられねぇだろうな。


「だけど、安心しろ。お前のことは俺が死んでも守ってやるから、お前が死ぬことはありえねぇ」


「でも、王逆くんが・・・・」


「今日倒したのが、ランサーのサーヴァントだ。あと、残り5騎。俺がぱぱっと倒してやるから、お前はいつも通り生活してろ」


「そんなに簡単に倒せるものなの?」


「あぁ。なんたって俺は最優のセイバーのクラスだからな。他のサーヴァントを倒すことなんて朝飯前だ」


「そ、それなら安心だけど・・・あ、私のこの手の赤いのは?」


「それは令呪だ。マスターがサーヴァントにそれを使って3回までなら命令できんだよ。」


「そんなことできるんだ・・・・。ん?これ何の模様だろう?花の模様にも見えるけど」


「お前のはたしか・・・・百合の模様だよ」


「え、なんでわかるの?」


「それは昔お前が・・・・・あー、いや、なんでもねぇ。なんとなくだよ!なんとなく見りゃわかんだろ!」
昔名無しが自分の令呪の模様は百合の形をしてるって話してたのを思い出してついその話をしたが、やべぇ。と気づいて咄嗟にごまかした。


「う、うーん・・・・」


「とにかく、聖杯戦争が終わるまで、お前が俺のマスターだ。自分のことだけ考えて生きろ」


「マスターはサーヴァントのために何ができるの?」


「ここはカルデアと違うから、魔力供給ぐらいだな。ほら、今日お前が俺の手握って魔力送っただろ。それだ。」


「あれが、魔力供給」


「サーヴァントが力を発揮するためには、魔力が重要だ。まぁ、車でいうガソリンみたいなもんだな。たくさんあればそれだけ長い時間全力でアクセルを踏めるし、逆にガス欠になれば止まる。だから、マスターがどれだけたくさんの魔力を持ってるかがこの聖杯戦争の勝敗を握る」
実際、強いサーヴァントを引き当ててもマスターの魔力が少なければその力を十分に発揮させられねぇ。逆に弱いサーヴァントを引き当ててもマスター次第でそいつは強くなれる。俺は戦闘中死ぬほど魔力を使うからこの名無しの魔力がどれだけあるかが重要になってくるが、生前の名無しはたしか自分でも魔力を使って攻撃をしてたから、魔力量は十分あったはずだ。


「私って魔力があったの?」


「ああ、少なからずあったみてぇだな。あの時、間違いなく俺に流れてきたのはお前の魔力だ」


「そんな力があっただなんて・・・・」
カルデアでは電力を魔力に変えて俺らに魔力が供給されてたから、名無しから直接魔力をもらうことはほとんどなかったが、たまにレイシフト先で何かあった時には、今日みたいにすぐに俺の手を握って魔力を注いでくれてた。大して魔力を使った戦いでもねぇのに、いちいち終わるたびに手を握ってきて、最初はめんどくせぇマスターだ。と思ってたが、俺の身を心配してくれてると思うと少しだけ心地よかった。


「つーわけで。あんまり俺から離れるな」


「えっ?」


「だから!いつ他のサーヴァントから命狙われるかわかんねぇから離れんな。って言ってんだよ!!」


「ほ、他のマスターとサーヴァントもそうなの?!」


「ああ。戦闘以外は命令されねぇ限りは片時も離れねぇよ。ちゃんと聞いてたか?敗北条件は、マスターかサーヴァントが死ぬことだぞ」


「でも、家にはお父さんが・・・・・」


「じゃあ、俺が戦いを終わらせるまでここに住め」


「へっ?」


「さっきも言ったが、ここには月末にしか人が来ねぇし、一緒にいた方がお前も安心だろ」


「安心は安心だけど、け、結婚前の男女が一つ屋根の下で寝食を共にするなんて・・・・」


「じゃあ、結婚すりゃいいだろ」


「お、王逆くん!!!な、何言って!!それにそんなこと軽い気持ちで言っちゃ!!」


「軽くなんかねぇよ」


「えっ?」


「お前の命がかかってるんだぞ。軽い気持ちなわけねぇだろ」
お前が、安心できるなら一緒に暮らすし、一緒に暮らすのに結婚が必要だっていうなら、俺はお前と結婚だってする。それで、お前に何もねぇなら俺はそれでいいんだ。


「王逆くんは・・・・そんなに聖杯に叶えて欲しい願いがあるの?」


「あぁ。ある」
俺の真剣な顔を見て、名無しは開こうとしていた口を閉じた。
俺の願いはただ一つ。
あの時に戻って一人残したお前を助けることだ。そのためなら、俺はなんだってする。


俺は必ずこの聖杯を勝ち取ってこの願いを叶える。