一番に届けたい
深夜、ふと目が覚め、何時だろうかと辺りを見回すと障子の向こうに人の気配を感じた。
藩邸内では危険は少ないのだが反射的に枕元の太刀に手にその気配をうかがった。
障子に映る姿形や本人は気付いていない独特の甘い香りがその人物を特定させた。
手から刀を離し、障子に近付き静かに引いた。
「小娘…どうしたんだい?」
「こ!小五郎さん!」
突然引かれた戸に驚きを隠せない様子の小娘は元々大きくくりくりとした瞳を一層大きく見開いて私を見つめていた。
その格好は寝間着に羽織をかけただけのとても無防備なもので…。
こんな時間に自室に引き入れるのも気が引け、立ち話を続けることにした。
「こんな遅くに…しかもそんな薄着でどうしたんだい」
「あの…これを渡したくて…」
小娘の手の中にあった薄い蒼の紙が私の方へ差し出された。
「これは…文かな?」
「はい。お祝いはまた今夜にでも皆さんでする予定なんですけど…誕生日に…日付が変わって一番に渡したくて」
一体なんの祝いだと思いを巡らせていたが「誕生日」という単語に以前交わした会話が思い浮かんできた。
「ああ、今日は私の生まれた日か…。君のいたところは生まれ日に祝いをするんだったね。日付が変わって一番にというのもそのひとつかい?」
「はい。日付が変わった瞬間にお祝いのメール…じゃなくてお手紙を送るんです。」
微笑みと一緒に渡された文に心がほかほかと暖かくなる心地がする。
「日付が変わる瞬間は分からなかったんですけど今日一番に貴方に会って渡したくて!」
まっすぐに向けられる表情は憎らしいくらい純真なもので…それはもう何とも言いがたく…。
「こんな時間にこんな可愛いことを言われるとは…まいったな。」
嬉しいよと心のうちを伝えれば、小娘は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「さて、祝いの品はこれだけかい?君さえよければもうひとついただきたいんだが…」
言い終わるや否や「え?」と私を見上げる小娘の肩を抱き、部屋の中に引き入れ、祝いの品をもうひとついただくことにした。
少し蒸す水無月の夜…
***
小五郎さんへ
お誕生日おめでとうございます。
この日まで生きてきてくれたことに心から感謝します。
私は貴方に出逢えて、傍らに置いていただいて本当に幸せです。
小五郎さんを産み、育ててくれたご両親をはじめとした周りの方皆さんに感謝します。
いつまでも一番近くで貴方をお祝いできますように
小娘
***
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