小五郎たんのばーすでー 乾杯編 writer:ちえり
わたしの声かけに小五郎さんが、ふんわりと柔らかな笑みを湛えた視線をくれる。
「そんなに慌てて、どうしたんだい?」
「え、あ……これは、なんでもありません!」
「そうかい?」
わたしはドキドキと高鳴る胸に手を当てて、小さく深呼吸をしながら小五郎さんが履き物を脱いで上がる姿を見ていた。
そうしてスッとわたしの前に立ちはだかった小五郎さんが、なんだか不思議そうな顔つきでわたしを眺めてる……
「あ、あの・・・?」
「それは、以前に私が君に贈った着物かな?とてもよく似合っているね」
そう言って、ぽんっと優しく頭を撫でてくれた。わたしは嬉しさと、恥ずかしさで熱くなった顔を隠すように俯きながら言葉を選ぶ。
「ありがとうございます……あの、皆さんがお待ちですので。お部屋まで案内させて下さい、こちらです!」
「ふふっ、なにか皆で面白い企てをしているようだったね……こうして私も呼ばれるということは、仲間に入れてもらえるのだろうか」
(ば、ばれてる!?)
見透かしたようにクスッと笑いながら語りかけてくる人を後ろに引き連れて、わたしはみんなが待つ部屋に向かった。
*
小五郎さんを襖の前にと促して、屈んだわたしはゆっくりと襖を開きながら――
「皆さーん、小五郎さんが到着しましたー!」
開ききった襖の向こうに広がっていたのは、わたしがイメージしていた飾り付けとちょっぴり違っていたけれど、慎ちゃんと以蔵が頑張ってくれたのがよく分かる。
部屋の中心には大きな垂れ幕が吊るしてあって、達筆な墨文字で大きく一文が書かれている……
なんて書いてあるのかは分からないけど、「小五郎」の三文字が入っているのだけは読み取れた。たぶん、高杉さんが書いてくれたんだと思う。
「どうだ小五郎っ、驚いたか!」
「桂さん、おかえりなさいッス」
「はっぴーばーすでーじゃ、桂さん」
呆然と眺めていた小五郎さんが、わたしに振り向きながら問い掛ける。
「小娘さん、これは一体……」
「未来では生誕の日を祝う風習があるらしいですよ、桂さん。小娘さんが張り切ってぱーてーというものの準備をしてくれたのです」
「先生と龍馬が選んだ贈り物もあります」
「小五郎さん、おめでとうございます!さぁ、入って入って……みんなでケーキ食べてお祝いしましょうよ!」
「けぇき?」
「誕生日ケーキです。わたしが作ったんですよ!」
「そうだっ!食い意地の張った小娘が作った菓子だ、旨いに決まっている。早く食うぞ!」
「ちぃと待ってくれんか高杉さん、その前に“かんぱい”じゃ!西洋では宴の前に“かいぱい”をするんじゃ!そうじゃろう、小娘さん?」
「はい!そうです、じゃあまずは乾杯しましょう!」
上座にあるお誕生日席に小五郎さんを座らせて、わたしはみんなを見渡した。
龍馬さんはニコニコしてて、以蔵と慎ちゃんは興味津々で、兎に角みんな楽しそう……高杉さんに至っては、早くしろ!とケーキが楽しみで仕方がないみたい。
そんな中、武市さんだけがちょっと難しそうな顔をしていた。
「武市さん、どうしたんですか?」
「ああ、すまない。“かんぱい”とは一体どんなものだろうかと考えていたんだ……なにかを完結するものなのか、冠のことなのか、貫徹するものなのか……」
「おお、そうじゃ!小娘さん“かんぱい”とは何じゃ!?何をするんかのぅ?」
(ええ!龍馬さん、知らずに言ってたの!?)
「え〜と、乾杯っていうのは……なにかを祝う時に、飲み物が入ったグラスを一斉にかかげた後、それを飲み干すこと…かな?」
「成る程、一本締めの逆ような役割だろうか?」
「そうです、そうです!そんな感じの掛け声みたいな開始の合図のような役割です!」
「ぐらすというのはなんじゃ?」
「グラスは湯呑みや杯と同じで、飲み物を入れるものです」
言いながらわたしは、並べた湯呑みにお茶を注いでゆく。熱々に用意されたそれは、ちょうど良い温度にまで下がっていた。
ぐるりと回ってみんなに配り、自分の席に着いて温かい湯呑みを握りしめた。
「では皆さん、わたしが“乾杯”って言ったら後に続いてくださいね」
「以蔵くん、そんな不安そうにしてないで…姉さんの真似をすればいいッスよ」
「なっ、俺は別に……!」
「はいはい、じゃあいきますよー!……小五郎さん、お誕生日おめでとうございます。かんぱ〜い!」
湯呑みを片手に掲げると、みんなの手が次々に挙がった。
「かんぱいじゃー!」
「かんぱいッス!」
「か、かんぱい…ッ」
「かん杯」
「かんぱいだー!小五郎、お前も早くやらんか!」
「ん?この場合、私もやるのべきなのか?…小娘さん、乾杯」
全員の湯呑みがぶつかりそうなくらい寄り添ったところで、小五郎さんの誕生日パーティーが始まった――
プレゼント編に続く
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