先手必勝
「ん〜綺麗な空に真っ白な入道雲かぁ。綿菓子みたい!」
今日は朝から会合ということで私は邪魔にならないよう寺田屋の庭掃除をしていた。
見上げた空には夏らしい空が広がっていた。
「小娘!相変わらず惚けた顔をしているな。空を見ながら口が空いたままだぞ」
「お、大久保さん!」
急にかけられた言葉に慌てて空に向かって開けていた口を閉じ、その声の主に顔を向けた。
「もう会合は終わったんですか?」
「いや、土佐だけで話しているから席を外してきただけだ。」
あっさりした言い方だけど私の質問にはいつも的確に答えてくれる。
「それにしても綿菓子とは?」
「砂糖を綿のようにしたお菓子のことです。そういえば、ここでは見掛けませんね」
「ふむ…やはりお前は食べるものばかり詳しいな。ところで小娘。お前はいつ家に帰るんだ?帰らないならこんなところは出て早く藩邸にこい」
「あ、心配してくださってありがとうございます!」
「…心配なぞしておらん。藩邸でこき使ってやろうと思っただけだ」
「ふふふ、わかりました、わかりました。ありがとうございます!」
再びお礼をいうと、大久保さんはちょっと困った様子を見せて眉を下げた。
「まったく…話を聞かない小娘だ。
時に今日はいつもとの年に合わない着物とは少し違うな」
「あ!わかります?これは…桂さんがくださったんですよ〜!いくつか用意してくださって♪素敵ですよね!」
(普段は厭味しか言わない大久保さんがこんなことをいうなんてかなりほめてくれているに違いない。)
「ほぅ…、流石、桂君だ。少しはましに見えるぞ。桂君にはかなわないがな」
最後の言葉を発すると同時に大久保さんはくくっと笑いをこぼした。
***
「そんなのわかってますよぉ」
多少膨れっ面になり、口を尖らせたまま答える小娘。
その姿を見ているだけでくつくつと笑みがこみ上げてくる。
「まったくそんな様だとまだまだ子供だな。私がじきじきに教育してやろう」
「もぉ〜いいんですよ。私、近いうちに長州藩邸に移ることになってますので」
「………なに?」
思いもよらない言葉に小娘の方に視線を戻すとその本人は嬉しそうに言葉を続ける。
「寺田屋も最近危なくなってきたから私だけ移ることになったんです。」
「誰が決めた?土佐の連中か?」
「龍馬さんたちも賛成してくれましたよ。」
(長州…高杉君か?坂本君たちに懐いていると思っていたが…)
いろいろと思案をしていると廊下から人が近づいてくる気配がした。
「楓さん、失礼するよ」
「あ、こ…桂さん!どうぞお入りください」
襖から現れたのはさきほどまでの話題の主だった。
「桂さん、もうお仕事は終わったんですか?」
「私の用事は終わったよ。」
「そうですか。お疲れ様でした。お茶をお持ちしましょうか?」
「いや、先ほどいただいたからもういいよ。それより、さぁ、楓さんこちらへ」
「はい、桂さん!!」
桂君は自分の隣を促すと、楓はそれに素直に従う。
小さな違和感。
「あ!桂さん、さっき大久保さんに着物褒めてもらったんですよ!」
「そうかい、大久保さんに褒められるなんて光栄だね」
穏やかに笑いあう二人に更に違和感。
「あと、大久保さんが心配して藩邸にくるよういってくれたんです。やっぱり本当は優しい人だったんですね。桂さんが教えてくれたとおりでした!」
「そうかい」と頭を撫で、見つめる様子は甘い空気が漂うもので…体の奥から湧き出る微かな不快感
私の気配が変わったのに気づいたのか、桂君はすっと顔をあげ、
「大久保さん、楓さんは我が藩邸で大切に預かるのでご安心ください。近々我々は長州に戻る予定なので京よりは身も心もゆっくりできるはずです。」
「高杉もとてもご機嫌でなにかと助かっています」と続ける桂君は男とはわかっていても見惚れるような美しい笑みを浮かべた。
(なるほど…先手か…)
「やはり君がいるから長州は侮れん」
私は美しい微笑に負けないくらいの表面上はそれはそれは涼しい笑みを返した。
≪おまけ&アトガキ≫→
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