旅愁
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更(ふ)けゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思いに 一人なやむ
恋しやふるさと なつかし父母(ちちはは)
夢路にたどるは 故郷(さと)の家路
更け行く秋の夜 旅の空の
わびしき思いに ひとりなやむ
窓うつ嵐に 夢もやぶれ
遙(はる)けきかなたに 心まよう
恋しやふるさと なつかし父母(ちちはは)
思いに浮かぶは 杜(もり)のこずえ
窓うつ嵐に 夢もやぶれ
遙けきかなたに 心まよう
***
「『更(ふ)けゆく秋の夜 旅の空の』か…。」
(秋って好きなんだけど…でも、なんか物悲しくって、無性に人恋しくなっちゃうんだよね…。
旅路なら帰る手段も分かるだろうけど、私の場合「旅路」じゃないしなぁ…)
私は自室の前の縁側に腰掛け、澄んだ空気の中に光る大きな月を眺めながら、昔習った歌を口ずさんでいた。
(お父さんお母さんは元気かなぁ…カナちゃんもどうしてるんだろう…。)
歌のせいか、秋のせいかは分からないけど、唐突に元の世界のことが気になってしまう。
目頭が熱くなってきたので、それを隠すように膝を抱え、その上に頭を据えた。
「茶利さん、眠れないのかい?それなら温かい飲み物でもどうかな?吉野のいい葛が手に入ったんだよ」
「桂さん」
急に降ってきた声の主を見上げると手のお盆の上にはほかほかとした湯気のたつ湯飲みが3つ。
(3つ?)
「よし、それを飲み終わったらとっとと寝ると約束しろ!明日は朝から外に出るぞ!」
「高杉さん!?」
またもや頭の上から降ってきた声の方に顔を上げると高杉さんが満面の笑みを浮かべていた。
「え?二人ともどうして?」
「綺麗な声で囀る鳥の声が聞こえたからね」
「俺も聞こえたぞ!天女の声が!」
「ぇぇぇぇぇ!」
自分の歌声が藩邸内に響いていたという事実。
(そういえばこんなに夜だもんね。恥ずかしい〜!)
焦る私を見て、二人は柔らかく笑っていた。
こんな時間に私の部屋に入るのは…という桂さんのお言葉もあって、近くの空いている部屋に入り、桂さんが作ってくれた葛湯を口に含んだ。
ほんのりとしたやわらかい甘みが心も身体も温めてくれる。
普段ならお酒がいいと駄々をこねそうな高杉さんもふぅふぅと葛湯を冷ましながら口に運んでいる。
その様子がなんだかとっても可愛いくて知らず知らずのうちに頬が綻んでいた。
「お、やっと笑ったな。明日は久しぶりの休みだ!おまえの行きたい所につきあってやるぞ!」
「え!本当ですか?」
「晋作?お前は別に休みじゃないだろう?」
「いや、俺が休みと決めたんだ!」
「そんな勝手に…まだ溜まっている書簡があるはずだが?」
「あんな切ない表情をされたらほっとけないだろう。あのままほっておいたら十五夜には月に帰っちまうぞ!」
「それは確かに一理あるが、でも、お前には仕事があるだろう?明日は私が手が空いているから」
「なにぃ?お前、抜け駆けだな!!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれるかい。茶利さんの心が慰められたらと思っただけだよ」
「それを抜け駆けといわずになんと言う!」
二人かけあいと心遣いがうれしくてニコニコと話を聞いていたら、ふとあることを思い出した。
「あ!」
「「ん?どうした(んだい)?」」
「そういえば、明日は大久保さんがオススメのお菓子を届けてくれるって言ってたんですよね。」
「なにぃ!お前いつ大久保さんと話をしたんだ!」
「一昨日の会合の合間に。待ち時間に何か話をしろ、芸はないのかっていうから苦し紛れにさっきの歌を歌ったら、なんだか大久保さんがやけに優しかったんですよねぇ。」
「「…」」
「おい、小五郎」
「そうだね。晋作」
「「茶利(さん)、明日は出掛ける(ことにしよう)!」
「え、でも大久保さんのお菓子…」
「そんなものは帰ってからでも大丈夫だ!」
「それよりどこにいこうか?早朝から出掛けて遠出をしようか?」
私が口を挟む間もなく、あれやこれやと明日の予定が次々と決まっていき、一日中いろんなところへいくことになるのだった。
アトガキ→
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