攻防


長州藩邸にお世話になって半月。
お世話になっているお礼というか、特にすることもないので、お願いする形で半ば無理矢理やらせてもらっている庭掃除をしていると、後ろから聞き覚えのある声が響いた。

「小娘!こちらへこい!」

「へ…?」

振り向くと腕組みをして見下ろす長身の人。

「大久保さん!!何回いったら覚えてくれるんですか!小娘じゃなくって翔子です!」

「ふん。相変わらず騒がしい小娘だ。」

相変わらず、こちらの反論には耳も傾けずに淡々と話を進める。

「これをもってきたので渡しておく。会合の茶菓子にでも使え!」

大きな風呂敷を目の前に出され、とっさに受け取り、中身を開けてみれば色とりどりのお菓子たち。

「わぁ、干菓子!?かわいい〜!!!って、こんなにいっぱい皆さん食べれるかな?」

呆れたような目線とともに、大久保さんはふんと鼻を鳴らした。

「誰が全部出せと言った。余分はお前が食べればよい」

「え、いいんですか?ありがとうございます!」

「ここの干菓子は実に茶に合って美味しいからな。いくら肉付きが悪いとはいえ、一気に食べて丸々と肥えないようにな。」


いつもは見せない綺麗な笑顔を浮かべた大久保さん

(くっ!何その笑顔〜!!
ってか大久保さんってば相変わらず一言多い!!!)

予想外の笑顔のせいで壊れたように胸を打つ心臓がうるさくて…反論の言葉を返そうとする頭とは裏腹に言葉を出せずにいた。

それでも必死に言葉を捜していると、後ろからクスクスと桂さんが笑う声が聞こえてきた。

「大久保さん、翔子さんとのお話はそれくらいにしていただけますか?会合が始まりますよ。この者がご案内しますので。」

穏やかながらたしなめる様なその声に少し眉をあげた大久保さんは「そうか、では行こう」と踵を返した。

案内役の藩士の人と共に奥へ消えた大久保さんの背中を見送った後、桂さんに大久保さんからいただいたお菓子のことを報告をして、お茶出しの手伝いのために水屋に一緒に向かった。


***


数日後、藩邸の廊下で普段見かけるはずのない、しかし見知った背中を見つけ、声をかけた。

「…大久保さん?本日はどうされたんですか?会合の予定は特にないはずですが?」

「あぁ、桂君。先日の会合の折に煙管を此処で置き忘れてしまって、直ぐに対処してくれた者がいてな。その者に礼をと思ってこれをもってきたのだが」

手には礼というには大量の菓子折りと思われる風呂敷包みがあった。

「それはそれは…わざわざお気遣いいただいてありがとうございました。では私の方で預かります」

「よろしく頼む」

大久保さんから差し出された包みを受け取った時、背後から可愛らしい声が響き、年頃の娘さんには少々似つかわしくないが、翔子さんの可愛らしい足音がぱたぱたと近づいてきた。

「あ!いたいた!桂さ〜ん!」

私が振り返ると話し相手がいることに気付いたらしく、慌てた様子で頭を下げる。

「あ、すいません、お話中でしたか。
あ…大久保さんだったんですね。こんにちは。今日も会合ですか?」

彼女にしては少し緊張した面持ちで笑顔を大久保さんに向ける様子に多少違和感を感じつつも二人の会話を見守った。

「いや、所用だ。」

いつもと変わりなくそっけない返事を返す大久保さんに翔子さんはニコニコと笑顔を返す。

「そうですか。この前のお菓子ありがとうございました。とっても美味しかったです。」

「ふむ、この頬の膨らみ具合からしてたくさん食べたんだろう?ほら餅のようによく伸びる。」

彼女の白く柔らかそうな頬に何の躊躇いもなく手を伸ばす大久保さんはいつになく楽しそうだ。

「いひゃい、やめてくらはい、おおくぼひゃん」

文句を言いつつもやはりどこか楽しそうな翔子さん。
ちりっと痛む胸の内を隠しつつ、なるべく柔らかい声を出すように意識して二人に声をかけた。

「大久保さん、彼女をからかうのはそれくらいにしていただきたいですね。」

それでもつい尖った口調になった私のほうを二人が振り向き、大久保さんは可笑しそうに、翔子さんは困ったように笑った。



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