末広



「あみ起きろ、出掛けるぞ!」

「え…?晋作さん?」

目覚めと同時にふってきた晋作さんの声にわたわたと飛び起きた。

最近は寝起きを共にしていて晋作さんの腕の中で目覚めることも少なくない。

「いつもなら、私が起きるまで待ってるのに…起こすなんて珍しいな…」

言われるがままに慌てて支度をし、屋敷の入り口に向かうと馬に跨がる晋作さんがいた。

「遅いぞ!あみ!」

「馬?」

「そうだ!こい!!」

差し出された手をつかむとぐいと手を引かれ、あっという間に馬上にあがっていた。
晋作さんに抱き締められ、抱えられるようにして、馬に乗っていると心臓がバタバタして落ち着かない。



山道に入り、林を抜け、しばらくすると目の前に広がったのは初夏の海だった。

澄んだ空のもとに広がるのは荒々しくも美しい長州の海

「今日はな、天気も気候もいいからきっときれいな海が見られると思ってな。あみに長州の良いところをいっぱい見て欲しいんだ」

ニカっと笑う晋作さんの笑顔はキラキラ輝く海よりも素敵。
荒々しく打ち付け、飛沫をあげる様もまた雄々しい晋作さんみたい。


***

オレたちは馬を降り、岸壁近くまで歩いてみた。
あみの髪が潮風を受け、たなびき、陽に透けている様子はこの上なく美しかった。
その姿を目を細めて眺めているとふいにあみが振り返った。
見惚れていたことの恥ずかしさをごまかすように懐から一つの箱を取り出した。

「これをお前に」

小さな木箱を手渡し、開けるよう促す。

「え?扇子?広げてみてもいいの?」

「おう!」

色とりどりの花が描かれて扇を広げるとあみは描かれた花よりももっと美しくぱぁっと顔を綻ばせた。

「わぁ!可愛い!」

「いつもいつも仕事頑張って…えらいぞ!
あみはなんにでも一生懸命で、頑張りすぎるからな〜。」

これは頑張っているお前にオレからのご褒美だ!といつものようにガシガシと頭を撫でた。

「頑張るのはいいことだが、無理はダメだ!わかったな!」

ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で整えながら「…でも」と反論しようとするあみ

「でもじゃない!ちゃんと休めるときに休まないとダメだぞ!」

「うん…分かった…」

渋々頷くあみ

小さな子供が大人に怒られたようなあみの様子が可愛くてオレはつい笑みが零れた。


「ところで…あみはこの扇の別名を知ってるか?」

「別名?団扇…じゃないよね?」

「あはは!団扇と扇は別物だろう」

「そうだよね。うーん…」

「末広って聞いたこと無いか?」

「すえひろ?」

「そうだ!この中啓の扇は別名末広といって「次第に繁盛・繁栄する」とか「幸せが末永く続くように」という意味を持つ縁起のいいものだ。」

「へえ〜そんな意味があるんだね」

「そうだ!俺が#あみi#に贈るものとしたらこれ以上のものはないだろう?
だから、あみ。お前はオレだけをみていろ。ずっと一番近くでな」

「うん…」

オレは真っ赤に頬を染めたあみ背中から包み込むように抱き締め、二人で飛沫をあげる海をずっと眺めていた。



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