攻防

***

「最近、良く大久保さんにからわれるんですよね。。。」


大久保さんを見送った後に奥に戻るため、私の後ろをとぼとぼとついてきていた翔子さんが呟いた。

小さく溜息をこぼした翔子さんの小さな頭に手を添え、ぽんぽんと叩き、「あの人はどうでもいい人間をかまったりしないんだよ。気に入られてるんだね。」とからかい半分でいえば、

「そうですかね?…でも、あんな気に入られ方は嫌です!!もうちょっとこう…いや何でもないです!」

いつもの可愛らしい顔を歪めて憤ったり赤く頬を染めたりくるくると表情を変える翔子さん。
身長差のせいで下から私を見上げる翔子さんは必然的に上目遣いになっていて…

「それはそうかもしれないが…」

体内に沸き上がる気持ちを誤魔化すように言葉を紡ぎだし、にっこりと微笑んだ。

「まぁ、私もこの件に関しては敵に塩を贈るつもりはないんでね」

「え?なんですか?塩?」

「いや、なんでもないよ。それよりお茶にしようか。晋作もそろそろ疲れて部屋から飛び出してくる頃合いだ」

「ふふ、そうかもしれませんね。」

「先ほど大久保さんから頂いたお菓子があるから3人でいただこうか」

「はい!じゃあ私はお茶の準備をして高杉さんのお部屋にお持ちしますね。」

「うん。お願いするよ。」

可愛らしい微笑みを浮かべ、水屋に向かう翔子さんの後ろ姿を見つめた。

(…あの人は多分誰よりも強敵だからね)



***


数日後、京の町


「あれ、大久保さん!」

なぜか目を引くこの娘にさも今気づいたかのように眉間にシワを寄せてみせた。

「………小娘か。
こんなところで一体何を油を売ってるんだ」

「油なんて売ってません。ちゃんとお使いですよ!高杉さんの干菓子を買いにきたんです」

「ここまで一人でか?」

「はい!忙しいお二人の役に立ちたいと思って絶対に一人で行かせてくださいって頼んだんです!」

「ふむ」

自信満々に胸を張る小娘をみやりつつ、辺りを見回すと、少し離れたところでこちらを見ている桂君と目があった。

「…ふん。また回りくどいことを」

「へ?」

「いや、なんでもない。ところで、どこの菓子を買うんだ?」

「先日大久保さんが持ってきてくださったお店のお菓子を高杉さんが凄く気に入っちゃって」

「なるほど、あの菓子の味がわかるとは高杉君の舌もなかなかだな」

「すごく美味しかったですよ。藩邸の方々もそう言ってましたし。
あ、小五郎さんも褒めてましたよ。流石に大久保さんは舌が肥えてるって」

「…………………ふむ、なかなかどうして、やはり侮れんな」

「?」

何のことを言われているのかさっぱり分からないといった様子で小首をかしげる小娘。

(名前を呼ばせるくらいになっているということか。あまり猶予はないようだな)

「小娘!」

「は、はい!?」

「わからんか?」

「なにがですか?」

「では、教えてやろう。ちょっと耳を貸せ」

桂君からは見えにくい位置にわざと立ち位置を変える。

「はい」

素直に身体を近づける小娘に身を屈めて近づくと遠くで見ている男の纏う気配が一瞬にして変わるのを感じた。

「ふっ」

「きゃ、なんですか?耳元で笑わないでくださいよ」

「やはり今日のところは教えるのはやめにしよう。迎えが来たようだ」

「え?」

私が目をやった通りへ振り返ろうとする小娘の表情が一瞬残念そうに見え、心が揺さぶられる。

「そんな顔をするくらいならとっとと我が藩邸にこい。お前を悪いようにはせん。」

「…大久保さん」

「早くあの保護者から卒業せんといつまで経ってもものの分からぬ小娘のままだぞ」

(あと10歩)

「私はお前とお前の心を受け入れる準備はできている」

(あと5歩)

「だから私のものになれ」

(あと3歩)

ぐいと翔子の腕を引き、自分の元に抱き寄せると耳元に甘く囁いた。

「私はお前を自分の手元に置きたいのだ」

「…え?大久保さんホントに?」

(来たな)

腕の中の翔子を後ろに向かせると桂君が冷ややかな笑みを称えて立っていた。

「さぁ、桂君に世話になった礼をせんか」

「え、あ…桂…さん」

「…大久保さん、こんにちは。これは一体?」

「こんなときにも挨拶からか。
まぁいい。翔子が私のもとにありたいと望んでいるので、それなら受け入れると話をつけたところだ。本人の希望なら文句はないよな?桂君?」

「彼女がそんなことを望むわけ…」

桂君はちらりと翔子を見やったが、頬を真っ赤に染め、未だに固まったまま呆然としている。


「無言は肯定だ。問題は何もない。
なに、恥じらっているだけだ。安心したまえ。
このまま小娘は引き受けよう。荷物は誰かに後程取りにいかせよう」

「なんとっ!?大久保さん待ってください。」

「なんだ?桂君」

沈黙のまま、互いが互いを牽制するように見つめあう。



「私も暇ではない。さぁ#翔子、薩摩藩邸に戻るぞ。」


翔子の肩を抱き、踵を返すと背中には剣気とも殺気ともとれるものがびりびりと飛んできている。

(さて、あの様子なら今後は益々多方面に気を配らなくてはならんな。…まぁ手にいれた以上、手離すつもりはないが、また忙しくなりそうだな。)

手中にある温もりと今後を思案しながら薩摩藩邸に足を向けた。


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