春の香り

私は桂さんの姿を捜して藩邸の中をウロウロとしていた。

今日は高杉さんは会合で外出していて、桂さんは藩邸にいるはずなんだけど…
思いつく場所は捜してみたけど見当たらない。

「はぁ、桂さん、どこいっちゃったんだろう…」
独り言を呟けば、通りかかった女中さんが笑いながら炊事場におられましたよと教えてくれた。

もう朝餉はいただいたし、昼餉の準備には早い。
どうしてそんなとこにいるんだろうと思いながらも足は炊事場に急いでいた。

炊事場につくと、そこは少しだけ甘い香りが漂っていて、襷掛けをした桂さんがまっすぐな背筋でかまどの鍋に向かっていた。

その凛とした姿に見惚れていると、視線を感じたのか桂さんが振り向いた。

「おや、舞子さん。どうしたんだい?」

「桂さん、何を作っているんですか?すごく甘い匂いがしますけど…」

「あぁ、晋作がね、帰ったら桜餅を食べたいと言ってたので作っているんだよ。
買いに行ってもよかったんだけど、今日は時間があったから」

(時間があったから桜餅を作るって…すごいなぁ)

尊敬の眼差しを向けていると、桂さんは苦笑いを浮かべた。

「私もお手伝いさせてもらってもいいですか?」

「ああ、歓迎するよ」

桂さんの隣に並ぶようにして鍋を覗いた。
鍋の中にはこし餡、後ろにある台には塩漬けにした桜の葉と花、蒸しあがったもち米は桜色に色づけされていた。

(桂さんって料理が上手な上、こういう甘味もつくっちゃうんだ…
私ってば、なんでこんな完璧な人を好きになったんだろう。)

桂さんは火から下ろされた鍋を台にもってきて濡れ布巾の上に置いて、餡が早く冷めるようにゆっくりとしゃもじを動かす。
その桂さんの手につい見惚れる。

(綺麗な手…すらりと長く、骨ばっているけど男の人特有のごつごつという感じがしないもん。)

ぼぉーっと眺めていると目の前に何かが差し出された。
「ほら、舞子さん、味見してみて」
さっきまでしゃもじが握られていた手の人差し指に少し餡が掬われていて

「ぇ?え?」

「ほら、口をあけて、あーん」

言われるがままにあーんと口を開けると、桂さんの綺麗な指が口にするりと入り、舌の上に餡をのせられた。

反射的に口を閉じてしまったため、桂さんの人差し指をくわえるような形になってしまい、慌てて口から指を開放したが、恥ずかしさのあまり茹蛸のように真っ赤になってしまった。

桂さんはその人差し指をじっと見ていたかと思ったらおもむろに口の中にいれた。

「か、桂さん?!」

吃驚して裏返った声で名前を呼べば、

「まだ餡が残ってたんだよ。うん。甘いね」
と微笑んだ。

その後はというと、カチンコチンになりながらもなんとかお手伝いをこなし、美味しそうな桜餅が出来上がった。

「わぁ!凄く美味しそう!高杉さんもきっと喜びますね」
ニコニコと桂さんの方を見ると、
「うん。そうだね」
と優しい微笑みを浮かべる桂さんに胸が早鐘のように鳴った。

「そうだ、ちょっと待ってて」と席を外した桂さんからお手伝いのお礼にと小さな箱が渡され、開けてみると桜の花と葉が型どられたキラキラと光る綺麗な干菓子だった。

「わぁ!こんな可愛い干菓子初めて見ました!」

「舞子さんのために用意していたものだよ。これからその干菓子と桜餅を持って二人で桜を見に出掛けないかい?」

「え!いいんですか?高杉さんは?」

「晋作の分は置いておけばいい」

「さぁ」と差し出された手を私は迷わずきゅっと握りしめた。




≪アトガキ≫→



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