手紙
初恋、と呼ぶのに相応しいかわからない。だけど、わたしが初めて男の子に憧れたのはまだ小さな小さな子供の頃で。大きくなったら結婚する、お嫁さんになるって言っていた記憶がある。
その相手は、わたしより十歳離れた従兄弟のお兄ちゃん。…実は剣道を始めた理由も彼だったりする。
そんな彼から、幕末に居るわたしに手紙が届いた。
どうやってここに届いたかはわからない。
朝早くに大久保さんがわたしの部屋に来て、襖の隙間からこれを入れてくれた。
「念の為封を切らせてもらった。どうやらお前の近親からのようだ」
それだけ言い残し、静かな足音は遠ざかっていった。
封筒から出てきたのは便箋…ではなく、ノートの切れ端のような、片側が破れてるよれた白い紙。そこに書かれているのは、少し雑なお兄ちゃんの字だった。
『――小娘、元気でいるか?』
出だしからお兄ちゃんの口調が耳に響くような文体に胸が高鳴った。
手紙を読み進める。
『――折角だから、京都に出張したついでに来てみた。何だか不思議な場所だな。連なった鳥居を潜る度、何故かお前の気配を感じる気がした。…なんて、かっこいいこと言うよな俺。上手く文に出来ないから、お前の好きだった歌の詞を借りることにした。
いつも君を想っているよ、距離が遠いほど想いは募っていくよ
……お前の事を考えてる時はいつもこの歌が聴きたくなる。
最後の歌詞一行が特に、胸に響く。…恥ずかしいから書かないぞ。
遠い所に居たって、兄ちゃんはずっとお前の味方だからな。そこが居心地悪くなったら、いつでも帰ってこいよ。
なぁ知ってるか?従兄弟って、結婚出来るくらい他人らしいぞ。
もし帰ってきたら…、結婚するか?なんてな。何書いてんだ。やばいな、叔父さんに怒られる。
帰って来る気がないのなら、そこでいつまでも幸せに暮らしていろ。
…そう、幸せにな。じゃ、元気で。』
――涙が溢れた。視界が霞んで、懐かしさに胸が痛む。
わたしは生きてるよ、とか。
元気にしてるからね、とか。
伝えたい言葉は沢山あるのに、どうやって伝えたら良いのか解らない…。胸を掻きむしりたくなるようなもどかしさに苦しみを覚えた。
「――…小娘」
いつの間にか戻ってきた大久保さんが襖越しに声をかけてきた。わたしは涙を拭いながら「はい」と短く返事する。
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