そうかもしれない

真っ白な毛むくじゃらが庭の中央にて、しゃんと座り込む。


随分と聡明そうな、そして嫌に厳しい表情で隙が無く…
申し分のない美しさの犬だった。


例えるならば、そう…


━━━━━━━…



『小娘。』


『……あ!』


頭に描いた人物が突然現れたもので、南実は脳内を気取られやしないか、はらはらとしながら立ち上がり姿勢をただした。


『はい!』


頭に頭巾、たすき掛けに剣術の際の道着を纏い、薩摩藩邸の長い廊下を糠袋で擦り磨くのは南実の日課である。

鏡のように艶々と光輝く回廊を大久保は丹念に見直す、磨きが甘い箇所があればそちらに立ち止まり、南実は内心舌打ちしながら床磨きに応じるのだった。


『…良いだろう。小娘にしてはよくやった。』


彼が甘い顔を見せれば日課は終わる。
しかしなんだ、今日はその日課をじっと見守る不思議な客人(否…犬であるから客犬と改める。)が居たもので南実は些か困惑していた。何時大久保に聞こうかとばかり思案する程に。

これと言って何の説明もなく、大久保は縁側に腰掛け別に普通だと言わんばかりにその真白の犬の首辺りをわしわしと撫でて水と食事を与えていた。


『あの、大久保さん…その犬さんは?』


『知らん。』


素っ気ない返答が最短で反って来るのでより一層困惑を極めた。


『いやいや…にしてはその子も大久保さんも馴染みすぎですよね…ごはんまであげて』


『…犬好きの図体のデカイ奴が、置いていった。次に屋敷に来る時には引き取るそうだ。この説明で納得しておけ』


ああ面倒だと、彼はあからさまに早口で言った。その冷たい態度など、南実はとうに慣れている。


『さすが犬の人です…藩邸ってそんな自由度高くて良いんですね』


『何処かのお転婆小娘とは違って此れは聞き分けが良いからだ。…なぁ?ユキ。』


大久保がそう言って犬に語りかけると、ユキと呼ばれた犬は地べたに寝かせていたふさふさの尾っぽをポフポフ、と2回揺らした。


『うぅ…』


お転婆とは誰ぞを示しているのか思うとカチンと来るし、じゃあ何故引き取ったのかと半刻ばかり問い詰めたい心境ではあったが、南実は聞かずに大久保の隣に腰を落とし、ユキに声を掛けた。


『………』


しかしユキはこれっぽっちもなびく事なく大久保ばかり見ている。
何度か呼んで、手を鳴らすがどうしてか南実には、だんまりだった。




『……なんだ?随分と嫌われているな』


再び彼に呼ばれた途端、ユキは尾を振って、前脚をちょん、と膝に乗せて大久保の唇と鼻をべろんと舐めた。


『…!!!』


(性格も大久保さんみたいに意地悪だ…!)


『…なんともユキは物好きな犬だな。』


今まで犬になつかれた経験が無かったもので、奪われた唇を拭い大久保は少々戸惑いながらもユキを撫でる手を休めなかった。
その、ふわふわの頭を触れていると忙殺の極みで凝り固まった気分がゆったりと解れて行くのを感じられる。

春手前の雪解けの原っぱの様に、日を浴びて銀色に光る毛並みと、肌色の鼻先が、煮たった黒豆の様なキラキラの瞳を際立たせた。


『主人が居なくて寂しかろう。それでも鳴かずに居るのだから、利口である。お前はさしずめ京の愛加那と言ったところか。』


皮肉な呟きの後に、ユキの無垢な瞳に応えるかの如く微笑む横顔。
ちらりと見える垂れ下がった目尻が小さな笑い皺を作る。
南実に向けられた事があっただろうか、愛情深い笑顔だ。


それに少しばかり妬けてしまう南実は未だ子どもから完全には抜けきれていないのかもしれない。
あんなに撫でられてユキは良いな…とすら、思ってしまう辺り、ユキに負けない無垢さだとも思える。

ただ、ユキの寂しさは自分と通じるものがあって

その健気さや、大久保の優しさは南実にも充分に心地好く思わせた。


『早く迎えに来てくれるといいですねぇ』


南実は座り込む縁側で、道着の袴ごときゅっと膝を抱いて呟いた。


『…何、お前が数日相手をしてやれば直ぐだ。寂しがり屋な小娘同士仲良くしてやれ』


『…へ?あ、女の子なんですか…って、大久保さん何処に行くんですか?』


『着替えだ、よく見たら毛だらけだ』


言うと彼は磨かれた回廊の床に、凛とした後ろ姿をほんのりと映して縁側を後にした。丁度曲がり角に差し当り、彼は少し体を反らせて南実に声を掛ける。


『南実、寂しいからと言って覗くんじゃないぞ』至って真面目に、彼は冗談を言うのが得意なようだ。


『……はぁぁぁああっ!?
誰が…覗く…って!?』


ぷんすかと腹をたてながら南実が言い切る前に彼の姿は無く、ケラケラと笑う声だけが響いていた。






『んも〜…なによっ!



てか…寂しがってなんか…』


(今は…寂しくなんか…)



自分が時代を遡って、行くあてを無くした時の心細さを大久保に見透かされていたのが悔しいと思う反面、擽るように胸をポカポカと照らす。



今はそんなこと無い。

南実は確かにそう伝えようとしていた。





残された縁側に居る小娘一人と一匹は、しゅんとした空気を感じて互いをちらりと見合った。


ユキはつーんとそっぽを向いて

南実はポソリと呟くのだった。



『え……ライバル?』



そうかも知れない

けれどあの男に惹かれてしまう物好き同士なら…

きっと、仲良くなれるかも知れない。



しかしその後、会合にやって来た土佐の武市に何故かユキはベッタリとなった。



(ユキって…面食い…?)



以来
大久保があれ程犬になつかれた事は、南実が知る限り然程無い。




―おわり―

********


『好きな言葉はどんぶり勘定』ご来店30000名様突破記念小説でした。


皆様ありがとうございます!

持ってく人は居ないと思うけど…一応フリーにしておきます。

もしもサイト様に掲載してくださるならば、報告は任意ですが、当サイトの記念小説であるとだけ付け足して下さい。(まず無いとは思うけど自作発言はなさらないで下さいね…)



唄知代でした


***

唄知代さん 30000打おめでとうございます!
こっそりSTKから始まった一方的関係ですが…しっかりいただいてきてしまいました。
もちろんSSも好きですが、長編大好きです!!!
あぁ、リカちゃんどうなるのか・・・w
これからもたのしみにしています^^
唄知代さんの好きな言葉はどんぶり勘定はこちらから♪

20110804 蘇芳

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