坂本龍馬
…あぁ、夜明けだ。
障子越しに映るは、濃紺から紫に変わり始める世界。
戸を開けようと立ち上がる。……が、何かに引かれそのまま床上に腰を落とす。傍らで寝息を立てる娘の小さな手が袖を掴んで放さないのだ。
「――全く、おんしはまっこと可愛らしゅうて敵わん」
呟いて、絹のような髪をすいた。
昨晩の情事を思い、年甲斐もなく胸を弾ませる。目下に映る寝顔を眺めていると、あの幸福の余韻が甦る心地がした。
自分でも分かっている。幸福に耽っている場合ではない身の上であることは。命の危険は絶えない。それも、自らの志が原因なのだからやむを得ない。
……だけど。
「わしは生きる。何がなんでも。…おんしと共に」
愛しい者の為にこの国を変えるのだ。そして新しい日本の幕開けを共に見届けよう。
「――…さぁ、」
目を覚まして。
先ずは手始めに、二人で迎えた初めての朝を…―――
坂本龍馬
『幕が開く』
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