手紙



「入るぞ」

「…えっ」


返事を待つこともなく、当たり前のように戸を開き踏み入ってきた。


「…大久保さん」


ふっと口元に弧をつくると、目を細めながらわたしの方へと近付く。まだ滲んだ視界が彼のそんな表情を更に優しいものに映してしまうものだから、余計に泣きたくなった。


「お前は、その男を好いていたのか?」

「…………はい」


躊躇われたけれど、正直に答えた。すると彼は「そうか」とだけ呟いて、大きな手で頭を撫でる。髪を梳く指が心地好くて、つい涙腺が緩んだ。溢れる涙がぱたぱたと音を立てて手紙に落ちていく。


「……………」


何も言わずに頬を拭い、ゆっくりとした動作でわたしの頭を抱え込むように抱き締める。その温もりに甘えて、彼の背に腕を回した。
暫くの間そうしていて、互いに言葉を交わすことなく時間が過ぎていく…。


「――…なぁ小娘、」


沈黙を破ったのは彼が先だった。返事の代わりに見上げると、見下ろされた目と必然的に視線が絡まる。慈しみいとおしむような眼差しに胸が高鳴り、どきりと跳ね上がった途端に先程とは違う息苦しさを感じて…。見とれている内に、優しくゆっくりと動く唇が近付いてきたのに気付く。


「其の歌の…」

「……うた?」


唇が触れ合いそうな距離で言葉を交わした。首を傾げるわたしを見てふっと笑い、その吐息に瞬きをした隙を衝いて、軽く口付ける。


「…!おおくぼさ…」


即座に指を宛がわれる。口をつぐむわたしににやりと満足そうに笑んで見せた後、


「其の歌の続きを、お前の声で聴いてみたい」


と、唇の輪郭をなぞられる。


「…わたしの、こえ………――」


唇を震わせオウム返しをした後、呟くように旋律を唄う。




――『いつも君を想っているよ
距離が遠いほど想いは募っていくよ』

愛されたいと願う度に
どうしたら届くのかと悩む日々

だから僕は手紙を書いた
想いを込めて手紙を書いた…

月日は流れて過ぎ去ったのに
思い出してはまた君のこと
思い浮かべて歌をつくるよ

ねぇ 今どこにいるの?
ねぇ 君は覚えているかい?

淡い恋に胸を潰した
滑稽過ぎる男のことを

あぁ…
多分 あれが初恋
君が僕の初恋のひと――









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