強襲純愛
「今日はお酒が進みますね」
小娘が持つ徳利が空になったのを見て、あぁと溜め息混じりに返事した。
今宵は月夜。藩邸の縁側から眺める梅の薫りが酒の肴になって丁度良い。時折吹く風が花弁を散らせて儚さの美を彩った。
「あ……、綺麗」
ほら、と風に乗ってきた一片を掌に納めて此方へ向けて見せる此奴の笑顔が可憐だった。
「……おい」
小娘、と言い終わるか曖昧な所で視界が反転した。
「!晋作さん」
慌てて俺の上体を支えて起こし、不安そうに覗く顔が妙に色っぽい。
何時もより進んだ酒も手伝ってか、俺は良い気分で此奴を見上げていた。
…そそるな。
呟くと、上から押さえつけるように倒され、頭を膝に乗せられる。
「…晋作さん。飲み過ぎですね」
一瞬怒った顔になったが、刹那に口元は緩んだ。
「わたしのせいかな…」
注いだのはわたしだもの、と。
苦笑して囁く声が優しかった。
額から髪を梳く柔らかな手が心地好くて、次第に睡魔が襲ってくる。
「……寝ても良いよ?」
微睡みの中、くすりと静かに溢れる笑みを夢見心地に眺めながら、妖艶に弧を描く唇を奪いたい衝動に駆られる。
「……小娘…」
名を呼ぶ。
手を伸ばし、指先がそこに触れた所で意識が白く遠退いて行った。
「――……ん、」
肌寒さに目を覚ました。最初に飛び込んだのは寝間の天井で。どうやら床に入っていたようだった。
不意にからりと戸が開く。
「――あ、起きました?」
「……あぁ」
起き上がり見ると、風呂上がりであろう浴衣姿の小娘が居た。上気した肌から僅かに湯気が立っている。
気分はどうかと訊ねながら此方に歩み寄り、傍らに座った。漂う香りが仄かに甘く鼻を擽り、胸をざわつかせる。
…ふと己の違和感に気付いた。何時の間にか洋服の前身が晒され、外気に触れていたのだ。
…成る程。故に肌寒かったのかと納得する。
「あ、すみません。寝苦しそうだったので…」
ボタン外しました、と顔を赤くしながら逸らし、用意していた浴衣を差し出される。
あぁこういう顔も可愛らしいなと思わず頬が緩んだ。
あぁ、すまない。
そちらに手を伸ばし礼を述べた瞬間…――ぐるり、世界がひっくり返る。
明らかに油断していた俺は、天井を見ながら己が倒れたのだと漸く理解した。そして、その上には柔らかな重さ。
「……………小娘?」
胸上に目線を向ければ、恥じらうように潤ませた上目を見せ付けられる。それは、この肩を掴み押し倒した張本人だとは到底思えないほど初で愛らしい生娘の顔だった。
「晋作さん…」
「…………っ」
ごくりと喉が鳴る。絡まった視線に息を飲んだ。
近付く距離、高鳴る鼓動、そして目眩。
「………好きです…―――」
……あぁそうか、今宵俺はこの女に奪われるのだ。
確信したのは、自ら欲していた唇が重なった時。動く筈の腕も意を持たず、この身体は女の為すがままにされるだけ。
『強襲純愛、』
(君の為すがままに、僕は君にされるがまま)
終
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