椿小道
.
(長州藩 桂小五郎)
薩長同盟締結後、私たちは蘇芳をつれて長州へ下った。
「蘇芳、明日は久々にゆっくりできそうなんだ。遠出になるが少し付き合ってくれないかい?」
「はい!喜んで!」
一緒にお出掛けなんて久しぶりで緊張しますと赤く頬を染める蘇芳は恋仲と呼ばれる関係になってもいつまでも初々しく愛らしい。
長州に帰り、身の危険は京に居た頃に比べれば少なくなったものの、通常の仕事以外に幕府との戦争や異国との貿易など心も体も休まる暇はなく、蘇芳と共に過ごす時間が格段に減ってしまっていた。
それなのに恨み言の一つも言わず、いつも私のことを優しく気遣ってくれる彼女への想いは増すばかりである。
この時期に美しいと評判の笠山椿群生林へと足を向けた。
(主劇 蘇芳)
久々に小五郎さんとお出掛けが出来ることが嬉しくて昨夜はよく眠れなかった。
以前小五郎さんに見立ててもらった着物に袖を通し簪をさす。
(せっかくのデートならお洒落したいもんね)
「この先は道が悪いから」と差し出す小五郎さんの手に照れながらも手を重ね、指を絡ませた。
「ちょうど見頃だと聞いてね。是非見せたかったんだ」
と優しく微笑む小五郎さんを見ると今までなかなか一緒に過ごせなくて寂しいと思っていた気持ちが溶けていくようだった。
歩を進めると見渡す限りの椿が咲きみだれていて、道に落ちた椿の赤い花の絨毯は見たことのない美しさだった。
(長州藩 桂小五郎)
目の前に広がる光景に息を飲み立ち尽くした蘇芳は少しの沈黙の後、
「すごいですね!!!」と歓喜の声をあげ、満面の笑みを浮かべた。
その笑みを見れただけでも連れてきた価値があったと思う。
来年も再来年も二人一緒に折々の季節の草花を愛でたいと願う。
「来年もここの椿を見れるかはわからないんだが…どこにいたとしても一緒に折々の花を見たいと思うんだが…」
「………」
随分と遠回しな言い方をしてしまったかと少し後悔をしていると、
微笑みながら「約束ですよ」と蘇芳は小指を差し出し、その小指に私の小指を絡ませ、指切りをした。
(挿絵提供:ゆら様)
(本意は伝わってないようだが、今はこの約束だけでも充分か)
一人で自分の言葉を恨みつつ苦笑いをした。
→アトガキへ
[ 32/136 ][*prev] [next#]
[top]