月明かり
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『天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも』
満月が輝き、冬のキリリと澄んだ空気に透る愛しい人の声
その声から紡ぎだされた言の葉は故郷に帰ることができなかった先人の和歌
‐‐‐‐‐‐‐‐
夜半、手の中にあったはずの温もりがなくなっていたことに気付き、部屋を出てみると、その声が聞こえてきた。
その方向を見ると縁側の柱に手を添え、満月を見上げている蘇芳の姿を見つけた。
月光に照らされた彼女の姿は儚げで今にも消えてしまいそうだった。
「こんなところでそんな薄着では身体が冷えてしまうよ。」
後ろ姿に近づいて羽織を肩にそっとかけ、その上から抱き締める。
彼女の存在を確かめるように。
「小五郎さん…ありがとうございます」
「大丈夫かい?」
「はい。」
「床からいなくなっていたからどうしたのかと思ってね」
蘇芳は振り返り、優しい微笑を浮かべ、言葉を続ける。
「私は帰れなかったんじゃないんですよ…。
帰らなかったんです。
私の意思で。
貴方の傍に在りたいから。
だから、そんな顔しないで下さい。
私は幸せなんです。」抱き締めた私の手にそっと手を添えてくれる。
私はそんなに酷い顔をしていたのだろうか。
蘇芳のことになると、いつもの自分では居られなくなっているのは承知の上だったが、ここまで言われるほどとは。
自嘲めいた溜め息が漏れる。望郷の念は勿論あるだろう。
だが、蘇芳の真っ直ぐな言葉と瞳を信じる。
私自身いつ何が起こるか分からない身の上だ。
だからこそ、傍にいてくれる彼女を精一杯愛したい。
私は蘇芳の額に口付けを落とし、囁いた。
「蘇芳愛しているよ。心から」
→アトガキ
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