オムライスとオムライス

***

うちの人気メニューのひとつ「ふわとろオムライス」

俺のおすすめのひとつ。
チキンライスの上にふんわりとのせられた卵にナイフをいれると湯気とともに溶けるように皿にひろがる。
そえられたデミソースも絶品だっ!
もちろん小五郎の作るオムライスは美味い。それは間違いない。
しかし、それ以上に「わぁ!」っという声と驚きと喜びの表情をお客さんが見せてくれるところが一番好きなんだ。


***


重い扉を押すとカランとベルが鳴った。


「こんばんは」

「おう、よく来たな」

いつものように笑顔とともに迎えてくれる声と空間。

カウンターがよく見えるボックス席に腰を下ろすとオーナーの晋作さんが来てくれた。

「今日は一人か?」

「あ、待ち合わせです。仕事が長引いてるみたいで」

「そうか、じゃあ注文決まったら言ってくれ」

「はい」

一旦背を向けるオーナーを見送るとメニューに目を落とした。


最初にこの店にきたのは三ヶ月ほど前。
高校時代からの友達から「すっごいかっこいいバイト君がいるのよ。お願い!付き合って!!!美味しいオムライス奢るから!」と頼み込まれてついて来たのが始まり。

お酒はあまり得意ではないが、バイトの「オカダくん」目当ての友達につきあっているうちにいつの間にかここで過ごす時間は居心地がいい空間になっていた。

〜♪

(あ、メール?)

バッグから携帯を取り出すと光る画面を眺めた。


『ごめん。まだ仕事が長引いててもう少しかかりそう><』


(ふぅ、またかぁ。最近忙しそうだなぁ。ん〜一時間くらい待つ事になりそうだなぁ)

『了解。何かつまみながら待ってる』

つい出そうになった溜め息を飲み込んでから手早く返事を書き、送信ボタンを押した。

メニューに再び目を落とすとすっとメニューが翳った。
目線を少しあげると白いコックコートで視界が埋まり、優しくて温かい声が降って来た。

「注文決まった?」

この店のシェフ、桂さんの声。
まだ数回しか声を聞いた事がないのに妙に耳に残ってる。
そしてこのお店でコックコートを着ているのは桂さんだけ。
まちがいない!

「あ・・・いや、まだ」

自分の声が震えるのが分かり、恥ずかしさですっと目を伏せると更に声が上から降って来た。

「もしよかったら食べてくれないかな?オムライス」

「え?」

「オムライス大好物なんだよね?」

「なんでそれを??」

「お友達が話してたからね。だめかい?」

「いやっ!いいです!」

「おなか・・・空いてない?」

実のところ、朝少しお腹にいれただけで今の今まで食べてなかったけどあのふわふわオムライスを食べたい気分じゃない。

「わ、私!他のものを注文します!」

「まぁまぁ、ちょっと待っててよ」

そういい残して厨房に戻っていく桂さんの後姿を呆然と見送った。

数分後、桂さんはおぼんを片手に戻ってきた。
長身の桂さんがもっているおぼんの中身は私の座っている位置からは見えない。

「これは私の奢りだから」

そういって静かにお皿が置かれた。

目の前に出されたのは以前食べたオムライスとは異なる「オムライス」
少しパリッとした表面の卵に奇麗にくるまれ、真ん中にはケチャップがかかっている。

「え?これ?」

「オムライス。よかったら食べてみて」

「え、でも前のと、違って」

「まぁまぁ、食べてごらん」

目の前に置かれているのは料理本の表紙も飾れそうなくらいきれいに巻かれた昔ながらのオムライス
私にとってのオムライスは小さな頃から「コレ」だった。

前回オムライスを頼んだ時、つまり最初にこの店に来た時に喜んでオムライスを注文しておきながら、友達がほとんどを食べ、結局私はほぼ手をつけないという失礼なことをしたからだろうか。

(しかも大好物だってバレてるし…)

桂さんからの視線を感じつつ、静かにスプーンを持ち上げると一口分すくって口に入れた。

「………なにこれ。美味しい…」

自然と頬が緩む美味しさ。

「そうかい、それはよかった」

桂さんは一瞬ほっとしたような表情になり、それからふわりと優しい微笑を浮かべた。

「はっ、お前ずるいよなぁ〜。俺様も気付いてたのに」

ニヤニヤと後から声をかけるオーナーに

「私が作ったものだからね。私に責任があるだろう?」

と静かに桂さんは微笑み返すとキッチンの方に戻っていった。

「どうだかな」と尚も笑いながらオーナーもカウンターに戻っていった。

***

「はぁ〜こんな風にされると見られてるのかなって思っちゃうよね。でもお客さんみんなをチェックしてるのかもしれないし、勘違いかな…」

「別にいいと思うぞ」

いつの間にか傍に来ていたオカダくんが水を足してくれた。

「へ?」

「見られてるとか勘違い云々。少なくとも俺が働き始めてからはみたことないな、あんなことしてる桂さん」

「そうなの!?」

「あぁ…」

「そうなんだ…」

二人で沈黙をしているとカラン♪と店の扉が開いた。

「こんばんわ〜!あっ、あーーーー!ちょ、蘇芳」

「あ、かなちゃん!」

「いらっしゃいませ」

「こんばんわ!岡田くん」

「ちょ、私に謝るのが先じゃない?」

「あ〜ごめんごめん。でもどういうことよ!岡田君と仲よさそうじゃない!」

「いや、そんなことは…」

この後、残りのオムライスを食べつつ、かなちゃんにオカダ君との会話を根掘り葉掘り聞かれることになった。




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