幾年を超えても
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「「「「木戸さん、誕生日おめでとうございます!」」」」
毎年恒例になっている、蘇芳が企画した私の誕生日を祝う宴会が自宅で開催されていた。
今年は例年になく盛大だ。
政府に係わっている人間、商売で忙しい人間、道場で忙しい人間、新しい世代を育てるための足ががりを作っている人間…それぞれがそれぞれの場所で忙しくしているのに彼女の一声でこうして例年集まってくれている。
私は色々な人に祝いの言葉をかけてもらい、いまだ慣れない『誕生日』の主役を務めていた。
一通り来客たちに挨拶をし終え、休憩がてら部屋の隅にいると、ふわりと蘇芳が近づいてきた。
「あなた?疲れましたか?」
今日の宴会を取り仕切るため、小さな身体でてきぱきと働いていた蘇芳が、いつの間にかそれとはわからないように入れられた水を差し出された。
「いや、大丈夫だよ。いささか飲みすぎたがね」
差し出された水を受け取り、喉を潤し、小さく息を吐いた。
「ふふふ、皆さん結構な量お酒を飲まれますからね。多めには用意してたんですけど、なくなる早さが尋常じゃなくって足りるか心配してたんですよ。」
「揃いも揃って酒豪ぞろいだからね。あ、武市君は違ったか。」
「武市さんも皆さんほどじゃないですけど結構召し上がっていたんでちょっと心配なんですけど、以蔵がぴったりくっついていたので大丈夫じゃないですか?」
「そうかい。まぁ、晋作や大久保さんは相変わらずだが、今日は久しぶりに坂本君たちにも会えて色々とおもしろい話がきけたよ。
それにしてもこんな大きな宴会を取り仕切るのが大変だったろう?」
その言葉に「ふふ。大丈夫ですよ。私も楽しんでやってますから」と嬉しそうに笑顔をこぼす。
「君にこうして誕生日を祝ってもらうのは何度目になるかな?」
「そうですね。ん〜4回目です!」
指折りながら自分と過ごしてきた年月を数える年若い妻
その仕草が幼く見え、それでも尚、愛しさを感じる。
「そうか、来年からは一緒に祝うことができなくなるかもしれないが…」
「そうですよね…でも、お仕事だし…。その分、今年いっぱい皆さんと一緒にお祝いしますから!海外視察頑張ってきてくださいね!あっ!ネクタイが」
すっと首元に手を伸ばし、身長差のせいか懸命に背伸びをして少し曲がっていたであろう蝶ネクタイの位置を正す蘇芳。
「よし、できた」と小さく呟いて上目遣いで自分を見上げる蘇芳につい目が離せなくなる。
「うん、ありがとう。私はいつも君に助けられてばかりだよ」
「え?」と小さく声をあげ、きょとんとする蘇芳の頭をぽんぽんと撫でる。
「私、ちゃんと小五郎さんの助けになれてますか?」
「あぁ、そこに居てくれるだけで力が出るよ」
(そして、いつも惑わされているよ。)
「…だからこそ、遠く離れてしまうのが、ちょっとね」
「そうですよね。私も今から少し寂しいです。」
「寂しいのもあるが、ちょっと心配…かな…」
「心配?」
「ああ、蘇芳が寂しい顔をしているとその表情を笑顔にしようとやっきになる輩が増えて仕方ない気がする。」
「なんですか?それ〜!」と無邪気に笑いながら私の腕に手を添える。
「大丈夫ですよ!今日来ている皆さんが小五郎さんが居ない間寂しくないように遊びにきてくれるって言ってくださいましたし!」
(もう既に…)
胸の内の黒い炎が燃え広がるのを悟られないよう自分を抑えながら微笑みを作ると蘇芳に一歩近づき、後頭部を撫でる。
「視察が終わるのが数年後になるかも知れないが、なるべく寂しくないように手紙を出すから…ちゃんと私を待っててくれるかい?」
「はい、もちろんです!
だから、ちゃんと此処に戻ってきてくださいね!」
自分の胸に手をあてて微笑む蘇芳に「当然だよ」と笑顔を返すとぐいと手を引き、客たちからは見えないカーテンの陰で蘇芳の額に軽く口付けを落とした。
***
オマケ
「おい、小五郎!お前海外視察何年くらいいくんだ?」
「どうだろうな。まだ詳しい行程は調整中なんだ。そうだ晋作、お前も行くか?」
「いや、俺は行きたい時に行きたい所へ行くからおまえと一緒じゃないほうがいいぞ。」
ニヤリと不敵な笑み晋作が浮かべる。
「…そうか…やはり渡航前に色々としておかなければならない事があるな」
「ん?なんだそれ?」
「留守中がやはり心配だからね。悪い虫がつかないように…彼女が私の妻だと言う、うん出来れば私の代わりに彼女のお守りになるような何かを…」
家の主で今日の宴の主役は天高く輝く月を見つめながら思案するのであった。
アトガキ→
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