掬水月在手
「今いいかな?」
襖の向こうから声がかかった。
「小五郎さん?はい、どうぞ。」
「明日から出掛けようと思うんだが一緒に来て欲しいんだ」
「はい。喜んで!でもどこにいくんですか?」
「以前した約束を果たそうと思ってね。月を捕まえる方法を教えるって約束しただろう?」
(あ…あんな昔のこと…)
「明日少し休みが取れたから月を捕まえに行こうと思うんだが、どうかな?いってみないかい?」
「えぇ、是非!楽しみにしてますね!」
(1年以上前のことを覚えていてくれたなんて嬉しいな。)
久しぶりにゆっくりと小五郎さんと過ごせることにうきうきとしていた。
******
広間の賑やかな声を聞きながら、私は澄んだ空に浮かぶ月を眺めていた。
今日はお祝い事があったらしく、広間で宴会が開かれているんだけど、桂さんから「酔った男が大勢いる場所に若い娘さんがいるもんじゃないよ。」といわれ、先に休ませてもらうことになった。
寝る支度を整えているといつもより明るい窓辺が気になり、廊下に出てみると、青白い月が煌々と輝いていた。
『熱い太陽が昇ったからね。冷たい月はそっと退散するのさ』
(「熱い太陽が昇ったから冷たい月は」…か…。)
「どうやったら月を捕まえることができるかな…」
「おや、蘇芳さん?まだ寝てなかったのかい?」
「うわぁ!!あ…か、桂さん。えっと…寝付けなくて少し夜風に当たろうと思ったら月が綺麗で…」
私の言葉を聞いて、桂さんは月を見上げた。
「うん、確かに綺麗だね。それにしても今不思議なことを言っていたね。」
「え!?聞こえてました」
「うん。『月をつかまえる』って」
「あぁぁぁぁ!!気にしないでください!それ冗談ですから!」
真っ赤になっているであろう自分の顔の熱を感じながら全力で否定すると桂さんはとても不思議そうな表情を浮かべていた。
「ん?そうなのかい?」
「はい、大丈夫です。」
「ふむ、私が知っている方法でよければ蘇芳さんに教えてあげようと思ったんだが」
「え、桂さんは月を捕まえる方法知ってるんですか?」
「うん。ひとつの手段なら知ってるよ。ふふ、いつか機会があったら教えてあげよう」
「た、楽しみにしてます!」
***
(あの時のことだろうけど、小五郎さんはあのときの『月』の意味はわかってないんだろうな…鈍感だから。)
一人、昔のことを思い出し、ひっそりと笑った。
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