催涙雨

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七夕の日の雨を「催涙雨」という。
雨のせいで水かさが増えてしまった天の川を見て、対岸の牽牛を想い、織姫が流す涙。

***


今日は朝からしとしとと雨が降ってる。
縁側に出ると、蘇芳さんが雨に手を差し伸べるように佇んでいる姿が目に止まり、そのまま時が止まったようにその姿に釘付けになった。

「七夕だけど…今日は会えないだろうな…」

灰色に染まった空を仰ぎながら彼女は小さく呟いた。
元気で可憐な声が普段より萎れていた。
愁いを帯びるその表情は誰を思っているのか。

***


「悪いが、今日は外に出してあげられない」

「ぇ?」

朝の挨拶と共にそう声を掛けると大きな瞳が僕に向けられた。

「あの、武市さん。今日の会合は私も一緒にと聞いてたんですが…」

「うん。でも、今日はこの雨で足元も悪いし、君は寺田屋で待っていてくれないか?女将にもそのようにお願いしておくから。」

「そ、そうですか。わかりました」

眉を下げ、しゅんとしょげる様子に僕の胸がぎゅっと痛くなる。
この痛みは彼女にこんな表情をさせてしまったせいなのか、それとも彼女の心に住む者への彼女の想いを目の当たりにしたせいなのか。

「すまない」

(せっかく外に出て想う人に会うことが出来る機会だったろうに)

「い、いえ、そんな風に謝らないでください。みなさんが忙しいのわかってますし、お仕事の邪魔にはなりたくないですから」

明るく微笑みを作る蘇芳さん

君に彼との時間を作らせたくない、彼とはもう会わせたくないという邪な考えとは真逆の清らかな彼女の表情


(すまない)

僕は心の中でもう一度詫びた。

***

午後、少し小降りになった雨の中、龍馬と中岡が出てから少し時間をおいて、僕らも寺田屋を出た。

いつもより人通りが少ない町中。
歩を進めていると、更に雨脚が弱まった気がして、傘を少し斜めに傾け、空を見上げた。
しかし、相変わらず厚い雲が空一面に広がっていた。


「先生、お召し物が!」

僕の後ろを笠を被って従っていた以蔵が背後から制すような声が上げる。

「いい、気にするな。」

そのまま雨に打たれながら以蔵の方を見やった。
僕の着物には降り注ぐ雨のせいで水玉が拡がる。

「しかし…」

何か言いたげな以蔵を無視して、落ちてくる雨粒を見上げる。


「この雨は僕自身だ…」


(彼女が…織姫が会いたいと待ち望む牽牛は僕ではないだろう。
しかし、彼女のこととなると………想い合う二人のために天の川にかかる橋を押し流してでも会わせたくないとまで思ってしまう。
そして、そのことで彼女が涙を流すとしたら、その涙を僕の手で拭ってあげたいと思う。

僕のせいで溢れさせた涙だとしてもその涙と混じり合いたい…)



とりとめのない考えに小さく自嘲の混じった溜め息を吐くと、気を改めて会合場所へと歩を進めた。



→アトガキ

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