そばにいて
最近、蘇芳の外出が増えた。
藩邸の者との場合が殆どだが、小五郎とも珠に連れ立っている。
どこへ行くのか訊ねても「ちょっとお使いに」とか、「気晴らしに」とか何だか当たり障りのない返答。
最近は仕事が大詰めなのもあり、会合も増え、慌ただしい日々を過ごしている俺だが、何とかして時間を作っては蘇芳の傍に居た。
それなのに一緒にいる時間が少なくなったように思え、
もしや避けられているのかもしれぬ…
「俺の嫁」だとか「俺の女」などと言い過ぎたか…
といった普段では思いもよらない弱気な考えが頭を過る。
一人の女にこんなにも執着することがなかったからどうすればいいのか気持ちをもてあましているのも事実。
そう考えながら数日が過ぎていった。
***
「今夜の夕餉はいつもと少し違うな。」
「今日はお祝いだから!私が張り切って作りました〜!」
晴れやかな笑顔を俺に向けた蘇芳は、その直後小五郎と目を合わせ、微笑みあった。
その様子をみているとちくりと胸に痛みを感じる。
その痛みから逃れるように蘇芳に問いかける。
「祝い?」
「そう。晋作さんのお誕生日!」
「…は?誕生日?俺の?」
「え?違った???」
俺の返答を受け、蘇芳は不安そうに小五郎の方に顔を向けて確認をしている。
「いや、間違いないよ。ただ、私たちには誕生した日を祝う風習がないから」
「あ、そっか!晋作さん、私がいたところではその人が生まれた日にお祝いするんです。だから桂さんにお願いして色々と準備を手伝ってもらったの」
(そうか俺のためか!)
今までの蘇芳の不可解な行動が自分を祝うためのものだったかと思うと現金かもしれないが、途端に霧が晴れたような心地になった。
最近は少し遠慮して触っていなかった蘇芳の頭をわしわしと撫でた。
目の前にはいつもの夕餉とは別に見たことのないものが並んでいる。
「これは?」
「私が作ったガレット!ジャムを添えたものなんだけど」
「がれっと?じゃむ?未来の食べ物か!」
「うん!ほんとはケーキとか焼きたかったんだけど材料がそろわなくて
…そば粉を使った甘味なんだけど…どうかな?」
俺のために作ってくれたというがれっとを口にする。
蕎麦の香りがほんのりとし、口に甘みが広がっていく。
「うまい!!!!」
「よかったぁ!」
ほっとしたような表情ながらもにっこり笑う蘇芳につられ、俺も笑顔になる。
蘇芳の手料理を堪能し、久しぶりにゆっくりとした時間を3人で過ごした。
ゆっくりとすごしてみて、最近本当にばたばたとしていたことを改めて実感する。
食後、小五郎は気を利かせたのか、意味ありげな微笑みを浮かべ、少し前に「まだ少し書き物があるから」と出て行った。
小五郎が出て行って暫くして蘇芳は少し緊張した面持ちで口を開いた。
「晋作さん、私からの誕生日プレゼントがあるんだけど…」
「ぷれぜんと?」
「あ、お祝いの贈り物。ちょっと用意してくるから待っててくれる?」
「おお、いよいよおまえをくれるのか?」
「も、もう、違うってば!!!ここで大人しく待っててね!」
念を押した蘇芳は一度部屋を出て行き、しばらくすると三味線を持って部屋に戻ってきた。
「三味線?」
「う、晋作さんの前で弾くのはやっぱり恥ずかしいな。内緒で練習してたんだけど。上手な人の前で弾くなんて無謀だったなぁ」
ぶつぶつといいながら、三味線を抱え、ベんっと音を掻き鳴らした。
♪〜♪〜〜♪〜〜♪〜
決して上手くはないが、一生懸命指を動かし、必死に弦を弾いている蘇芳
祝いの曲といったが、俺のほうを見る余裕はないらしい。
そんな姿を見ているだけで自然と笑みがこぼれる。
一曲終わったところでふぅと溜め息を漏らし、蘇芳は顔をあげニコッと笑った。
「最近よく出掛けていたのはこれのためか?」
「うん。お祝いに一曲くらい弾けるようになりたくて桂さんに相談して祇園の先生に習いにいってたの」
「それで最近よく出ていたのか!うんうん!うれしいぞ!!!」
「きゃあ、頭をぐちゃぐちゃにするのやめてよー!!」
「それにしても何で三味線だったんだ?」
「え…えっと共通の趣味があれば、一緒にいる時間がもっと増え、じゃなくて楽しくなるんじゃないかと思って。だから、これからは空いた時間でいいから晋作さんが教えてくれる?」
真っ赤に頬を染め、上目遣いでお願いという蘇芳に抗える者がいたら教えて欲しいくらいだ。
「お、おう、いつでも教えてやるぞ!ほら、こい!」
蘇芳を抱きかかえるようにして、三味線まで手を伸ばし、その小さな手を包み込むように自らの手で上から押さえた。
こんな教え方は恥ずかしいと腕の中で暴れる蘇芳に「今宵は楽しい宴をありがとうな。これはお礼だ」といいながら、すばやく頬に口付けた。
ますます暴れだした蘇芳に大笑いしながらも三味線を鳴らす。
夏の長州藩邸には夜遅くまで三味線の音色が響き、その音色とともに人の声とも風の音とも聞こえる小さな音たちが通り過ぎていった。
「お誕生日おめでとう晋作さん。これからもずっと傍にいてね?」
「もうお前が嫌だと言ってもずっと傍にいるぞ!」
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