安い買い物1
<長崎 グラバー邸>
大久保さんに連れられてグラバーさんが主催する夜会に参加していた。
参加を告げられた時、「ああいう場所には同伴者が必要なんだろう?」と仕方なさそうにいい、行けるとは思っていなかったことに参加できるとはしゃぐ私とは対照的にうんざりしたような表情だった。
しかし、自分の同伴者に妥協することがあるわけない大久保さんにどの着物を着るか、どの小物を使うかまでしっかり指定されてやっぱりお洒落な人なんだなぁと実感していた。
主催者のグラバーさんに挨拶をすませ、大久保さんの傍で会話の邪魔にならないようにしていた。
(向こうに龍馬さんたちもいるみたいだし、あっちに行きたいなぁ)
周りをキョロキョロしていたら「大人しくしておけ」と大久保さんに釘を刺された。
グラバーさんは通訳の人を介して話すこともあるからか、ゆっくりめの英語で話しているのでところどころ聞き取れる。
『大久保さんはとても難しい顔をしているが、何か機嫌を損ねるようなことがあったのか?』
「ぷっ!」
話している内容が分かっても知らない振りをしていたのについ吹き出してしまった。
(この顔がデフォルトですよ!!)
心の中で突っ込んでいると、グラバーさんが私が笑っていることに気付いたようで話かけてきた。
『お嬢さん、私が話している意味が分かっているみたいだね』
『! ええ、多少は』
『それはすばらしい。大久保さんの連れでしたね。お名前は?』
『蘇芳といいます』
にわかに英語で話しだした私たちに横で驚いた表情の大久保さん。
遠くにいたはずの龍馬さんたちも近づいてきて、「おまんはエゲレス語がわかるんか」と驚いていた。
私は英語を話すからかグラバーさんにいたく気にいられたらしく、『屋敷の中を案内しよう』と手をひかれ、屋敷中を連れまわされていた。
『どうかな?なにか気に入るものがあったかな?』
『あちらにピアノがありましたよね?私弾いてみたいんですけど』
『ああ、かまわないよ』
『ほんとですか!ありがとうございます!』
(クラシックならこの時代に弾いても問題ないよね?)
広間の端においてあったピアノに向かい、指が覚えているいくつかのピアノ協奏曲を弾きはじめた。
♪〜♪♪♪〜♪♪
いつの間にか夢中になって弾いてしまっていて、弾き終えた時に広間の全員が自分のピアノに聞いていた事に吃驚して頬が赤くなるのを感じた。
グラバーさんは拍手をしながら近づいてきて
『ベートーヴェンのピアノ協奏曲だね。すばらしかったよ』
と誉めてくれた。
「蘇芳はこげなこともできるんか。すごいのう」
龍馬さんたちもとても誉めてくれたけど、大久保さんだけはむすりとした表情だった。
帰る際、グラバーさんは私たちを玄関まで見送ってくれた。
「では失礼する」と挨拶をする大久保さんと一緒にお辞儀をすると、グラバーさんは私の方へ向き直り、右手をすっと取り、手の甲に口付けを落とした。
「な!」
声にならない声をあげ、私を後ろに隠そうとする大久保さんに
「大丈夫ですよ。挨拶ですから」
というと、大久保さんは益々憮然とした表情で先に歩き出した。
『蘇芳、いつでも遊びにきなさい。ピアノも思う存分ひいてくれてかまわないから』
ニコニコと言うグラバーさんに
『ホントですか?ありがとうございます』と笑顔を返し、小走りで大久保さんを追いかけ、帰路についた。
[ 64/136 ][*prev] [next#]
[top]