故郷 坂本編
宴も終盤になり、ぽつぽつと人が減っていく。
疎らになった広間で蘇芳さんはお酌と片付けのためにくるくると部屋の中を動き回っているのを周りとの会話をそっちのけでずっと眺めていた。
その視線に気付いたのか目が合うとニコリと笑い、隣にやってきた。
どうぞと酒を注ごうとする蘇芳さんに杯を差し出し、
「さっきは悪かったのう。どうしてもおまんの歌を聞いてみとうなってな」と謝罪を口にする。
「も〜恥ずかしかったですよ」
顔を真っ赤にして上目遣いで抗議されるとどうにもこうにも抱きしめたくなるぐらい可愛い。
「まぁ、今朝負けちゃった私が悪いんですからもういいです!」
「ほうか…もうここはええから、桂さんが用意してくれた部屋に戻り」
ぐいと杯を空にして蘇芳さんに向き直る。
「え、でもまだ片付けが…」
「ええんじゃええんじゃ。蘇芳さんも疲れたじゃろ。わしも部屋に戻るから途中まで行こう」
ふたりで広間を出て用意された部屋までの廊下を歩く。
ふと足を止め、雲のない夜空には大きな月と無数の星が光っているのを見上げると蘇芳さんも同じように足を止める。
「…おまんははよう故郷に帰りたいよな」
「正直まだ帰れるかどうかわからないですし、皆さんよくしてくださるから大丈夫ですよ」
微笑みを浮かべるその顔はいつもの笑顔よりは力がないように見える。
「家族が懐かしいんじゃないんか。わしは脱藩しちょるから土佐には家族の元には戻れはしないが、文をやり取りすることはできる。
おまんは全てが断たれている。わしとは違うじゃろ。
無理せんでええんじゃよ。
わしが家族の代わりになれるとは思わんが、もっと頼ってくれていいんじゃよ」
よしよしと頭を撫でると蘇芳は顔を逸らした。
逸らした顔を覗きこむと目には今にもこぼれそうな雫を溜めている。
それなのに力強い口調で
「もう充分過ぎるくらい皆に頼らせてもらってますよ?」
という。
負けずに力を込め、
「いや、もっと、もっと、もっとじゃ!!」
と言えば可笑しそうに蘇芳はコロコロと笑った。
「確かに…不安もありますけど、まだ懐かしいと思えるほどではないので大丈夫です!」
やがて、用意された部屋の前に来ると蘇芳は「おやすみなさい」と頭を下げ、静かに部屋に入っていった。
その閉められた襖を見つめ、思いを馳せる。
(帰してやると約束はした。しかし…もし、こん子が帰る日が来たら…わしは平静におられるじゃろうか?
いつの日か…わしが居るから帰らずとも大丈夫と言わせたいもんじゃ…
そうしたらわしはおんしの故郷以上になるよう全てを捧げても惜しゅうはないのに…)
「龍馬さん!!姉さんの部屋の前で何してるんですか!!
ほら、龍馬さんの部屋はこっちですよ!」
ぼうっと考え事をしていたわしは中岡に引きずられるようにして用意された部屋に連れていかれた。
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