故郷 高杉編
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縁側に出ると高杉さんが座っていた。
「どうしたんですか?こんな所に居たら風邪ひきますよ。」
いつも賑やかな高杉さんが一人で遠く星空を眺めている様子が珍しい。
「さっきの歌…よかったぞ。」
静かな高杉さんの声が響く。
「いえ…。なんか場が白けちゃったみたいで…」
「いや、そんなことはない。小五郎が言ったようにあれは皆思うところがあるからだ。皆、志があって国から出てきている奴等ばかりだからな。」
「皆さん頑張ってますもんね。及ばずながら私も応援してます!」と言うと、高杉さんは嬉しそうに八重歯を見せて笑い、ぐちゃぐちゃと頭を撫でた。
「なぁ、あの歌もう一度俺のために歌ってくれないか?」
「今ですか?」
「おう!大きな声じゃなくていいからな」
「♪〜♪〜♪」
「…先生…」
消えそうな声で高杉さんが呟いた気がした。
「なぁ、志を果たしてと歌詞にあるが、志半ばにして果たせなかった志はどうなるんだろうなぁ」
(オレはまだまだやりたいことが山のようにあるのに時間が…)
蘇芳の方に向き直って尋ねると人差し指を頬にあて、首を傾げながら、
「ん〜私は難しいことはわからないんですが、もし途中で志を果たせなくても、その志を引き継ぐ人がいるんじゃないですか?」
「継ぐ者か」
うんうんと頷きながら蘇芳は続ける。
「ここに来て思ったんですけど、いつ命を落としてもおかしくない日常の中ではきっと沢山の志を果たせなかった人がいると思うんですよね。」
「確かにそうだな。だからオレは先生や同士の志を継いでいる」
雲ひとつない夜空に輝く月を見上げながら、今は此処に居ない同士を想う。
「高杉さんにも志を同じくするお仲間も沢山いるでしょう?なんでそんな哀しそうな・・・辛そうな顔するんですか?」
蘇芳は不安そうに上目遣いで顔を覗いてくる。
(哀しそう?そんな顔をこいつに見せていたのか・・・。)
そうだなとニヤリと笑い、自分の見られた表情を隠すかのように蘇芳を抱きしめる。
「な、なにするんですか!高杉さん!!」
「まぁ、暴れるな」
子猫のように暴れる蘇芳を制し、少し腕を緩める。
するりと腕から逃れた蘇芳は
「それに・・・きっと志の高い人はひとつの志を果たしたとしても、次の志が出来て故郷に帰る暇なんてないんですよ。」
人差し指をビシっと顔の横に立て、確信めいた表情で言う。
「きっと欲張りさんだから志が沢山沢山溢れてきちゃうんですよ。きっと死ぬまでそうですよ。そういう人が羨ましいですけどね」
私は目の前のことでいっぱいいっぱいになっちゃうからと蘇芳は自分の無鉄砲な行動を思い出したのかへへへと笑いながら言った。
「死ぬまでか…。そうだな。」
「だからやりきるしかないのかな〜と。まぁ、私は考えなしで失敗してお説教ばっかりですけどね」
「…うん。やはり、おまえはそのままのお前がいい!どうだこのまま長州藩邸に留まらんか?イヤっていうほど構ってやるぞ!」
「イヤっていうほどって…遠慮します!」
「遠慮するな!」
腕を掴んで自分の方に引き寄せようとするが、その手は空を切り、
「イヤです〜!!!あぁ!私お酒のお願いに行く途中だ!失礼します!!!!」
というがいなやバタバタと逃走していった。
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