青花

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「さぁ、今日も始めようか?」

「はい。よろしくお願いします。」

障子や襖が開け放たれた部屋の真ん中でお互いの文机を挟み、互いに頭を下げた。

正面には手習いをする蘇芳さん。
私の前には目を通さなければならない文や書類たち。

彼女の筆が紙を滑る音と私が紙を繰る音以外は何も聞こえない静かな時間を今日も共有していた。

***

あの日、彼女は自分の胸の内に秘めていた気持ちを少しだけだが、吐き出してくれた。
涙ながらに語る彼女を見ていて、何度となく抱きしめて慰めてやりたいという衝動に駆られた。
しかし、二人きりになる事すら抵抗を感じる彼女にそんなことをして心まで閉ざされては困る。
自分の中に湧き上がる衝動をどうにか押さえこみ、冷静な仮面をつけ、話を最後まで聞いた。

その中に、自分から手紙などで連絡をしたいが、それも今の自分には叶わないということがあった。
私はすぐさま代筆を申し出たのだが、自分の手で書きたいことがあるという。それなら仕事の合間にはなるが手習いの指導を買って出たのだった。

以降、手習いの指導をしつつ、自分の仕事を進める。
そんな日々が続いていた。

あの日を境に少しだけ・・・ほんの少しだけだが、私たちの間に変化が生じた気がした。

空元気はあいかわらずだが、たまに心からの笑顔だろうなと思える表情に遭遇する事が出てきた。




・・・あいかわらず武市君と岡田君からは連絡がない。

彼女はその事には触れず、まるで考えないようにするかのように藩邸の中で絶えず動き、働きまわっていた。







そして、ひと月後、もともとの教養のせいか乾いた土が水を吸うように覚えていき、彼女は一通の手紙を書き終わった。


***


「あ、おはようございます桂さん」

「おはよう、蘇芳さん。すまないね。来るのが遅くなってしまったので君に沢山作らせてしまったみたいだ」

味噌汁や煮物の美味しそうな匂いに満たされた台所を見渡しながら言うと、蘇芳さんは

「桂さんの味にはかなわないからちょっと恥ずかしいんですけど・・・これ、味みてもらえますか?」

少し頬を染めながら、差し出された小皿を彼女から受け取り、味をみる。

その味はなんともいえない温かい気持ちになり、どこか懐かしい、そして美味しい味噌汁だった。

それと同時に、小皿を受け取った際一瞬触れた自分の指先が火傷をしたように熱く感じていた。


***


『お願いがあるんです・・・。これを・・・この手紙を武市さんの手に渡るように送る事はできますか?』


そうして受け取った手紙を土佐の武市君に送ってからもう3月が過ぎた。

返事は未だない。


そのことで彼女がまた元気を失うのではないかと晋作と心配していたのだが、その様子もみえない。

どのような内容で彼女が文をしたためたのかわからないが、以前のように辛そうにしていることが減り、本当の笑顔をみせてくれるようになってきたように思えた。

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