青花
3日後、坂本君から消息を知らせる文が届いた。
急に蘇芳さんを置いて寺田屋を離れた事への詫び、中岡君と長崎に下り、異国との仕事のために滞在していること、近々京に戻る算段をしていること。
そして…武市君と岡田君とは途中まで一緒にいたが、別れてからは今の所連絡が取れて居ない旨が記載されていた。
「そうですか。龍馬さんと慎ちゃんは無事なんですね」
届いた文を彼女に見せながら説明をするとほっとした表情を浮かべながらも、まだ表情に影が浮かび、不安が拭いきれていないといった様子なのは「彼」の安否情報が記されていないからだろう。
「きっと大丈夫」
そんな表情をみているとついそんな無責任な言葉が零れてしまった。
「え?」といった表情で私を見上げる蘇芳さんの目には、「何か知っているのか?」という問いかけと彼女が焦がれ、愛しい男への想いが見て取れる。
「…今、私たちがわかっていることは…武市君と岡田君は土佐にいるらしい…ということだ」
「土佐?」
「うん。彼らの故郷だ」
「あ、故郷に帰ってるんですね!」
蘇芳さんはちょっとほっとした様子で顔を綻ばせた。
(そうか、彼女は今の世情に疎いんだった。さてどうするか…)
そう考えていた私の顔を見て、
「…安全じゃ…ないんですか…?」
「安全かといわれれば、正直わからない。他の藩内のことは知ろうとしても全て分かるようなものではないんだよ。少なくとも武市君と岡田君のことは土佐藩が大手をふって迎えるような存在ではない。」
「あ…そうですね」
「私たちも大久保さんも色々と手を尽くして調べているからもうしばらく情報は待ってくれないかな」
「はい、わかりました。色々とすいません。」
「君が謝ることは何もない。私たちにとっても武市君も岡田君も大事だからね」
「はい」と返事は返ってきたものの彼女の心の中は大きな不安が渦巻いているのは一目瞭然だった。
***
更に十数日後、坂本君と中岡君が滞在していた長崎から京に戻ってきて、無事彼女と再会させてあげることができた。しかし、彼らの口からも彼女が一番欲しがっている情報は出てこなかった。
坂本君曰く、どうやら武市君は容堂公の指示によりある場所に留められているらしい。
その意図を皆測りかねているらしく、情報も曖昧だ。
今留められているその場所から出ることは出来ないが、特に身体に異常があるわけでもなく、彼の身の回りの世話を岡田君がし、基本的に自由に過ごせているとのことだった。
「そうなれば文のひとつも寄こせばいいものを…」
「本当っス!こっちはこんなにも心配してるのに!」
「……半平太さん…私のことなんかもう忘れちゃったんですかね。」
「「「「………」」」」
「いやいや、そんなことはない。気にしちゃーいかんぜよ」
「そうっスよ!姉さん!」
「うん、ふたりともありがとう!今日は会えて嬉しかった!しばらくはこっちにいるんですか?」
「おお、色々調べたいこともあるしのう。寺田屋に暫く厄介になる予定じゃ。なんぞ分かったらすぐ知らせるき」
ニコニコと笑顔を作り、二人を見送った蘇芳さんは小さく溜息をついた。
***
夕刻、廊下を歩いていると藩邸内でも普段はあまり人が居ない人のすすり泣く様な声が聞こえたような気がした。
その気配に導かれるように歩くと1つの部屋に行き当たった。
(ここか…?)
「うぇ…うっ…うぅ…」
(…蘇芳さん…)
彼女が藩邸にきてからというもの、空元気というか貼り付けたような笑顔を浮かべることが多かったのでたまに部屋を見に行っていたのだが、所在を見つけられないことが何回かあった。
(たまに探しても見つからないとは思っていたがこんなところで一人で泣いていたのか…)
気づいてやれなかったことにちくちくと胸が痛み、申し訳ないようないたたまれない気持ちになって、その部屋の襖をそっとひいた。
「蘇芳さん?少し失礼するよ」
「か、かつらさん!?」
「すまないね。見られたくないからここに来てるんだろうが…」
「い、いえ、すいません。すぐ戻りますね」
「いや、その必要はないよ。もしよければ私に話してくれないかい?」
そういいながら入ってきた襖を閉めようとすると
「あっ」
「ん?」
「あ、あの、男の人とふたりきりになっては駄目だと言われているんで…」
「・・・それは…武市君にかい?」
「はい…」
真っ赤な顔をして恥ずかしそうにうつむく蘇芳さん。しかし、その瞳と頬には先ほどまで流していた涙が朝露のように光っていた。
(ただ単に義理堅いのか、彼への想いが強いのか・・・)
チリと小さく感じる先ほどとは違った胸の痛みを押さえつけ、ふすまを少し開けたまま彼女の向かいに座った。
「君は大切な預り物だ。そんな顔をされていると頼まれた側としてはいたたまれないし、放っておくこともできないな」
「すっ、すいません…」
「それなら…謝るくらいなら…私の言葉に甘えてくれないか?今だけ…
雨降りの時に傘を・・・少し雨宿りをするための場所を貸してもらうような気持ちで」
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