青花
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翌朝、まだ夜も明けきれない時刻に、朝露に濡れる道を踏み締め、桂さんが寺田屋に現れた。
「やぁ、お早う」
「…おはようございます」
「随分酷い顔をしているね。一睡もしてないのかい?」
こくんとうなずくと桂さんは気の毒そうな表情で頭に手をぽんと乗せ、ゆるゆると撫でてくれた。
その優しい手にがちがちだった緊張がほんの少しだけ緩和された気がした。
「話は聞いているね?」
その問いかけにこくんと頷くと、桂さんは優しく微笑んだ。
「外に駕籠を待たせてあるから。さぁ行こう」
『君のことは大久保さんと高杉さんに連絡してお願いしてある。
薩摩、長州どちらでもいい。先に迎えに来た方の藩邸に行きなさい。わかったなっ!』
私の中では半平太さんの鋭い声が何度も響いていた。
「………はぃ。」
***
私が長州藩邸に引き取られて数日が経った。
すぐにでもみんなから連絡来るんじゃないかと思っていたんだけど、音沙汰は全くなく、それどころかどこにいるのかということすら、高杉さんにも桂さんにもわからないようだった。
「みんな…大丈夫かな…?」
ただお世話になっているだけではとお世話になった日から始めた庭の掃除も手馴れたものになってきていて、だんだんと長州藩邸での生活に慣れてきている自分に気づいて小さく溜め息を吐いた。
「おい、どうした元気がないぞ!」
「わわ、高杉さん!急に大きな声を出さないでください!」
「なんだ、別に俺は急に大きな声をだしたわけじゃないぞ!!お前がぼ〜っと突っ立ってて何度声をかけても気づかないからだ!」
「え?そうでした?そんなことないですよ。」
「まぁいい。今から客が来るから自分の部屋に戻ってろ。掃除はまた明日でいいから」
「?…わかりました」
(お客さん?ならお茶とかのお手伝いした方がいいよね?)
私は掃除道具を片付けて、水屋の方へ向かった。
***
藩邸内の奥の間で私は晋作と共に来客を迎えていた。
「ようこそ、大久保さん。わざわざご足労いただいて申し訳ありません。」
「いや、かまわん。こちらも他所から戻ったついでだったからこの方が都合がよかったんだ。」
「ところで大久保さんは少しの間、京を離れていたのか?」
「いや、京にいたのはいたのだが、少し北の方に用があってな。」
「なるほど、北の方か」
ニヤリと笑う晋作に対し、大久保さんは意味深に笑みを返した。
「それはそうと、大久保さん。そちらで彼らの消息はつかめましたか?」
「ふむ。どうやら坂本君と中岡君は長崎の方に行ったようだ。」
「ほう。では、あとの二人は…」
「武市君と岡田君か…あの二人は………土佐に戻ったようだ」
「…そうですか」
3人の間に沈黙が流れた。そして暫く経った後、大久保さんは口を開いた。
「驚かないということは、あの二人の行方は我が藩の情報と変わらないということだな。」
「………そうですね。あの二人が土佐になど…一体どうなることか分からないはずもないだろうに」
他藩の国元の情報はある程度は把握できるように情報網を張っているが、それでもわからないことが多い。
実際、国元にあの2人が戻ったらしいという情報を得てからは、ぷつりと消息が途絶えてしまったのだ。
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