清姫

***


ある程度更けた夜、二人きりの部屋

目の前には肌を晒しうつ伏せに寝た状態の桂さん
その背中には私を見つめる龍。


会話を交わさなければ他に何も音もしない。

(私のドキドキしているのがきこえちゃいそうだよ〜)

このままお灸を焚いても構わないと言われたので、どぎまぎしながら、慣れない手つきでお灸を桂さんの肩や背中に乗せ、線香で火をつけた。

じじじとお灸が燃えていくのと極彩色の背中を見つめているとうつ伏せの桂さんからくすりと笑い声が聞こえた。

「え、熱いですか?」

「いや、大丈夫だよ。ただ、ひどく熱心な視線を感じたから」

「えっ!」

(ただ見てただけなのにバレてる〜!!!桂さんてば後ろに目があるの?)

ひとりどぎまぎしていると、落ち着いた桂さんの声が聞こえる。

「それにしてもこの灸は私が知っているものよりずいぶん煙が少なくて熱さもひどくないんだね」

「あ、そうですか?ほんとに熱くないですか?」

何度も確認する私に桂さんはクスクスと笑いをこぼしながら視線だけをこっちにむけた。

(くっ!妖艶〜!)

「うん。大丈夫だよ。蘇芳さんはやったことないの?」

「え。えぇ、今度してもらうはずだったんですよ。だから熱さが分からなくて」

「そうか、熱くはないよ。心地よいくらいだ。それにしてもこの灸はとてもいい香りがするね」

「あ、リラック…いや、身体が休まるような香りがつけてあるみたいです」

「そうかい。」

桂さんは気持ちよさそうに目を瞑り、私はお灸からあがる細い煙を暫く眺めていた。


ふと桂さんに目を戻し、耳を澄ますと規則正しい寝息が聞こえる。
(あれ?寝ちゃったのかな?こんな風に寝ちゃうなんてすごく疲れていたんだろうなぁ)


桂さんの美しく彩られた背中に並べていたお灸たちがきゅと終わりを告げる小さな音を鳴らしていく。

ほんの少しの時間だけど、密かに想いをよせる人と一緒の時間を共有できたことがもの凄く嬉しい。

(このまま寝かせてあげたいな…。でも、お灸をそのままにしておくわけにもいかないし…)

終わりを告げたお灸を見つめながら、未だに心地好さそうな寝息をたてる桂さんの姿にしばし迷ったが、そっとお灸に手を伸ばし、桂さんの肌にくっついたお灸のシール面をそっとはがそうとした。

ぴりりと皮膚がほんの少しシールによって持ち上げられていく。

その瞬間、桂さんの目がぱちっと開き、警戒した猫みたいに体を強張らせた。
私の姿を目に留めるとふっと身体と頬を緩ませた。

「私は寝てたのかな」

「ちょっとだけうとうとしてたみたいです」

「そうか。うん。凄く気持ちよかったよ。また是非お願いしたいな」

「はいっ!まだまだ沢山あるのでいつでも言ってくださいね。お部屋に伺いますから」

「ありがとう。ああ、そうだ。晋作には灸をしてやらなくていいからね」

「え?そうなんですか?まだこんなにあるのに?」

「晋作はごらんのとおり肩こりや頭痛には無縁の男だからね。あいつには全く必要ないよ」

「ああ、確かに。見るからにそんな感じですよね。わかりました」

「あと…」

「はい?」

「どうしてこれが罰なんだい?」

「ぇ!!」

「何かの罰に使うつもりだったんだろう?」

(え、なんでばれてるの〜?)

急な指摘に冷や汗が背中を伝い、しどろもどろになりながら、適切な言葉を捜していると頭に桂さんがぽんと掌を置いてくれ、

「それでも…ありがとうを言わせてくれるかな?痛みが和らいだ気がするし、とても癒されたよ」

と言って極上の微笑みをくれ、その様子にほっとして私もつられて頬が緩んだ。


「ただし、私に黙っていた罰を受けてもらおうかな」

「え、罰!?」

「うん、そうだな………。今ここにある灸は私のためだけに使うこと。どうかな?」

「それなら…わかりました。はい、お約束します!」


その言葉を聞いた桂さんは満足そうな表情を浮かべ、私の心臓は益々早鐘を打った。





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