恋の始め方

***


1日の撮影スケジュールを終え、楽屋で帰り支度をしているとドアがノックされた。

「どうぞ」と声をかけると、既に私服に着替えた蘇芳さんが「失礼します」といつもの笑顔で入室してきた。

「今日もお疲れ様でした」

(さっきまでの表情とかなり違うな。…待っていた連絡がきたのかな?)

「お疲れ様。随分着替えるのが早いんだね」

「えへへ、大分慣れたのは慣れたんですがやっぱり着物は窮屈で、終わったらぱぱぱって脱いじゃうんですよ。それに今日はすぐに出なきゃいけないし」

「ふふ、そうか、今からデート?」

「えっ?い、いや違いますよ!」

「ん、違った?」

「違います!私、デートするような人いませんからっ!」

「え、そうなの?年頃なのに」

「………いません。」

蘇芳さんは小さく呟くと黙りこくってしまった。

次の言葉を探していると、急に話題を変えられた。

「そういえば、桂さんのお部屋っていつもこの香りがしますね」

「あ、ああ、いつも炊いているからね」

「オイルでしたっけ?私すごく好きです。
爽やかというか清涼な空気になりますよね。落ち着きます。
…なんだか桂さんみたい」

「私?」

「はい!
…あ、私もう出なきゃ!今日は飼ってる猫が手術で、無事に終わったらしいんですが見に行ってあげないといけないんで。」

(猫…手術…じゃあさっきまで気にしてたのは…)

思いを巡らせてると目の前に蘇芳がやってきて

「桂さん!私、彼氏とかいませんからね!
お先に失礼しますっ」

そう言って脱兎のごとく部屋から出ていった。


「ふ、一体なんなんだ」

何故か自然と緩む口を押さえながら彼女が出ていった扉を見つめた。

何故か先程感じていた胸の痛みは感じなくなっていた。





《アトガキ》→

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