恋の始め方
***
クランクインして数日。
確かに時代劇が初めてということで慣れないそぶりは多々あったけど、それでもどうにか食いついてくる。
配役の時点で新進気鋭でまだ年若い彼女にはこの役は重荷ではないかと危惧する声も多々あった。
しかし、日に日に周りから聞こえてくるのは蘇芳さんに対する高評価
「蘇芳ちゃんって天然っぽいけど、演技にはいると変わるよね」
「蘇芳さんって今回初めて仕事を一緒にするけどTVで見てる印象とかわらない本当にいい子だよね」
「蘇芳ちゃんっていい意味でも悪い意味でもアイドル〜って感じかと思ったけど気さくでいいよね…というか素朴?(笑)」
「蘇芳さんは撮影当初はワタワタしてたけど一生懸命食いついてこようと頑張ってるし、日に日に表情が良くなるな」
「スタッフ誰にでも気を使ってるって感じで好感が持てる〜」
「俺、実はファンだったけど、ますますファンになったよ〜」
「俺、実は全然だったんだけど、ホント大好きになった!」
「しかもなんだか最近凄く綺麗になってきたし!」
老若男女、演者、スタッフ問わず、皆から愛されているのが分かる。
実際撮影に入ると自分が最初に感じた印象が作られたものではなく、彼女がもともと持っていたものだと確信できた。
そして、何故かつい目を奪われてしまう笑顔がますます美しくなっているのも感じていた。
連絡先を教えたあの日、自宅に帰る途中の車内で1件のメールを受信した。
【今日はお疲れ様でした。連絡先を教えていただいてありがとうございました!
一生懸命頑張りますのでクランクアップまでよろしくお願いしますm(__)m
蘇芳】
それ以来、今回の仕事のことや質問などと一緒にその日にあったことなどがくるようになり、少なくても1日1回はメールをやりとりするようになっていた。
***
(ん?今日はやたらと携帯電話を気にしてるな)
撮影が休憩に入ると一目散に荷物を持っているマネージャーの元へ走って行き、やたらと携帯を見ている。
今回の休憩も例に漏れず携帯の所へ飛んでいく彼女の様子を遠目で眺めた。
傍にいた彼女と同期の中岡くんが近くに寄ってきて、彼女を眺めながら話しかけてきた。
「今日は蘇芳ちゃんいつもと違いますね。やっぱり彼氏とかいるんスかね〜?」
「さぁ、どうだろうね」
「最近、あの大久保さんとやりとりしてるって言ってたんスよね〜」
「へぇ…」
「こないだ連絡先訊いたら、CoCoMoの連絡先しか教えてくれなかったんスよ。SAFTBANKの携帯も持ってたはずで、多分あっちがプライベート用なんだろうな…
まぁ多分会社から教えないよう言われてるんでしょうけど」
(仕事用とプライベート用…か…)
「そうだったのかい。残念だね」
と返すと、
「でも気になっちゃうんで、今度ご飯にでも誘ってみるっス!」
彼は爽やかな笑顔を浮かべてスタッフの所へ行った。
再び蘇芳さんに目を戻すと彼女は携帯の新着を示すランプはついてないのにいちいちセンターに問い合わせまでしている。
そしてどうやら待ちわびているものはなかったようでがっくりと肩を落としている。
(やはり男かな…)
そんな風に考えているとふいにこちらを向いた蘇芳さんとばちりと目があった。
その瞳は少し寂しげで、きゅっと急遽作られた笑顔を返された。
そんな様子の蘇芳さんを見ているとちくちくと胸を何かが刺した。
(ん…なんだ、これは…)
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