掬水月在手

ちゃぷん

静かな空間に水音が響き、波紋が岩肌まで到達した。
頬に当たる少し冷たい澄んだ空気が気持ちよく、空を見上げると綺麗な月が輝いていた。

ゆったりと温泉に入っているのに、身体にふわふわと湯着がまとわりつくのに慣れず、何だか少し覚束ない。
そんな風に考えながら湯着を押さえていると、もう一人のお湯に浸かっているお客さんが動いた気配が水を通して伝わってきた。

(あれ?もうお湯からあがるのかな?)

何気なくそちらに顔を向けると…

(あれ…肌色…湯着着てない?…………って!?)

「こ、小五郎さん!?えっ?女湯じゃ?此処って混浴!?」

あわてふためく私に小五郎さんは一瞬きょとんとした表情を見せ、「知らなかったのかい」と薄く笑みを浮かべた。





あのまま湯からでてしまおうかとも思ったが、出てしまうとペタリとくっつくであろう湯着を想像して動けなくなった。

そんな私を知ってか知らずか小五郎さんは距離をとったまま、藩邸はともかく、よくある公衆の風呂は混浴であることを教えてくれた。

「ほら、取って食ったりしないからいい加減そんな端じゃなく此方に来なさい。」

手招きに観念しておずおずと小五郎さんの言う通りに近づくと、軽く手を引かれ、ふわりと腕の中に収められた。


逞しい腕につつまれ、胡座の上に乗せられ、私たちを隔てるものは薄い薄いたった一枚の布。
背中に感じる小五郎さんにドキドキが伝わってしまいそうで石のように固まってしまった。

水の中で少し小五郎さんが手を動かせば、ゆらゆらとその布は揺れ、肌をどんどんと晒していく。

「『水を掬すれば月 手に在り』だよ。」

「水をきくする?」

「やってみよう。ほら」

小五郎さんの細くて綺麗なでも節くれだった指が私の手を包み、お椀のような形をつくると、水面に浮かぶ大きな月を掬って私たちの手の中に納めた。

「月を手に入れた気分はどうかな?」

「う、嬉しいです。今でも時々夢じゃないかと思います」

「そんなに喜んでもらえると思わなかったな」

ふたりで手の中の月を眺めながら微笑みあい、その様子を丸く大きな月だけが見守っていた。



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