清姫
「蘇芳がせっかくそういってるんだから」と高杉さんは少し引き気味の桂さんに無理やり約束を取り付けた。
今日の仕事が終わってからお願いすると言われたので指定された時間にお灸セットをもって桂さんの部屋に向かった。
(確か、このシールをはがして、つぼに貼っててっぺんに火をつければいいんだよね?
火はお線香からつければいいよね?蝋燭は危ないし。
ツボ一覧の紙もあるし、だいじょぶ♪だいじょぶ♪少しでも疲れがとれればいいんだけど。
ん〜それにしてもこれ何個入ってるんだろう?100個以上?)
他愛のないことを考えながら歩いているといつの間にか桂さんの部屋の前に着いていた。
障子から薄く灯りがともっているのが見える。
「桂さん、蘇芳です。失礼してもいいですか?」
「あぁ、どうぞ」
返事を待って襖を開けると何か書き物をしていたらしい桂さんが文机を片付けてこちらに向き直ってくれた。
「あ、まだお仕事中でしたか?」
「いいや、時間があったから目を通していただけだよ」
にっこりと綺麗な笑顔を浮かべる桂さんをみているとつい見とれてしまう。
「じゃ、早速お願いしてもいいかい?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
桂さんはすっと手を袖に中に入れたかと思うと着物をはだけさせ、諸肌になった
(えっ!えぇ?あ!そうか。お灸をするには肌に直接貼らないといけないんだ…)
今更ながらそんなことに気づいて一人動揺して大慌てで体を反転させるものの、桂さんの白い肌には到底予想のつかない、想定外のものを目の端に捉え、それに誘われるように目をそこにやった。
桂さんの背中に目をやると真っ白な肌に浮かび上がる極彩色の龍の絵柄。
「………タトゥー…?」
先程までの恥ずかしさも忘れ、誘われるように背中につぃと手を伸ばし、人差し指で皮膚をカリっと引っ掻く。
「っ!」
小さく桂さんの声が漏れた。
急に背中に手を伸ばしたことにびっくりしたようで、自らの背中を振り返り確認すると、「あぁ」と納得顔になった。
「蘇芳さんは刺青をみたことない?」
「えっ、あ、直接はないです。桂さん、刺青が入っているんですか?」
「いや、これは落とそうと思ってたんだけどすっかり失念してたな」
「?…落とす…?」
先程、桂さんの背中に触れた爪先をみてみると、ほんの少しだが色素が付着している。
「うん、これは変装のため。ほら」
指差された方を見ると、以前見たことのある町人風の着物と黄色の帯。
その脇には煙管が置いてあった。
「驚かせてしまったね。」
桂さんは膝立ちで一歩近付いてきて頭をぽんぽんと撫でられた。
普段なら頭を撫でられるのは嬉しいのだが、上半身裸の桂さんの胸板が目前にあり、正直パニックだ。
目を白黒させる私の内心を知ってか知らずか桂さんは「さぁ、どうすればいいかな?」と少しいたずらな顔をして微笑んだ。
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