背伸び
1年目の記念日はいつもどおり過ぎた。
小五郎さんは朝から会合で藩邸を空けていて、いつものようにお手伝いできることをしているとあっという間に日が暮れてしまった。
「あ〜ぁ。今日が終わっちゃうな…」
身体にやってきた脱力感に任せて、ちょっとはしたないけど誰がいるわけでもないし、畳の上に足を放りだして後ろに手をついてぼうっとしていた。
「蘇芳、ちょっといいかな?」
「こ、小五郎さん?は、はい!あぁ!ちょ、ちょっと待ってください。」
少し開きかけた襖がぴたりと止まり、私の返事を待ってくれる。
ささっと居住まいを正してから「どうぞ」と声をかけると、にこやかな小五郎さんが部屋に入ってきた。
(なんか…昔、おんなじようなことがあったな…)
そう思うとちょっとグズグズしていた気持ちが暖かくなって気持ちも頬も弛む。
「おかえりなさい!今お戻りですか?」
「ああ、ついさっきね。」
「お疲れ様でした」
「…うん。ありがとう」
「「………」」
(あれ?いつもより何だか素っ気ない?もしかして、さっきのぐうたらがバレてて呆れられたとか…)
ふいに訪れた沈黙に内心あわあわとしていると、その沈黙を書き消すように真剣な表情と声色で小五郎さんは、「蘇芳、話があるんだ」と言った。
話があると言ったのは小五郎さんなのに、目をふっと逸らした。
目を逸らされることなんて今までほとんどなく、こうなってくると嫌な話の想像しかできない。
ドキドキと嫌な動悸を隠して、無言で目の前に立つ小五郎さんを見上げるとすっと手を差し出され、誘われるように手を出すとぐいっと引かれ、そのまま私も立ち上がった。
小五郎さんの大きな両手が私の両手を包んだと思ったら、目の前からふっとその綺麗な顔が消えた。
視線を落とすと小五郎さんが目の前には片膝をつき、まっすぐな瞳で私のことを射抜いていた。
「ぇ…小五郎さん…?」
ごくりと小五郎さんの喉が動く。
「これからもまだまだ忙しい日々が続くし、身の危険もある私がこんなことを言っていいのかも半年以上悩んだのだが、これからの時間を私と共にすごしてくれないだろうか。
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、愛し、敬い、慰め、助け、君の命ある限り、真心を尽くすことを誓うから………
私の妻になって欲しい。」
「え?」
このときの私の顔は間の抜けた表情になってたに違いない。
どこかで聞いたような台詞とあり得ないシチュエーションに呆然としている私をよそに、石のついた銀色のリングが左の薬指にとおされる。
「こ、これも!?」
「返事…は…?」
ちょっと不安げな瞳で見つめてくる小五郎さん。
驚きと喜びで喉の奥が熱くなり、涙声で擦れそうになるけど何度も唾を飲み込んでから返事を口にする。
「は、はい!私でよければ」
「蘇芳でなければ意味がないよ」
「よろしくお願いします」
立ち上がった小五郎さんはそっと包み込むように私を抱きしめて目の端に溜まる涙を優しく拭って、いつもより優しく抱きしめてくれた。
***
「それにしてもこんな形でプロポーズされるなんて思いませんでした。」
「以前、未来の婚姻の形を尋ねた時、ほとんど異国のものが取り入れられているといっていただろう。だから、このような形にしたんだが…もしかして違ったかい?」
「言葉は聞いたことがありましたけど、こういうプロポーズは私が居た頃の日本でもなかなかないと思いますよ。外国ならともかく…」
(海外ドラマや映画の中でしか見たことないよ…)
「そうなのかい?しまったな…」
恥ずかしそうに少し赤く頬を染めた小五郎さんが愛おしくて仕方がない。
「でも!とってもとっても嬉しかったです!あんな方法や指輪のこと、誰に聞いたんですか?」
「俊輔と聞多に聞いて教えてもらったんだが…形は違えどやはり婚姻の申し込みとは面映ゆいものだね。」
(あぁ、イギリスに留学してた2人だよね。)
「でも、こんなプロポーズも密かに憧れていたのでとっても嬉しかったです。指輪も素敵だし!」
「そうかい。私も蘇芳の心からの笑顔が見れて嬉しいよ」
「へ?」
「最近、なんだかふさぎこんでいただろう?だからね。」
(気づかれていたんだ…そうだよね。私分かりやすいみたいだし。)
「それで…恋仲になって1年目はどう過ごすんだい?」
「ええっ!そこまでばれてた!?」
「やはりね」
「もぅ〜結婚しても隠し事できないですね」
「おや、隠し事をするつもりかい?」
「だから無理ですって〜!!!」
オマケとアトガキと御礼→
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