初正月
元旦、大久保さんに新年の挨拶をするために私は大久保さんの私室に向かっていた。
「大久保さん、いらっしゃいますか?」
「あぁ、入れ。」
「失礼します。」
襖を開けて部屋の中に入ると大久保さんの前にきちんと座って挨拶をする。
「大久保さん、明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。」
「あぁ、明けましておめでとう蘇芳」
「ぇ、大久保さん、名前?」
「名前がどうした?それより『大久保さん』じゃないだろう?」
「へ?」
「へ?じゃない、そんな間抜け面で…。」
(あ、新年早々盛大な溜め息つかれちゃった)
「お前も『大久保』だろう?」
「…は!?」
「ほら、蘇芳いつものように私の膝の上に座らないか」
「えぇ!?」
大久保さんは見たことのないようなにこにこ笑顔で両手を広げて自分の膝をあける。
(おおお、大久保さんご乱心!?)
私の動揺する様子を気にした様子もなく、手を広げ続けている大久保さん。
ほらというように顎で指示されるのでやむを得ず、大人しく言われる通りに膝の上に恐る恐る座ってみる。
すると、大久保さんの両腕に包まれ、大久保さんはふっと笑い声をこぼし、顔は見えないのだが満足そうな様子が伝わってくる。
大久保さんはそのまま私の肩に顎を乗せ、反対側の方にある髪の毛を一房つまんで遊んでるみたい。
「蘇芳、今年もお前と一緒に入れて私は嬉しい。」
「…はい。」
「お前はどうだ?」
「…私も嬉しいです」
自分の頬がカカカっと赤くなるのが分かる。
その様子が楽しいのか嬉しいのか大久保さんはやめる様子はない。
「それにしても…私の妻になって最初の正月だというのにそんな貧相な着物をきおって、私が用意した着物はどうした?」
耳元で話をされると息がくすぐったくって、つい身を捩るとくくっとますます楽しそうな大久保さんの笑い声が降ってきた。
(くすぐったいよ〜!
………あれ?…今…大久保さん何て言った!?)
「え、妻!?」
「いや、着物の話だ」
(ん?聞き違い?)
「部屋に置いてあった振袖ですか?あんな豪華な着物着れませんよ!汚しちゃったらどうするんですか!」
「今日は色々な人間に会うぞ。一日挨拶を受けたり、外に挨拶に出るのにそんな格好で出るつもりか?」
「え、そうなんですか!?すいません。着替えてきます!」
用意のために急いで部屋を出ようと大久保さんの腕の中から脱出して立ち上がろうとするも、その瞬間に大久保さんに左手を引かれぐるんと身体が反転する。
「きゃあっ!」
急なことだったので大久保さんの胸の中に飛び込むような形になってしまう。
「もういい、此処で私がじきじきに脱がせてやろう。」
ふふんと鼻を鳴らし、とても楽しそうに大久保さんが帯に手をかける。
「へ?」
ぐいぐいと帯を緩めようとする大久保さんに
「だめです!大久保さん!!!!」
大きく叫んで、ぎゅっと両目を瞑ると…
「何が駄目なんだ?」
***
「え?」
はっと目を開くと辺りは薄暗くなっていて自分の部屋みたいだ。
寝ていたらしい布団からがばりと起き上がると同時に頭がくらっとしてふらつく。
「気分はどうだ?」
布団の脇に座る大久保さんが私の表情を眺めていた。
「気分?」
「あぁ、正月の宴会で酒を飲んで酔い潰れたんだろう」
「酔い潰れ!?って夢オチ!?」
「夢?なんのことだ?」
(あれ?やっぱり夢?確かに今考えれば結構辻褄の合わないことを話してたよね…)
一人でぐるぐると夢の内容を思い出していると
「赤くなったり青くなったりなにを一人で百面相をしている。小娘はいったいどんな夢を見ていたのかじっくり聞かせてもらおうか。私もそこに居たみたいだから聞く権利はあるだろう?」
大久保さんはこれ以上ないくらい楽しそうなニヤリ顔を浮かべていた。
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