mistletoe
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カラン
小気味良く鳴る扉のベルを聞きながら、私は通いなれた店内に足を踏み入れた。
「よう!珍しいな」
「あ!晋作さん、ご無沙汰!」
片手を挙げていつもの笑顔を浮かべるオーナーに同じく片手を挙げ、笑顔と一緒に返事を返す。
奥にいるコックコートのシェフとも目が合い、軽く会釈をすると一瞬驚いた表情を浮かべたが、笑顔を返してくれた。
店内はクリスマスの飾り付け一色で、お客さんもいつもよりカップルが多い気がする。
(あ、でも一人の女の人も結構いるし、男性だけのグループとかもいるか。店内がカップルだけじゃなくてよかったかも〜。)
ちょっとだけほっとしながら空いているカウンター席に近づき、コートを肩から落とし、アルバイトの以蔵君に渡した。
居心地が良くて、以前は毎日のように入り浸った店。
ある時を境に月に1回来れば良い方になってしまった。
いや、正確には行かないように私が決めたのだ。
「ごめんね、晋作さん。クリスマスイブなのに来ちゃって」
「なーに謝ってるんだ?蘇芳ならいつでも大歓迎だぞ!」
カウンターに座るとオーナーがいつものニカッとした笑顔でコースターとお絞りを差し出してくれた。
(うぅ、周りの女性客の刺さるような視線がちょっとイタい気がするのは気のせいじゃないよね…。)
チクチクと刺さる視線に内心冷や汗をかきながら受け答えをしていた。
「どうする?いつものでいいか?」
「うん。そうだね。お願いします」
「くいもんは?」
「ん〜少しだけお腹空いてるかな」
「じゃ、小五郎に適当に作ってもらうか」
「うんうん、お願いしま〜す」
「おし!少し待っとけ!」注文をとったオーナーはシェフの元にオーダーを告げに厨房に入っていった。
***
「ふぅ」
目の前の紫色の液体に満たされたグラスを眺めながら小さく溜め息を吐いた。
「ははは、溜め息なんて吐いてどうした?お疲れか?」
いつの間にかお皿を片手に現れた晋作さんが目の前にいた。
「ほら、シェフのオススメだ。お前どうせ昼飯あたりから食ってないだろってさ。…確かにひもじそうな顔だな!」
目の前にはチーズの香りが漂うリゾットが置かれた。
「わぁ!美味しそう!ふふ、バレバレかぁ。それにしても晋作さんてば、この年代の女に『お疲れか?』は禁句だよ?」
「すまんすまん。でも空きっ腹に飲むと後から来るぞ!ほら、食え!」
「はいはい」
(…確かに疲れてるのかもなぁ。普段ならこんなヘロヘロでお店に行こうなんて絶対思わないのに)
カラカラと笑う晋作さんを見ながらぼんやりと今日一日のことを思い出していた。
つい先ほどどうにかこうにか終わらせた仕事。
元々忙しい職場だったが、12月に入って明らかに許容範囲を越えていた。
毎日毎日残業の日々。
(元々仕事は好きだし、与えられたものを着実にこなすのも嫌いじゃない。
今まで積み上げてきた実績や信頼もそこそこあると思う。
でも…今日はイブだし、明日はやっと合った休みだし、早く帰ってクリスマスの準備したかったのにな…)
今日は明日のために定時にあがるべく、朝から一心不乱に仕事と向き合っていた。
それなのに、お昼前に同期から突然「ごめん!頼まれてくれないか!おまえ、今夜は彼氏仕事って言ってたよな?俺、今日どうしてもはずせない約束があって!!これを引き受けてくれたら何でもするから!」と拝み倒され………どうにもならないくらい最悪な事態に陥っていた仕事を丸投げ状態で引き受けてしまい、ついさっきまで格闘していたのだ。
ふと物思いから我に返り携帯の時刻を見ると、22:56を示していた。
(こんな時間か…かえらなきゃ。それにしても、外せない約束ってよく話してるめちゃくちゃ年下の彼女とのデートなんだろうなぁ。)
「仕事」と「彼女」・・・か。
今後は同期を見る目が変わってしまいそうだなと心の中で苦笑した。
***
シェイカーを振っていると化粧室に立つ蘇芳の姿が目の端に映る。
そして、奥の席にいた男性グループの一人が時を少し置いて立ち上がった。
(お?…ま、俺の出る幕じゃないな)
ちらっと厨房を見ると、一瞬手が止まっていた小五郎の横顔が見えた。
***
「ふぅ〜、ちょっと酔ってきたかも。もうそろそろうちに帰らないと。」
店内より少し涼しいパウダールームで手早く化粧を直し、席に戻ろうと扉を開くと、そのちょっと向こう側に男性が一人立っていた。
(奥の男性用にいくのかな?邪魔しちゃったかも…)
すっと会釈をして男性を避けて、通り過ぎようとした。
そのはずだったのに通り過ぎることが出来なかった。
(え?!)
びっくりして顔をあげると、さっきの男性が目の前にいて、訳がわからない。
男性はニコニコとしながら、「お姉さん、今日はイブなのに一人で飲んでるの?」とやけに馴れ馴れしく話しかけてきた。
「え、いや…。」
「ねぇ、一緒に飲もうよ。なんだったら他の店でもいいし。」
(まさかのナンパ?えぇぇ〜!イブに?!)
「あの…困ります」
男性は少し酔っ払っているのか、話を一向に聞いてくれず、あたふたとしている私の手首を握り、ぐいぐいと身体の方に引っ張るような行動をとった。
(どうしよう、怖い〜!)
掴まれた手首をはずすことも出来ず、困り果てていると、背後から丁寧な、でも凄みのある声が降ってきた。
「お客様、すいませんが、当店は皆様に心地好く過ごしてもらう場所ですので…無理強いは困ります」
「!?」
「小五郎さん!?」
小五郎さんの少し怒気が含まれた声に男性もびくりとしたが、同じくらい私も身を縮ませた。
それぞれがお互いを見つめ、だんだんと重くなっていく空気に耐えられなかったのか男性は無言でばたばたと自分の席に戻って行ってしまった。
取り残された私はきまづいながらも口を開いた。
「ごめんなさい。仕事中なのに…あと、あの人お客さんなのに…」
「お客さんが困っているなら助けるのは当たり前。……だけど、それ以上に彼女が他の男にちょっかいだされているのに黙ってるなんてできないよ?」
「…ごめんなさい」
「謝ってばかりだね。大丈夫だよ。」
頭に暖かい手がポンと降りてきた。
「ほら、泣き止んで?」
「泣き…?私泣いてる?」
「うん。ほら。」
すっと小五郎さんの手が私の頬に伝うものをすくった。
「…ホントだ。なんでだろ…」
「…さあ、こっちにおいで。少し休むといいよ」
***
私はつれてこられたスタッフルーム近くの廊下で休憩用の椅子に腰掛け、渡されたハンカチで涙をぬぐい、目の近くを冷やすことにした。
小五郎さんに宥められていくうちに少し落ち着きを取り戻していくのが分かる。
落ち着いてきたところで小五郎さんがふいに口を開いた。
「さて、何をあんなに謝っていたの?もしかして、あの人についていきたかった?」
「そんな!!!違っ!」
「違うなら何の謝罪かな?」
「………今日、お店に来ちゃったこと…小五郎さんは仕事中だし、クリスマスイブだし・・・きっと晋作さんや小五郎さん目当てに来てる人だっているのに…私が来ると雰囲気壊しちゃうんじゃないかなって。こんな風に手を煩わせちゃったことも…全部…。」
(私ももともとお客さんだったから小五郎さん目当てに来てる人がいることわかってるし…)
「前からそんなことは気にしなくていいっていってるのに」
「確かに小五郎さんは気にせずに店に来てもいいっていってくれるけど、これは小五郎さんの仕事場。だからできればどんな些細なことでも邪魔したくない。」
(って言いながらもう充分すぎるくらい手間と迷惑かけてるけど…あぁ、やっぱり来なきゃよかった…)
「そんなことはないよ。私は蘇芳が来てくれて凄く嬉しかったんだ。」
(え?)
「凄く疲れてる顔してるのにわざわざ店にきてくれたってことは、私の顔を見たくて来てくれたと思ったんだけど自惚れだったかな?」
(そっか、私、小五郎さんの顔が見たかったんだ…)
「多少、予想外なことはあったけど、蘇芳のことを少しでも目を離すと他からちょっかいかけられるんだなって実感したよ。」
(いやいや、今日は偶然なんだけどなぁ。)
「そんなことないよ。蘇芳が気づいてないだけ。」
(そうなのかな?…って、私、声に出してないのに!)
「ふふ、もう長い付き合いだから大体考えてることはわかるよ。それじゃなくても蘇芳は分かりやすいし。
それにしても、ここ数週間、蘇芳の仕事がとても大変そうなのはわかっていたんだけど…ちゃんと私を頼ってくれたんだな。嬉しいよ。
仕事に関しては何もしてあげられないけど、蘇芳が頑張っていることは私が誰よりも知ってるから」
「ありがとう…それだけで充分」
さっきまで心の中にあったトゲトゲとしたものがなくなっていく感じがした。
小五郎さんの胸に頭をこつんと当てながら消え入りそうな声でお礼をいった。
***
「小五郎さんありがとう!もう大丈夫だから、先に家に帰ってるね。」
「わかった。なるべく早く帰るけど先に寝てて。」
「うん。」
「あ、外まで送るよ。」
「そんな!わざわざいいよ〜。」
(晋作さんなら兎も角、小五郎さんが見送るなんて他のお客さんが変に思わないかな?)
「こら、余計なことを考えない。私が送りたいんだから。」
そう言ってやさしく微笑む小五郎さんに甘えて店を出る準備をし、入り口の方へ二人で歩く。
店の入り口近くまでくると、不意に小五郎さんが頭の上を指差した。
「蘇芳、この飾りつけが何か知ってる?」
指の先を追うように頭を上げると、緑色の葉をつけた枝が目に入り、次の瞬間、小五郎さんでいっぱいになって、唇に熱を落とし、そして離れていった。
「!!!!」
突然のことで、自分の唇を手で押さえると周りをきょろきょろと確認しようとすると
「こら、こっちを見て」
動揺する私におかまいなしで微笑を浮かべる小五郎さんは話を続ける。
「ふふ、真っ赤。これはね、ヤドリギ。この木の下ではカップルはキスするもんなんだよ」
「こら、小五郎、仕事中だぞ!」
「ははは、クリスマスイブくらいはいいだろ?」
カウンターから飛んできた突込みにもなんでもないといった風な表情で小五郎さんは返事を返す。
「ったく!さっさと送って来い!」
「ほら、お許しが出たよ。いこう。」
綺麗な笑顔を浮かべた小五郎さんは、そっと肩に手を回し、お店の扉を開いた。
I'm happy we just so happen to be standing under the mistletoe.
Merry X'mas!!!2011
皆様が素敵なクリスマスを過ごせますように。
いつも何かに頑張っている貴女へ
アトガキ→
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