残り香

ある夏の夜、長州藩邸の奥の間の縁側で私は晋作さんと夕涼みをしていた。

夏虫の声が響く静かな藩邸の上には綺麗な月と星空
お膳の上にはお酒とちょっとしたおつまみ

私は晋作さんの胡座のうえに座らせられ、腰の辺りには晋作さんの左腕が巻きついている。

首筋あたりの髪の毛に顔を埋める晋作さん。

くすぐったくてクスクスと笑う私を無視して尚も顔を近づける。

「ん〜いい薫りだ」

「薫り?なんだろう?」

すんすんと鼻を鳴らす私をみて、晋作さんの体から笑っているのが伝わった。

「そういえば、晋作さんは煙草吸わないよね。」

「煙草?あー俺は若いときにやめた。それ以来、一度も吸ってない。」

「そうなんだ〜その方が絶対いいよ!煙草って体にわるいんだよ!
でも、禁煙するのって大変なんでしょ?すごいね!」

「男が一度決めたことを違えるなんてできるか。煙草ごときの小事をやめられなけりゃ、俺のやりたいことなんてできないからな!」

後頭部から降ってくる自信に満ちた声に頬が緩む。

(きっと今晋作さんはいつものニヤっとした表情してるんだろうなぁ)

「なんで急にそんなことを聞く?」

「いや、晋作さんの近くにいても煙草の香りがしないから。大久保さんとか土方さんとか絶対ヘビースモーカーだよね。」

「へびいすもーかー?」

「いっぱい煙草を吸う人ってこと」

「あぁ、なるほど。それにしても大久保さんと土方を並べるか」

「え?だめなの?」

「ははは、だめじゃないが、おもしろいな」

よくわからないという表情をしていたのか、晋作さんはますます可笑しそうに笑った。


「ところで」

晋作さんはそこで、一度言葉を切ると、ぐいと手と肩が引かれ、背中にあった晋作さんの胸板がいつの間にか背中に感じなくなり、気づけば横抱きにされているような体勢になっていた。

晋作さんの他の人より少し明るい瞳がギラリと光る。

「蘇芳、大久保さんや土方が煙草を吸うとなぜ気づいた?」

「え?えと、土方さんは…この前捕まった時に尋問されている途中で抱き・・・いや、近くで話をしたから?」

「ほう?じゃあ、大久保さんは?」

「大久保さんはこの前の会合の時に始まる前に話をしてて、その時着物から煙草の匂いが…」

「すれ違ったくらいじゃ、きづかんよなぁ?」

「え?どうかな?」

エヘと誤魔化し笑いを浮かべると、晋作さんは鼻と鼻がつきそうなくらい顔を近づけてきて、鼻をふんふんと鳴らす。

「これくらい近づかないと薫りはわからない」

顔が離れたかとおもうと、次はきゅっと抱きしめられて

「こんな風に着物を触らないと薫らない…」


「「・・・・・・・」」



しばらくの沈黙に耐え切れず、取り繕うように口を開く。

「こ、こんなことされてないよ!!!ただちょっとぎゅっとされただけで…」

「なにぃ〜?やっぱりあいつら俺の女にちょっかいだしてたんだな!!!」

「えぇぇぇ!?」

「よし、ちょっと出てくる!」

「え?どこに?」

「大久保さんは明日くるから、とりあえず奴等の屯所だ!!!」

「ええ!?新撰組の屯所?ダメだよ〜晋作さん!!!」

「いやだ!!!」

「いやだって!お願いだからやめてよ〜!」

「安心しろ!帰ってきたらお前には俺の薫りをしっかりつけてやるからな!」

(ええ!それって何の宣言!?)

「ってか、安心できるわけないでしょ〜!」


静かだった藩邸の夜がにわかに騒がしくなっていった。

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