手と手

午前中のうちに桂さんの用事について藩邸を出た。

当然、高杉さんはありえないくらいぶうぶう文句を言っていたのだが、桂さんの正論の前には何も反論はなく…大人しくお仕事をしているはず。

向かうのは藩邸より北でそんなに距離はなく、用件もすぐに済んだ。

(きっと私が歩ける範囲でのお仕事だったから誘ってくれたんだ。)

桂さんの細やかな配慮が自分に向けられていることが嬉しくてじんわりと心が温まる。


藩邸への帰り道、あと半分位かなというところで綺麗な川辺に出た。
澄みきった水にまあるい石の河原。

「きれーい!」

「ふふ、市中よりずっと涼しいだろう?」

「そうですね。良い風が吹いてますね!」

秋になったとはいえ、まだまだ暑さが残る日中。
涼を求めて川辺へ下り、キラキラと輝く水面を二人で眺めながら歩を進めた。

「…あそこで休憩をしようか」

指差された先には大きな木がたっていて、その下に2人で腰掛けるのにちょうどよいくらいの石があった。

懐から出された手拭いを敷いてくれる桂さん。
座るように促され、そこに腰掛けると持ってきたお弁当を広げた。
お弁当といっても、あの時作っていたふりかけがまぶされたおにぎりとちょっとしたおかずやお漬け物が並ぶ簡単なものなんだけど。

「では、いただくとしよう」

おにぎりに桂さんの白い手が伸びてきて、口元まで持ち上げる姿をじっと見上げた。
桂さんには優しい木漏れ日が降っていて、長く綺麗な髪をきらきらと輝やかせていてつい見惚れてしまっていた。

「うん、とても美味しいよ。握り飯とはこんなに美味しいものだったかな」

おにぎりを片手に優しく微笑んで最高の讃辞をくれる桂さんにはっと我に返り、つられて笑顔になる。おにぎりをむすんでいる時、高杉さんに感じる気持ちとは違う桂さんへの想いが届けばいいなと思いながら作っていたのを思い出し、頬に熱が集まる。

「ふふ、百面相だね」

とても楽しそうに笑う桂さんに誤魔化すように一つ質問をしてみた。

「桂さん、お母さんが握ったおにぎりって他の誰が握ったおにぎりより美味しいと思いませんか?」

「…私は母を早くに亡くしているので記憶が少ないんだけど…でも確かに美味しかったね」

「え?あ!すいません。こんなこと聞いちゃって!」

悪いことを聞いてしまったと頭を下げると、「いや、構わないよ」と優しい笑顔で頭をぽんぽんと撫でてくれた。
その笑顔にほっとして話をすすめる。

「おにぎりって…近しい人や特別な人に握る時、手につけた塩と一緒に見えない何かのが付いて、よりいっそう美味しくなるって話を聞いたことがあるんです」

「ほう」

料理の話だからなのか桂さんが楽しげに笑みを深める。
でも、なんだか桂さんの反応をみていると自分でなんだか墓穴を掘っている気がして…。

「だから、私、手には特別な力があるって思っているんです。
ほら、手を痛いところにあてると和らいだりするし、「手当て」だってもとは多分そうですよ!」

(あああ、私一体何の話してるんだろう…)

兎に角、一気に捲し立てると桂さんは嬉しそうに

「じゃあ、私がこのおにぎりを特に美味しいと感じるのは…蘇芳さんの気持ちなのかな?」

「…えっ」

「ふふ、違うかな?あくまで君の得意な勘だけど。勘というより希望かな。まぁ、私は勘というものには不得手だからね。さて、少し冷えてきたね。そろそろ戻ろうか」

私はすっと立ち上がる桂さんの後をあわてて追いかけた。



「…私はいつか君の特別な手になれるかな?」

「え?」

「いや、何でもないよ」

ざぁっとざわめく木々の中、桂さんに手を引かれながら藩邸に戻った。







「手と手」

(見えないけれど、この想いが手から貴方(貴女)に伝わります様に)


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